珍しい役だと思いつつ、ラインハルトはベールの端を指でいじった。
ラインハルトのような男に花嫁よろしくベールを被せるものはそうそういないだろう。神秘的な雰囲気を演出したいということで、バルーンベールとロングベールが標準装備の今回の衣装はかなり動きにくい。
衣装合わせの最中のことだ。メイクもして、撮影用の衣装の組み合わせを試している時に、スタイリストは別のデザインのもののほうが似合うかもしれないと、アクセサリーを取りに席を外していた。
手持ち無沙汰になって、席を立ち、全身鏡の前に立ってみた。
「何をしている。衣装が崩れるだろう」
背中のほうを見ようと身をよじっていると、いつのまにか入ってきていた男がいた。
肩をすくめて、ラインハルトは男のほうを向いた。
鬱屈とした黒が目の前に立っている。なんとも憂鬱そうな表情であった。ラインハルトはそうでもないのだが、こだわりの強い監督であるから、癖の強い俳優とはよく揉めている印象はある。
「ああ、いや、少し気になってな」
「じっとしていろ、私が整える」
そういって、監督はラインハルトの顔を覆っているベールに触れた。
触れて、動きを止める。
おや? とラインハルトは不思議に思うが、言われた通り大人しくした。
監督はラインハルトよりも多少背が低いものだから、じっと見上げてきているのがよく分かる。
すこし困って、微苦笑を浮かべていると、監督の手がベールを持ち上げ始めた。
ひんやりとした空気がベールの内側に入り込むのと同時に、頭上の蛍光灯の光が落とす影、つまり床におちていた二人分の影がひとつに重なった。
アクセサリーを収納している箱を抱えたスタイリストは、俳優を待たせている部屋に急いで戻る最中、すれ違った監督にかすかな違和感を抱いた。
はて、なんだろう。と首を傾げつつ、俳優が待つ部屋のドアをノックする。
どうぞ、とうながされて、室内に入ると、俳優は椅子に座ってスタイリストの事を待っていた。
重ねられた黒いベール越しにも、その内側に隠された美しさはにじみ出ている。秘されてこそ際立つものもある。
元の予定通り、いくつかアクセサリーの付け替えをしている途中、机の上に置かれている化粧箱が目に入って、スタイリストはさきほどの疑問の答えが急に思い浮かんだ。
ああ、そうだ、監督にしては妙に顔色が良いと思ったのだ。いつもは死人もかくやといわんばかりの顔色だが、なぜだろう、唇がいつもより赤かったからだろうか。
口紅でもつけているかのように、唇が。