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    tsr169

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    https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=18690043

    ↑の半年後くらいの話を書いています。リーマンパロ巽マヨのSS

    Joy to the world 夜7時。フロアのほとんどの社員が帰宅した中でぽつりと灯りのついているブースがあった。
    「ああ……どうして今日に限ってこういう事になってしまったのでしょうかぁ……」
     マヨイの嘆きに対して返事をしてくれる相手はもう誰もフロアにはいなかった。
     デザインコンペに応募するための車体デザインの事前打ち合わせが週末にあるのだが、急遽出張に出てしまった先輩の代わりにマヨイが当日のプレゼン資料を作る事になってしまったのだ。そこまではともかく、プレゼンに使用するための図面のデータがなかなか制作チームから入ってこなかったのも災いし、明日に仕事を置いて帰ろうとした矢先に先輩から『悪いんだけど、部長がプレゼン資料先に見たいって言ってるから今日いける?』なんて打診が届いてしまったのだ。部下である自分に拒否権はない。しおしおと心がしぼむのを感じながら『分かりました』と返事を返したのだった。
     当の先輩も出張先にいるホテルで仕事しているのだろう。社内用のSNSで、向こうも仕事をしているのがオンラインで窺える。
     マヨイはともすれば沈下していく思考を頭の片隅に追いやると、図面データの中の寸法を丁寧に確認しながら修正が必要な場所にチェックをつけていく。図面の書き方にも作図者の癖が出るため提出する資料に即していない書き方のものはマヨイが手直しする必要がある。寸法も一致しない箇所がいくつかある。溜息をつきながらCADソフトを起動させたところで、スマホが震えた。
    『マヨイさん、お疲れ様です。今日は遅くなりそうなんですね』
     恋人からの連絡だ。少しだけ手を止めて、マヨイはスマホをタップした。先ほど今日はさらに残業になってしまいました、と連絡を送ったところだった。
    『そうなんです、ほんとは帰りたかったんですけど。すみません、待たせていたのにこんな事になってしまって』
     元々は6時過ぎには上がれるはずだったのだ。先に仕事を終えたという連絡をくれた巽に、少しだけ待っていて欲しいと返したのが1時間前だった。手持ちの資料の修正にはさらに1時間はかかってしまいそうだった。
    『大丈夫ですよ。仕事なら仕方ありませんし』
    『巽さんは出張帰りですし、今日は先に帰って下さい』
     そうなのだ。巽は地方からの出張帰りだ。今日はこのまま直帰なので、マヨイさんが良ければデートしませんかと誘ってくれていたのに。

     
     クリスマスが近くなってきたこの季節。マヨイにとっては恋人が出来てから初めてのクリスマスになる。今までは恋人からのプレゼントをぶら下げて歩くラブラブなカップルを恨めしそう、いや羨ましそうに眺めているだけの自分だったが、今年はあっち側の人間なのだと浮かれていた。巽さんの欲しいものをそれとなく聞き出して、イルミネーションを観に行って、特別なディナーを食べて。ああ、ホリデーシーズンの遊園地にも行きたいですねえなどとうきうきしていたのだが、巽に長期出張が入ってしまい週末すら一緒に過ごせていない。同じ会社とはいえ部署が違えば守秘義務もある。何か新しい技術をラボの方で開発しているが上手くいっていないのでつきっきりで解決しないといけないとかなんとか、やんわりとそういう話だけは聞かせてもらってはいるものの、詳細も不明だった。彼がウィークリーマンションに泊まり込んで2週間ほど、ちょくちょく仕事の進捗報告を送られてくるだけのやり取りの合間に、マヨイは心の中に蓄積している寂しさをぶつけないように堪えつつ出来るだけ応援の文言を送るだけに留めていた。
     その彼がようやく今日帰ってきたというのに。手元のデータ寸法をいじくりながら、マヨイは恨みますよぉお…などとぶつぶつと独り言を呟きながら薄暗くなったフロアの一角でパソコンとにらめっこをしているのだった。

