オルゴールはパステル色 パステル色の天井が薄暗いのは一瞬だ。俺が目を覚ますと同時に電気がつく。天井に埋め込まれてる丸い白い平らな照明が、最初は小さく、だんだん明るく、部屋を照らしていく。人感どころじゃないよな、瞼センサーか? 随分ハイテクなんだな。
今日も景色に変わりはなし。腹が痛まないだけマシかもな。マシってなんだ? 今更腹が痛かろうが、ベッドが俺ごとカピカピだろうが変わらないだろ。でもほら、痛いことも苦しいことも少ない方が良くないか? ついでに、キモいことも。昔の俺ならそう思う。思うと思う。思うに決まってる。なら最近の俺はマシな生活ってやつになるけどどうだ? 毎日幸せか? 幸せってこんな、なにをどれだけ諦めたかももう覚えてないいつまでも続く時間のことだっけ?
すっかり明るくなった照明は元々のパステルでカラフルな少女趣味の部屋を煌々と照らしている。窓ってのはあるだけで結構気晴らしになったんだなってこの部屋にいると思う。一応、あの高い天井についてる丸い白い板が時間が経つと明るくなったり暗くなったりオレンジになったりする、そいつを俺は昼とか夜とか呼ぶことにしてるけど、結局今何日目なのか、本当のところはわからない。
何日目ってなんのかって? 俺がこの部屋に閉じ込められてからだよ。引きこもりってホントは才能がいることだったんだな。簡単だと思うだろ? 俺も思ってた。暇って拷問なんだぜ。いや、俺も暇じゃないんだが。暇じゃないが、前よりずっと暇だ。バーテンやってた頃に比べるとな。頭がおかしくなりそうだ。それとももうおかしくなってる? もしそうだとしたら、多分それは、極限に暇なせいだけじゃない。
ヒラヒラのスカートは朝になった今も綺麗なままだ。安心したくないが、安心しちまう。ベッドも、俺の身体全部、顔も口の中まで。夜にあいつはこの部屋に来なかったらしい。この部屋の持ち主。誰だか知らないが俺のことを知っていて、俺に女の子が着るような服着せてこんなかわいい女の子みたいな部屋に放り込んだヤツ。確かにミラージュ様はみんなに愛されるレジェンドだった、「ミラージュ」って言うのやだな、「だった」ってのも最悪だ、まあ最悪だらけだし今はいい。確かにミ……『俺』、そう、俺はみんなに好かれてたし『そういう相手』だって男はお断りなんて気取ったことはしなかった、だからって、小さい女の子が着るみたいな、フリフリのスカートを俺に着せるのは違うだろ! ああいや、人の趣味はそれぞれだよな、うん、それぞれだと思うが……俺はもっとカッコいいキャラで売ってたはずだし、実際見ろよこの、スカートから生えてる俺の脚! きっちり毛が生えてる。どこからどう見ても男の脚だ。服と中身が合ってない。ミスマッチ。ファッションセンス最悪。100人いれば100人似合わないって笑うだろうな。そんな似合わない女装俺にさせて、かわいいかわいい連呼してチンコガッチガチにおっ勃ててくるってそれはさぁ! ……悪い、敢えて言うが、イカれてると思う。
ダメ元で引っ張った手枷足枷、どっちも外れる様子無し。最初の頃には結構真面目に壊そうとしてたんだけど、どっかのタイミングで変えられちまったのかもな。何回も俺と一緒にザーメン浴びてるんだ、カピカピになってなきゃおかしい。なのに今日もふわふわだ。手も足も傷ひとつ付いちゃくれない。メルヘンなベッドもふわふわ、服はヒラヒラ、あの変態の相手する時以外変わり映えしない毎日。おかしくならない方が難しいだろ。手枷足枷には幸いなことに長い鎖が付いてるんだが、残念なことにこの部屋には鎖を引っ掛けられそうな段差が無い。部屋の中ならどこだって行ける、トイレもシャワールームも部屋にあるからな。だがシャワーヘッドは無いしトイレに入る頃には鎖に余裕がない。シャワーヘッド無くてどっからシャワー出てんのかって? 天井に穴が空いてんだよ。シャワーみたく湯が出てくる穴。ドアノブひとつでもあればこんな屈辱まみれの毎日とおさらば出来るんだけどな。いや、嘘嘘。冗談。このミ……スーパーヒーローがそんな首括りたいとかある訳ないだろ?
