「俺達」『……………さて、次のニュースです。○○国にて、新種の恐竜の化石が発見されました。骨の特徴はティラノサウルス・レックスとよく似ているものの、より強靭な歯や、長い尾、跳躍に耐えうる足などの特徴から、新種のものであると結論づけられ、オーディオーサウルスと名付けられました。また、その恐竜は、人類が誕生した頃の地層から、大量の人骨と共に発見され、従来の恐竜研究、及び人類史研究を塗り替える発見と………』
飛行機の搭乗口に向かう最中、空港のテレビから、オディオ、という言葉が聞こえたような気がして、俺はふと足を止めた。
テレビ画面をまじまじと見てみれば、そこにはニュースキャスターと、恐竜の復元予想映像、そして、『新発見!オーディオーサウルス』の文字。
それを見て、俺は思わず呟いた。
「こいつは……もしかして、ポゴの」
あの時。
俺達が謎の世界に呼び出された、あの時。
魔王がいるという、建物というか洞窟というか山というか、なんと言えばいいのかわからないがとにかくその場所の、奥にあった、七つの石像。
色々な形の像があった。
俺がかつて倒した、オディ・オブライトの像もその中にあって、それを初めて見た時にはずいぶん驚いた。
俺が共に戦った仲間達も、それぞれに違う石像の前で驚いたような反応をしていて、ポゴは確か、こんな恐竜の像の前で驚いていた。
ああ、やっと、…やっと見つけられた。
ポゴが確かに生きていた痕跡を。
きっと、遥か昔に生きていたんだろうと思ってはいたが、どこを探せばそういう証拠が見つかるのか、見当もつかなかった。
ポゴは言葉を話せなかった。キューブもだ。だから、言葉を話せる他の奴らと違って、あの2人がどういう経緯であの石像になった奴らを倒したのかも、どういう世界から来たのかもわからなかった。ただ、一緒に戦ううちに、信頼できる強い奴らだという確信だけは持つことができて、あの時の俺にとっては、もうそれだけがわかっていれば充分だった。
でも。
皆と共に戦い、魔王を倒して元の世界に帰ってから、俺は。
「見つけタゾ、高原日勝ゥ!!」
俺がぼんやりと考え込んでいたその時。
背後から強烈な殺気と声を感じ、俺は咄嗟に身を翻した。
一瞬遅れて、上から重量感のある巨体が、先程まで俺が居た場所に落ちてくる。
「………………」
「お前を倒シ、オレが最強になるノダ!!」
対峙したその相手の瞳は澱んでいる。
巨体を生かした攻撃が持ち味か。しかし、イヤウケアやモーガンに比べればまだまだだな、と簡単に見当がつく、その程度の相手だ。
ましてや、あの戦いを経て帰ってきた俺相手には。
俺は飛び上がり、相手に浴びせ蹴りを叩き込んだ。グゥッ、という悲鳴とともにその体がぐらつくのを見た次の瞬間、すぐに着地し、ジャーマンスープレックスの構えを取ると、力一杯喰らわせる。
すると相手はもはや声もなく、その巨体を、どう、という地響きとともに地面に倒れさせた。
『……本当にガンマンなのか、だと? ああ、そうだ。名? 名は、サンダウン・キッド。今はお尋ね者だが、……まあ、この世界ではそんな事は関係ない。忘れてくれ』
元の世界に帰ってきてから一度、俺はアメリカに飛んだ。ガンマンといえば西部劇、アメリカの話だ。サンダウンが存在した世界があるとしたら、そこしかない。
現地で俺と対戦しろと襲ってきた奴をのして、サンダウンというガンマンを知らないかと聞くと、昔、そういう名前の有名な保安官がいた気がすると言ったので、さらに詳しく調べると、昔、確かに、とんでもない金額の賞金首で、凄腕のガンマンだったサンダウン・キッドという男がいることがわかった。しかしある時突然その賞金は取り消され、その後は名保安官として、その波乱の生涯を終えたという。
サンダウンは確かにアメリカで生きていた。いい奴だが、寡黙でとっつきにくい所もあり、あの後どうなったのか心配だったが、なかなかどうして、悪くない人生を送ったようで何よりだ。
『拙者はおぼろ丸。生まれた頃から忍びの世界に身を置き、…これからは、拙者にこの刀を託された坂本龍馬という御仁と共に、日の本の夜明けを見たいと考えている』
おぼろ丸が言っていた、坂本龍馬という男は、幕末の志士というやつだ。俺はよく知らなかったが、江戸時代を終わらせ、新しい明治の時代を切り開く立役者になったらしい。
そして手紙を書くのが好きだったらしい。
調べてみると、自分が持っていた、家宝の陸奥守吉行という刀がほしいと実家に頼む手紙、そして、その刀を褒められて嬉しかったという手紙が残っていた。さらに後には、それを、自分の親しい相手に譲ったのだという手紙も。