     
     付き合い始めて半年が経っていた。彼が覚えているかどうかは不明だが、今日が丁度初めて一線を越えてから半年の日付だった。巽にその事を伝えてはいないが、マヨイの家のカレンダーにはしっかりとしるしをつけていた。せっかくのハーフアニバーサリーなのに。
     本来ならば付き合い始めの日数を数えるべきなのだが、マヨイにとってはその日が積年の夢が叶った特別な日なので、個人的に記念日に制定しているのだった。


     ポーン、とエレベーターが開く音がする。自分のブースからは死角になっていて見えないが、こんな時間にフロアに戻ってくるなんて誰かが忘れ物でもしたのだろうか。カツ、カツ、と床を固いかかとがこちらに向かってきたかと思うと、ガチャリとブースの仕切り戸が開いた。
    「お疲れ様です、マヨイさん」
     今まさに思い描いていた相手が突然現れて、マヨイは言葉を返す前にポカンとしてしまう。先程帰ってくれと連絡をいれたばかりのマヨイの恋人、風早巽だった。
     冬の黒いロングコートにふわりと巻き付けられたグレーのカシミヤマフラーはすらりとしている彼のシルエットをますます際立たせている。
    「ええっと……巽さん、会社に戻る用事が出来ちゃったんですか? 今日は直帰だって……」
    「そうです。マヨイさんが出てこれないっていうから俺が戻った方が良いと思いまして。藍良さんの席、お借りしますね」
     巽は返事をしながらマフラーをほどいて、コートを藍良の椅子に引っかける。マヨイと巽が付き合うようになってからしばらくしてから、藍良と巽も仲良くなった。巽の部署の後輩が藍良の同級生だったのだという。結局その同級生の一彩も含めて、最近では4人でしばしばご飯に行ったりするようになっている。
     マヨイは一彩とは面識がなかったが、竹を割ったような真っ直ぐな性格の彼をとても気に入っていた。背丈の割に子犬のようにマヨイに懐いてくれる彼を可愛いとも思う。ここ半年は恋人も友人も出来て、マヨイはこれまでの人生の中で、今が一番幸せだった。