今日はまだ会ってないはずなのに、まだ服の下を撫でられてる気がする。生温かい手が俺の全身を這いずり回る。気持ち悪い。キモい褒め言葉をこれでもかと乗っけて耳に吹き替えられる息。臭いと湿気と微妙なあったかささえなけりゃまだ……いや、無理だな。ホントは無理だとも思っちゃいけないんだろうけど。笑顔で喜んで恥ずかしがって身をよじってみせてやって、レジェンドの頃ならもっと気持ちと見た目を同じにしようとしてたはずだが、今の俺にはどうしてもあれをありがたがることが出来ない。
そう、レジェンドだ。アウトランズじゃ確かに犯罪は日常茶飯事だった、だけど急にみんなのミ……スーパースターがいなくなったんだぞ? 誰か探そうとか思わないのか? それとも今探してる? 何ひとつ知らないんだよ外のこと! 教えてくれったってダメの一点張りだ。まあそうだよな、人ひとりさらって閉じ込めてるんだからそういうもんか。それにしたってもう少しみんな心配とかしてくれないのか? クリプトとかさ、真実を暴く〜っていつもデカい口叩いてたよな⁉︎ ここにいるぞ〜! 暴いてくれ〜! ……まあ、無駄なことはしないに限るよな。これ以上痛い思い、したくないし。
痛いのも気持ち悪いのも好きじゃない。気持ち良いのはいくらかマシだが、場合によっちゃ痛い方がマシかもしれない。信じられるか? 確かに俺は気持ち悪いと思ってるし正直ケツだって痛い、それなりに経験がある俺様からしてもあの変態野郎はセックスが上手くない。まず嫌がってる相手と無理やりヤろうって時点で論外だ。いくらファンを愛してる俺様だってそこまでお人好しじゃない、抱かせてやるサービスなんかした覚えもない。ああ、今だって気持ち悪いはずだし痛いはずだ。じゃあケツ掘られてる時スカートの下で上向いてるチンコは誰のだと思う? 俺だって信じたくない。生理現象ってチンコ扱かれた時以外も起こるもんなのか? じゃなきゃ好きじゃない割り切ってもないこんなキモい怖い中で俺の身体が勝手に気持ちよくなっちまうのはなんでだよ? ホントはマゾだった? 俺まで変態になっちまったのか? 変態って移る? 薬飲んだら治る? 風邪みたいに? 好きでもない奴相手にするセックス程虚しいもんはないが、虚しいって思えるのすら贅沢だったって今なら思う。賢者タイムなんてやってる余裕もない。全身が痺れて意識が遠くなって、それは明らかにケツの中から来てて、クリプトとのセックス──つまり俺が挿れる側ってことだ──とは明らかに違うザーメンの出方をする。身体も意識もふわふわしてる最中に、知らない奴──ああここまでずっといたらもう知ってるも同然なんだろうが俺はあの自称ファンの誘拐強姦魔を知り合いとは言いたくないね──が勝手に愛を囁いて俺にキスをする。挿れられる側ってこんな感じなんだな〜以外何も思いたくない。クリプトのことに頭飛ばしてなきゃ、あんな身体が勝手に幸せになってる中全ての元凶とはいえ俺を好きだと言ってくる奴相手に! 俺にはクリプトがいたんだ! 靡いてなんかない変わってなんかない俺の心はクリプトにある身体は生理現象で無理やりやらされてるだけあいつは知らない奴俺を誘拐して強姦して言うことを聞かないと暴力を振るうから言うこと聞いてやってるだけ俺はあいつが嫌い‼︎ ……OK、別のことを考えよう。パニック起こしてもなにも変わらない、ああちゃんと分かってる、俺は賢いからな。
クリプト、今どうしてるかな。もう俺のことはいい。どれだけ俺がヤバい奴にヒドいコトされてたって、最悪殴って気絶でもさせればいい。次はうまくいくさ。前回までは変態強姦魔でも俺のファンらしいからうっかり手加減しちまってただけ。殴り返されて怖かったとかじゃない、俺に怖いものなんてないさ、それにほら、レジェンドがファンを殴ったなんて大問題だし。だから俺のことはいいって、クリプトだ。他の連中が冷たいか諦めが早いか探し物が苦手か、それはしょうがない、けどクリプトは違うあいつは見てほしくない事ばっか探し当てる奴だったしそれに、……俺の、パートナーだったはずだ。
また何か早とちりして勝手に怒ってる? もう直前に何話したかも覚えてないけど怒らせてはいなかったはずだ。正直、クリプトが探しに来てくれるのが最後の頼みの綱なんだ。俺からじゃなにも出来ない。メールすら送れないんだぜ?