忍者が歴史に名を残す事はそうそうない。おぼろ丸が生きた証は、このくらいしか見つけられなかったが、きっとおぼろ丸は、本当に忍者らしく、表舞台には出ず、坂本龍馬を影から守り、確かに日本の夜明けを実現させたのだ。そして、時代は流れ、ここに今、ひとりの日本人の俺が存在している。
『オレ? 田所晃。アキラでいいぜ。あんたも日本人なのか? 高原日勝? 格闘技やってる? ……聞いた事ねえな、あ、でも、ミサワなら知ってるぜ。ちびっこハウスの皆が応援してるんだ』
誰だよ、ミサワって。
アキラは、有名だぜ、と言うが、全く知らない。格闘技のことなら絶対に俺の方が詳しいし、昔から今まで、格闘家の名前なら聞けばすぐにわかる自信があるが、そんな名前の奴は聞いたことがない。よくよく話を聞くと、アキラは俺よりもっと未来の日本から来ているらしかった。そりゃあ知らないはずだ。
でも、未来から来たアキラが俺の名前を知らないのは、少し悔しい。まだまだ活躍が足りないってことだろう。これからもっともっと最強を極めて伝説になれば、後世にも俺の名が残るかもしれない。そうすれば、未来でアキラが俺達のことを感じられる手掛かりに、少しはなれるかもしれない。
『キュウ、キュルル…』
キューブはきっと、アキラよりももっと未来の世界から来ていたはずだ。アキラがキューブを見ながら、「液体人間や超能力を使ってるわけでもねえのに、こんなにすごいロボットができるんだな…」と言って感心していたから。
そんなにはるか未来のことなんて、俺には全然、想像もつかない。俺の名前や格闘技が残っているのかどうかも。でも、キューブみたいないいロボットを作れる人間がいるんなら、きっと未来は悪くない。
『ユン・ジョウと言います。心山拳という拳法の使い手で…高原さんも拳法を? え、違う? へえ、格闘…ですか? えっ、旋牙連山拳を受けたい!? いえ、あの、あれは、大岩を砕くような技なので、人に当てるのはちょっと、いくら頼まれてもだめですよ! 命の保証をしかねますし…』
心山拳という拳法の奥義だという、旋牙連山拳。共に戦い、ユンが放つその技を目の前で見て、俺は心が躍った。
覚えたい。俺ならきっと、一度その技を食らえば覚えられる。
そんなわけで、ユンに、あの技を俺にぶつけてくれ、と頼んだら、ユンは、とんでもない、と言って慌てたように断ってきた。
俺が悔しがると、ユンは困ったような顔で、俺にこう言った。
『……高原さんは、僕よりもずっと未来の人なんですよね? もし、…もしも、心山拳がずっとずっと先の未来まで……高原さんが生きているその時まで、残っていたら。その時はぜひ、心山拳を習いに来てください。高原さんならきっと、教われば、すぐに会得できると思います。僕、元の世界に帰ったら、お師匠様から受け継いだ心山拳を絶やさないよう、弟子を探して、お師匠様がしてくれたみたいに、技と心を伝授します。いつか高原さんが来てくれる未来まで、心山拳が続くように、それを励みに、頑張ります。だから』
「ウ、グ……高、原………」
気絶したかと思いきや、どうやらまだ喋れる余裕と意識は残っていたらしい。
しかし体はさすがに動かないのか、地面に倒れたまま、なんとか喋っている状態だ。
「お、レと、手を、組まない、カ…」
「……………手を?」
「そウダ、おれトおまエが手を組めば、最強…」
その言葉を俺は、はは、と一笑に付した。
「今の世界に、俺が組みたい奴はいない」
サンダウン。おぼろ丸。アキラ。キューブ。ユン。ポゴ。
全てが終わってから別の世界に帰っていったあいつらが、俺は結構好きだったんだ。
最強を求める格闘技は、孤独な戦いだ。
俺は一人でいるのが性に合ってると思ってるし、苦にもならないが。
あの時、皆と一緒に戦ったあの記憶は。
俺達は最強だと確かに思えたあの記憶は。
きっとこれからも塗り替えられることはない。
鮮やかなまま、俺の中で輝き続ける。
「じゃあな。次があったら、もっと強くなってから挑んでこいよ」
そう言って、ふと時計に目をやると、もう、乗るはずの飛行機のフライト時刻ぎりぎりだ。
ヤバい、と焦りながら俺は自分が乗る飛行機の搭乗口に向かって全速力で走る。
俺が乗るのは、中国行きの飛行機だ。それに乗って、俺は、とある山奥で人知れず修行をしているという、心山拳の使い手に会いに行く。四方八方から手を尽くして調べまくって、ようやく見つけた。俺が会得したいと思っていた、旋牙連山拳の使い手だ。
ユンは約束を違えなかった。ちゃんと、俺が行くまで心山拳が伝わるよう、頑張ってくれたのだ。
考えただけで体に力が漲ってくる。笑いまで込み上げてくる。
「あー、楽しみだ!」
皆それぞれ生きていた。
これから生まれる奴もいる。
そして、今ここで。
俺も確かに、生きている。