     
     それにしても巽は自分のために戻ってきたらしいと知って、マヨイはほわほわした気持ちになるのを堪えて、入力しかけだった寸法入力を終わらせた。
    「あの……すみません。巽さんは会社に来なくて良かったはずでしたのに」
     藍良の席はマヨイの左隣だ。椅子を引いてマヨイの傍に座った巽は、鞄の中からおもむろにノートパソコンを取り出して電源を入れて立ち上げる。
    「いえ、大丈夫ですよ。俺も出張報告書く仕事がありますし。あと、これは差し入れです」
     紙袋を手渡されて中身を空けると、駅前のコーヒーチェーンのサンドイッチと蓋のついたドリンクカップが入っていた。ホリデーシーズンに合わせてクリスマスの赤と緑のデザインになっているカップが可愛らしい。
    「うう、ありがとうございます」
     返事をするようにお腹の虫が鳴いたのでマヨイは恥ずかしかったが、巽はにこりと微笑んで丁度良かったみたいですねと言ってくれる。ドリンクカップの中身はミルクたっぷりのカフェオレだった。一口、カップに口につけるとふわりと柔らかいミルクの泡が舌に触れた後に温かいカフェオレで溶かされて、乾いた口の中を満たしてくれた。
     そのまま手を止めて、サンドイッチをありがたくいただくことにする。包み紙を剥がして一口齧りつくと、生ハムとクリームチーズが溶けあってまろやかな塩味が口の中に広がった。コクのあってふにゃりと口の中で形がくずれるこの触感からすると、アボカドも入っているらしい。ぷちりと弾けるエビもアクセントになっていて美味しかった。夢中になって半分ほどまで食べて、巽がじっとこちらを見つめている事に気が付き、マヨイは手を止めた。
    「あ、も、もしかして食べますか?」
    「いえ、いいんですよ。それはマヨイさんが全部食べて下さい。あなたを見るのが久しぶりだなあと思ってつい。本当に愛らしいなどと噛みしめていただけです」
    「ううっ……そ、そんな事言うのはあなただけですから……」
     面と向かって褒められても、容姿に自信のないマヨイは言葉にまごついてしまう。巽はよく美しいやら愛らしいやら返事に困るような言葉でマヨイを誉めそやすが、その度に妙に気恥ずかしくてどうすればいいのか分からない。あまり言われても困ると以前に伝えてはみたものの、彼は「善処しますが素直に思っている事が口から出てしまうのです」などと言っていて、結局はさほど減ったようには思えない。
    「とりあえず私の方を見るのは禁止なのでぇ……!」
    「ああ……残念ですが仕方ありませんな、俺も仕事をしますのでゆっくり食べて下さい」
     マヨイが熱っぽい目線から顔をそらすと、巽はそんな返事をしながら立ち上がったログイン画面にパスワードを打ち込んだ。まじまじと巽のパソコンを眺めているとシンプルなデスクトップが表示される。そういえば彼の仕事のパソコンを見るのは初めてだった。必要最低限のショートカットが並ぶのは家でもオフィスのデスクでも最低限のものしか置いていない彼らしさを感じる。
    「今の時間に社内のネットワークにログインしてしまうとよくないので、オフラインで出来る仕事をします」
     マヨイの視線に答えるように巽が説明を挟んだ。本来ならばクラウドサービスにログインして書いていく出張報告を下書きしておくらしい。エクセルを立ち上げた彼はそのまま何のテンプレートも準備せずに文書を入力していく。
    「だから、マヨイさんも気にせず仕事してくださいね」
     せめて食べ終わるまでは彼の仕事ぶりを眺めていてもいいだろうか。
    「あの、守秘義務とかあるなら私は見ない方が良いですか?」
    「日頃の仕事でしたら、そこは気を遣うところではありますが、これはいいですよ。俺が立ち会っていた仕事は近いうちに社内展開される予定になりましたので、きっとマヨイさんもすぐに情報がくると思います」
     巽の打ち込んでいく文章をマヨイは食べる手を止めて眺める。出張先のラボで、自社開発のAIの研究に付き合っていたらしい。元々は車載搭載用のAIの研究を進めるラボだが、途切れる事なく打ち込まれていく報告の中身を見るに、社内向けのシステムの構築を模索しているらしい。
    「元々こういう取り組みは近年やってるんですけど、来期には社内大学を設立して、今後はこういうAIを絡めた社内業務を本格的に展開する事になりました。元々俺は工学系なんですけど、情報系も少々かじってたので、このプロジェクト立ち上げの話に自分で立候補したんですよ。営業という仕事の観点から提案出来る事もあるでしょうし」
     デザインの道からこの会社に入ってきたマヨイには、それがどういうことなのかはいまいちピンと来ていない。一口に理系と言っても色々あるらしいということだけは分かった。手の中に残っていたサンドイッチの最後の一切れを口に入れ、マヨイは自分のパソコンに戻らざるを得なくなる。そもそも最初から待たせているのにこれ以上彼を待たせるわけにはいかなかった。
    「営業の仕事だけじゃなくて、そういう仕事も巽さんのお仕事なんですね……?」
     待機画面になっていたパソコンのロックを解除して続きを触っていく。マヨイの見立てではあと1時間あればどうにかなりそうだ。
    「本来はそうではないんです。ただ興味があって、以前からプロジェクトメンバーに入れてもらえないかと上司に打診していたんです。今回はそれが叶って参加が出来たという感じですね。そもそもこれは営業の数字に直接は関係のない仕事ですから」
     なんとなく心にもやがかかる。マヨイはそれがあまりにも子供じみた嫉妬だと分かっていたので、慌てて振り払うと目の前の仕事に気持ちを戻す。彼が仕事を余分に増やした結果、数週間会えない状況に陥っていたという事実を知ってしまった。自分は寂しい気持ちで週末を過ごしていたというのに。
     その先はぽつぽつと言葉を交わす程度になった。かちかちと淀みなくキーボードが叩かれていくのを聞いていると、巽が集中している事がわかる。マヨイも感情に蓋をして仕事を進めていく。時折少し冷めたカフェオレをすすると静かなフロアにやけにその音が響いた。