今のこんな女の子みたいな似合わない格好の俺を見てほしくはないが、背に腹は変えられない。助けてくれ。ずっとクリプトのこと考えてたらテレパシーとかで繋がれたりしないか? 俺までメルヘンになってきた。最悪だ。もっとマシな事考えようぜ。中に出された次の日は腹が痛いとか? しまった、なにも考えることがない。あいつも次の朝腹痛かったのかな。俺はちゃんと夜のうちに出来るだけ掻き出してやったりしてたはずだ。だよな? でも外に出してもちょっとは残る、これは出される側になんなきゃ分からなかったな。チンコはもっとゆっくり出し入れした方がいいとか、俺はもっと時間かけて慣らしてやったなとか、前向きなことちょっとは考えながらここでの毎日を過ごしてる。クリプトぉ、今の俺なら過去最高のセックスをしてやれるからさぁ、ヘソ曲げないで探しにきてくれぇ。特別に情けない格好の俺様を笑う権利もつけてやるから。いつでも好き勝手バカにしてる? んじゃあこのミラージュの衣装をタダで着れる権利だ。俺よりあいつの方が似合うだろ。あいつも男だけど。クリプトのヒラヒラスカートなら変態って言われてたって俺もかわいいって言えるかも。え、マジで俺変態移った? 俺はもっとスマートにキモくなくクリプトにかわいいって言う。言おう。今日の議題決定! 俺達集まれー! ……ダメだ脳内ミ……エリオット会議は今壊滅状態だった。みんな凹んでる。そっとしとこう。起き上がるなよ、頼む大人しく寝ててくれ。
クリプトのこと思い出して、昔のこと思い出して、もうこれも散々飽きたが思い出に浸ってこれからのことを考えて。コツは暗くなりすぎない話題を選ぶことだ。店どうなってるかなとか母さんどうしてるかなとかな。あっこら考えるなって言っただろ俺、気にするなって無駄に焦るから、きっと大丈夫だから、またガマン出来なかったら『お仕置き』が来る、あれは痛いんだよ、また問い詰めないように、うるさいって言われないように、ガマンだ、出来るよなエリオット? 生きてりゃなんとかなるはずだ、生きて、あいつを怒らせないように、ご機嫌取って、キモくても気持ちいいってことにして、かわいがられとけば、レジェンドじゃなくなった俺にはそのうち興味も無くすはずだ、そうすればいつかは解放されるって、いつかはわからないけど。
ミラージュくん。
部屋のドアが小さい音を立てて開いた。ドアノブもない自動ドア。ミラージュ、って名前を今聞きたくない理由、堂々の第一位。この声と顔を思い出しちまうから。
今起きた、って風にベッドから半身を起こす。男に媚びるなんてしたくねえよ俺も。でもちょっと抜けてて、ちょっと震えてて、素直でボケてる方がかわいいだろ? 耳元で鈴が小さく鳴った。頭にハメられた猫耳にリボンと一緒についてるやつ。変質者のヌメった声と媚びる俺のうわずる声が響く中を遮って鳴る毎日の清涼剤。起こした身体には力が入って、挿れっぱなしにさせられてた尻の違和感を思い出させる。猫のしっぽが取っ手にながーく付いてる大人のオモチャ。なんであいつが居ない隙に取っ払わないのかってそりゃ機嫌損ねたら何されるかわからないからだよ分かるだろ? おかげで寝っぱなしがいちばん楽な姿勢ときたもんだ。筋トレは……えーと、三日くらいで坊主になったっけ。