    「お、終わりましたぁ……」
     結局1時間半かかってしまった。マヨイは最後の見直しを終えて保存したファイルを先輩に送ってから、ようやくパソコンをシャットダウンする。
    「お疲れ様でした」
     巽はこちらの様子に仕事が終わった事を察したらしい、開いていたノートパソコンをさっと片付けると席を立って脱いでいたコートを羽織った。
    「すみません、付き合わせてしまって……」
    「いいえ、いいんです。俺もちょうど一つ仕事を片付けられましたから」
     マヨイも立ち上がると、ブースの端に備え付けられたロッカーの中から手荷物を取り出してコートに袖を通す。ちらりと視線を巽にやると、ブースの扉の傍で外を見ているようだった。エレベーターの所在を確認でもしているのだろうか。マフラーを首にぐるりと巻き付けながら巽の傍に辿り着いたところで急に腕を引っ張られた。
    「ひっ……」
     外に向かうのだろうと思っていたマヨイは足をもつれさせかけたが、そのまま温かい体に抱きしめられる。
    「たたた巽さぁん……び、びっくりしました……」
     素っ頓狂な悲鳴が二人以外誰もいないフロアに響いて、マヨイは慌てて口を塞いだ。
    「他のブースで俺たちみたいに残業している人がいないようでしたので、大丈夫ですよ」
     耳元で囁く巽の声は忍ばせているが、その言葉に乗った感情は弾んでいる。悪戯を仕掛けてまんまと成功したいたずらっ子さながらだ。
     巽の腕の中は温かい。背中を優しく撫でられて、疲労で緊張していた体が弛緩していく。先ほどまで一人寂しさを感じていた自分はなんて子供なのだろうと、マヨイは自分を恥じた。
    「うう、さ、寂しかった、です、私、私……」
     熱に解かれて、胸の中で押し殺していた感情が口をついて出る。
    「俺はあなたを寂しがらせてしまっていたんですね……でも嬉しいです」
     語尾に熱の籠もった巽の言葉に、マヨイは頬がじんわりと熱くなるのを感じた。子供の駄々と変わりない、こんな事を言うつもりなんてなかったのに。心の中の後悔すら、背中を撫でてくれる巽の優しい手に解されていく心地だった。
    「俺も週末一緒に過ごせない事が寂しくて。自分で決めた事なので、こんな事を言うのは少々恥ずかしいことですけど。ですから今日は何としてもマヨイさんに会うつもりでした」
     腕の中から見上げるとはにかむように微笑む巽がすぐ目の前にいた。少し首を伸ばせば、彼に届く。

     
     少しつま先に体重を預けて唇まであと数センチ、というところで、巽の人差し指がマヨイの唇を止めた。
    「……キスは、お預けです」
     向こうから仕掛けてきたくせに、そんな事を言う。不満の意図を込めて押し当てられた指先に歯を立てると、巽は予想をしていなかったのか、小さな悲鳴があがった。
    「マヨイさん。あまり可愛い事をしないで下さい。ああ、もしかして俺の理性を試しているのかもしれませんが、ここでキスをすると歯止めが利かなくなりそうなので駄目なんです」
     はあ、と零れるため息と共に深刻そうなトーンでそんな事を言い出す巽が可笑しくて、マヨイは笑いを忍ばせる。

     
     さすがに自分の職場で色事をするような趣味はいくらマヨイと言えども持ち合わせていないので、その先は同僚の距離を保ちつつ社内から外へ向かった。
    「今夜はマヨイさんちに泊まってもいいですか? 出張のために着替えを持ち歩いているので、丁度都合がいいんです」
     基本的に巽は週末だけをマヨイの家に泊まって過ごしているが、今日はまだ水曜日だ。普段の週半ばは巽に突発的な外出や出張が挟まる事が多く、帰る時間もまちまちなため、なかなかデートには至らない。時々二人して早くあがれる日が重なった時にデートをするのが関の山だったので、今日の巽のお誘いは珍しい。
    「ええ、巽さんさえ良ければ」
     寂しい気持ちを抱えるくらいならいっそ、毎日同じ部屋に帰るくらいでもいいですけど。心の中で呟いたその言葉は、マヨイには勇気がなくてまだ言い出せない言葉だった。
    「ふふ、良かったです。では、そのついでにもう少しだけ俺の残業に付き合ってもらえませんか」
     巽の言い出した言葉にマヨイは首を傾げるが、彼は返事の代わりにマヨイの手をぎゅっと握った。


    ***


     浮上した意識に引っ張られて、マヨイはふと目を開ける。まだしんと静まり返った夜中である事が外の暗さから伝わってきた。すぐ傍で寝息を立てている巽を起こさないように、そろりとサイドボードに手を伸ばす。温かい羽毛布団から腕を伸ばしたせいでそこだけ冷気に包まれてぶるりと体を震わすが、どうしても手に取りたいものがあった。
     ことりという乾いた音と共にマヨイの手の中に納まったそれは、小さなスノーマンの木の彫り物である。暗闇でろくに見た目も分からないけれど、指の中で転がしてマヨイは吐息を零した。

     結局、巽のいう『残業』とやらは、近くで催されているドイツ風のクリスマスマーケットがあるので行きませんか、というデートのお誘いだった。そこでホットワインを飲んだり、屋台をのぞいてヴァイスヴルストをかじったり、広場にある数メートルはある大きなツリーの飾りつけを眺めたりと、楽しいひと時だった。そこにたどり着くまでに街並みを彩る木々のイルミネーションの下も歩いた。公園の街路樹なんかも今の時期に合わせてライトアップがされていて、マヨイはあちこちを写真に納めながらじっくり堪能した。
     スノーマンは屋台で見つけた戦利品だった。外国製らしい、シンプルなデザインと鮮やかな色彩の木製の彫り物。今日の記念にとマヨイが欲しがったものだった。
    (やりたかった事、たくさんしましたねぇ……)
     マヨイの焦がれていた願いがまた一つ叶ってしまった。遠方の出張から帰ってきた彼に疲れがないはずがないのに。いつの間にそんな催事の事まで調べていたのだろうか。
     その証拠に今日はマヨイがシャワーを浴びている間に巽が寝入ってしまったので、キスの続きはおあずけになってしまった。
     クリスマスマーケットで少々アルコールが入ったのも原因かもしれない。出会った時から彼はわりかしお酒には強いわけではない。出会った初日にも似たような状況で一緒に布団に入って巽の寝顔を眺めていた事があるマヨイは、こういう状況になるとその日の事をついつい思い出してしまう。
     巽にとっては大失態だったようだが、マヨイにとっては夢のような夜だった。一つも自信のない自分の事を、一生懸命肯定してくれる穢れのない人。唯一の取柄である自分のデザインを一生懸命好きだと語ってくれた事も嬉しかった。日陰を歩いてきた自分からすると、眩しすぎるほどに清らかな人が何故傍にいてくれるのか、マヨイからすればいまだに奇跡だと思う事がある。マヨイが欲しいと思っている全てを与えてくれる、救世主のような人。たまに彼こそが神なのでは、なんて突拍子もない事を考えてしまう程度には。

     
     もうすぐ訪れる聖夜には、巽の実家に行くことになった。例年実家でイブ礼拝なるものがあるらしい。日本人のごく一般的な宗教観で生きてきたマヨイからすると少々慣れない祝い方だが、教会学校の子供たちのお遊戯が可愛いんですという巽の言葉に、食いついてしまった。
    (ああ、そういえば実家といえばご両親もおられるんですよねえ……)
     可愛い子供たちの愛らしさを浴びたい一心でつい諾の返事をしてしまったが、実家に挨拶に行くも同義ではないだろうか。そんな事を意識しているのは自分だけかもしれないので、浮かんだ思考を慌てて打ち消す。そもそもただの毎年の恒例行事というだけなのだろう。それでも願わずにはいられなかった。スノーマンを握りしめて、マヨイは来年もこうやって一緒に過ごせますように、と祈りを込める。


    ***


    (ああ、また俺は失態をおかしてしまいました)
     懺悔をするのにはちょうどいい、澄んだ空気の早朝だった。巽はスノーマンを握って眠っている恋人を起こさないように静かにベッドから降りた。昨日は久しぶりの逢瀬に嬉しくなってお酒を飲んでしまったのが良くなかった。いや、せっかくのクリスマスマーケットでお酒を飲まないなんて勿体ないのでそれはまだいいとして、誤算は自分の疲労だろう。思っていた以上に疲れていたのか、睡魔と戦った記憶すらない。気持ち良く朝まで熟睡してしまった。
     出張先から一度家に戻ってキャリーケースを置いてから、残業をしているマヨイの元に行くためにお泊りセットを鞄に詰め直して、家を出て。出張帰りのついでなんてのはただの口実だった。彼の家に着いて荷物を開けた際にはこんな軽装で出張行ってたんですかなんて驚かれてしまい、少々後ろめたい気持ちになったりもしたが。本当はもう一つ準備があったのだ。