今日の変態は機嫌が良いようだ。投げられる雑談に話を合わせる。歩き方がおかしいな。外でなにか……いや違うな、何か持ってる。引きずってる。
プレゼントだよ。ミラージュくん喜ぶかなって。
男が脚の後ろに引きずってたモノを前に放った。ずいぶん大きい。動いて、痙攣して、なんか音が、──。
ベッドのスプリングが大きく鳴った。いつより早く動けた。沈み込む毛布達が足を取る。足枷が重い。鎖が鳴る。床に敷き詰められた弾力のあるマットすら今は鬱陶しい。あれは、あのうずくまった、こいつが持ってきた、連れてきたじゃない、これ、こいつは。
ずっと会いたかった。でも会いたくなかった、こんな風には。ヒラヒラの服に違和感だってもう感じることが出来ない、服のボロボロ具合の方が異常だった、なにか言ってる、聞こえない、小さすぎて、身体がビクつく、顔がおかしい、どっか見たまんま、ぼうっとして、ヨダレがパステルの床に垂れて広がって、なにかブツブツ言ったまま、こっちを見ない、俺の手枷から伸びる鎖が身体の周りを囲んで、明らかに腫れて大きくなった顔が、デバイスで俺すら見たことなかった首が、青黒く、そういえば身体、なんか変な風に曲がって、そうだこんなビクついてんのもおかしい、一体なにを、
嬉しい? ミラージュくん。
足が俺達を遮った。頭のすぐ上に慣れた熱の予感がする。俺が咥え慣れた臭い太いいつまでも満足しないアレが起きあがろうとしている。スカートの中で尻が栓を食い締めた。次は俺だ。夜はこいつだっただけだ。大人しく、かわいく、機嫌よく出てってもらわないと、俺もこうなる。いつから? なんで? なんで来たんだよ。俺のことなんてどうでもいいだろ。俺のこと探してた? 逃げろよこんなになる前に、なんで俺よりボロボロなんだよ、俺の方が恵まれてるみたいじゃないか。そうだ、返事。次の言葉、手かもしれない、が飛んでくる前に顔をあげると、よかった、男はまだ満面の笑顔で俺を見下ろしていて、案の定、俺の目の前には大きな山が完全に勃ち上がって俺のサービスを待っている。人を観察するのは得意なんだ、機嫌を取るのも、俺はソラス一のバーテンで、みんなに好かれるレジェンドで、騙すなんて朝飯前、それって一体、どのくらい前だ?
ホントは怒るべきだった。ひどいことをされてるんだ、俺達は。ちゃんと言わないと伝わらないこともある。それでも、今俺達をこいつから守れるのは俺だけで、俺は今なにをこいつに求められてるのかイヤって程分かっていて、抵抗すればどうなるか、俺はそれだって散々知っていた。しょうがない、しょうがないだろ、しょうがなかったんだ。俺の為だ。俺達の為だ。この場を乗り切る為だ。生き延びればいいことがある。いつか俺達を見つけに誰か、あと誰が残ってる?
「──ありがとう。嬉しいぜ」
笑顔が引き攣ることももうない。声が震えることだって。男がしゃがんで来る。腰掛けられたクリプトがやっと聞こえる程大きくうめいた。顔が近くなって、俺の今日の仕事は、目を瞑って鳴らしたリップ音からだ。