     巽は床に置いたままになっている自分の鞄の奥底にしまっておいた包みをそっと取り出す。少し前に巽が買ったものだった。昨晩のデートの終わりに渡そうと思っていたはずなのに。残念ながらお酒と久しぶりに会えた嬉しさで話が盛り上がってるうちに機会を逃し、結局家についてからの記憶もふんわりとしている。ソファで寝落ちしかけていた所をマヨイがベッドまで連れて行ってくれたような朧気な記憶があるだけだった。


     昨日がマヨイにとって大事な日であることは勿論知っていた。そのために少し前にわざわざジュエリーショップに一人で足を運んで、プロポーズのための指輪を購入していたのに。
    (肝心な所で、どうにも恰好がつけられないですね)
     1日遅れのお祝いを、恋人はちゃんと受け取ってくれるだろうか。忘れていたわけじゃないとせめて言い訳するくらいは許されるだろうか。固い布張りのケースからそっと指輪を摘まみだすと、巽はそろりとマヨイの指にそれを滑らせてみる。サプライズ用の指輪で、ちゃんとプロポーズを受けてもらえたらきちんと後から選べるという指輪のため少々あてずっぽうの採寸のものを受け取っていたが、案外隙間なくマヨイの指に納まった。
     はまらないなんて事がなくて良かったという安堵と共に満たされる支配欲と、許諾を得ないままだという緊張が同時に心を満たしていく。本来の起床時間まではあと1時間はゆうにあるというのに、変な緊張感で眠れそうもない。


    (荒野の果てに、夕日は落ちて……) 
     寒い冬の朝の白んでいく光の中で、気持ちよさそうに眠っている愛する人の傍で、『荒野の果てに』を声を出さないように口ずさむ。イエス生誕を歌にしている有名な讃美歌だ。昨日の夜もクリスマスマーケットでBGMとして流れていたので無性に懐かしい気持ちになったのだ。
    (普段は実家にも帰りませんから、それらしいことも出来ていませんけど)
     巽が心の中で捧げる祈りは感謝と懺悔と、それから。二人のこの先の未来への祝福を願う祈りだった。

     終わり
     
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    tsr169

    MEMOアラサーくらいのこじれたタイプの巽マヨ いかがわしい雰囲気はあるけどまだ何もしてない 腸内洗浄描写を書くか書かないか決めたら続きを書いて支部に入れます。アルカメン各自モブと付き合ってるあるいは付き合っていた描写があります。
    感作性の愛 あの日に浴びた愛の囁きも、熱も、何もかも全てが毒だった。熱っぽい体を密着させられて、初めてそれに気が付く。
     過剰に反応した体の奥底から一気に噴出してきた熱の塊に、私は息を呑んだ。目の前で彼は日頃の聖職者然とした微笑みを剥がして、ほのかな影を帯びたまま微笑んでいた。
    「俺の事を何とも思ってないのなら、出来ますよね?」
     そう言われて、出来ないなんて言えなかった。否定する事はそこに情がある事を認めてしまうからだ。だんだんと近づいてくる顔をどうにか拒否したいと思うのに体が動かない。唇に温かい皮膚が触れた瞬間に漏れた吐息はすっかり熱を帯びていた。


    「タッツン先輩の引っ越しを祝って……乾杯~っ」
     藍良さんの元気いっぱいのコールに各々の飲み物をテーブルの中心でぶつけ合う。一彩さんはビール缶、藍良さんは甘い目のカクテルの缶、私と巽さんは丁度巽さんが撮影現場で貰ったというウィスキーをジンジャーエールで割って、ライムを切って入れたものを手にしていた。一口飲むと辛い目のジンジャーエールが口の中で弾ける。
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