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    転生の毛玉

    あらゆる幻覚

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    転生の毛玉

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    【ヌビアの子】創作シリーズ!
    今回は前日譚的な感じで。ブレーン従兄妹の話です。

    ##創作

    集合前夜〜従兄妹編〜玄関の外まで客人を送り、深々と頭を下げる。相手が見えなくなるまで、それを続ける。
    一般的で基本的な礼儀を済ませると、傍らで同じようにしていた従妹が、大きく息を吐きだした。
    「〜〜〜っ…!」
    それから私に紅潮した頬を見せ、赤と黒の眼をきらきらと煌めかせる。ぱくぱくと唇を開けたり閉めたりしたかと思うと、捲し立てるように叫んだ。
    「聞きました…!?聞きました!?聞きましたよね、ねぇ、ハンザ!」
    「あぁ、聞いていたとも。お前が興奮しそうな内容だということも分かっている。だが落ち着きなさい、はしたない」
    頭一つ低いところで、ぴこぴこと触覚めいたリヨンの髪の毛が揺れる。ここまで無邪気に興奮する姿は、久しぶりに見た。最後に、リヨンのこんな姿を見たのは、確か、三年前。ヌビア没後500年を記念して、ヌビア学研究所が大々的に設置されるという報せを聞いたとき以来だろうか。
    リヨンは、はぁーっと大きく息を吐いて胸元を押さえると、ほとんど涙混じりの声で呟いた。

    「私が、ハンザが、まさか『ヌビアの子』だったなんて…!」

    *****

    ヌビア学研究所の派遣員の名を冠して、『親展/重要』の手紙が届いたのが先月のこと。それから、実際に訪問を受けたのが今日のこと。
    その話の内容としては、
    1.私は【ヌビアの子/記憶力】であること
    2.リヨンは【ヌビアの子/知識】であること
    3.ヌビアの子として、次の春からヌビア学研究所に務め、ヌビア復活のための研究に協力してほしいということ
    の3点だった。

    派遣員が『ヌビアの子、というのをご存知でしょうか────』と言い出したのを、リヨンが食い気味に『分散の呪いによりヌビアの能力を受けて生まれた子のことですわね。存じておりますわ』と遮った場面もあった。普段のリヨンとは違った無礼に慌てたのは、私だけだった。派遣員達は、揃って『流石は【ヌビアの子/知識】だ』と感心していた。それを聞いて、リヨンはひどく目を丸くしたのだ。
    『………まるで、私が【ヌビアの子】のような口ぶりでらっしゃいますわ』
    『ええ、その通りです……え、知らなかったのですか?』
    『え───────え?』
    それからのリヨンは────知らぬ人の目から見れば落ち着き払った淑女だろうけども──────随分動揺していた。手にした湯呑みに漣を立てるなんて、普段のリヨンであれば有り得ないのだから。
    派遣員もまた、随分動揺していた。【ヌビアの子】の存在を知りながら、自分が【ヌビアの子】とは知らなかった。そんな事例は稀だったらしい。

    *****

    リヨンを落ち着かせてから、戸を潜って、家屋の中へと戻る。途端、空気を太刀で真っ二つにするかのような声が響いた。
    「姉様!!」
    この声は────と、思うまでもない。彼は、すぐに姿を見せた。リヨンの実の弟、もうすぐ13歳の少年、ロゼールだ。リヨンよりまだ少し小さい背丈をしゃんと伸ばして、リヨンによく似た綺麗な黒髪を少しだけなびかせて、つかつかと大股に歩み寄ってくる。
    「姉様、中央都市に行かれるというのは真ですか。この春からですか。この家から出られてしまうのですか。いつ帰って来られますか」
    「落ち着きなさいな、ロゼール」
    ロゼールは顔を真赤にして捲し立てる。それを、掌を見せてリヨンは宥めた。まさしく、つい先程の私とリヨンのしていたことと同じ構図だった。血は争えないということだろうか。
    ロゼールはリヨンとは違い、すぐには落ち着ききらないようだったが、それでも口は噤んだ。それを見届けて、リヨンは答える。
    「ひとつめ。中央都市には、行きます。
    ふたつめ。この春からです。
    みっつめ。寮生活となりますから、一時的にこの家からは出ます。けれど、それはフルヴィエール家から出るという意味ではありませんよ。
    よっつめ。定期的に長期休業があるとのことですから、その時には一時的に帰ってこようと思います。本当の意味で我が家に戻る日は、お約束はできません」
    最後の一言を聞いて、ロゼールの顔面が蒼白になる。「そんな…」と呟く声が聞こえた。それを知ってか知らずか────恐らく知っての上で────リヨンはニッコリと笑った。
    「丁度良いではありませんか。ロゼール、この機に姉離れなさいな」
    「そんな!」
    今度の『そんな』は、呟きではなく叫びだった。それも、心からの叫びだった。

    我が一族は、兄弟姉妹の関係さえ度外視して、男女七歳にして席を同じうせずを基本とする。そんな環境下で、このロゼールは『姉・至上主義』を貫いている。本人曰く『姉様こそ、理想の女性にほかならない』とのことだ。どこに行くにも着いてくるし、何をするにも口を出す。
    最早、執念。折角の姉弟仲を裂くのも気が引けて、ここ12年間放置してきたわけだが。

    「そ、それに、寮生活とは何ですか!?まさか見も知らぬ男とひとつ屋根の下などありませんよね!?男女がそんな、ふ、ふしだらな!このロゼールが許しません!!」
    聞く人が聞けば、『どの口が言うか』と思われそうだが、ロゼールは至極本気だった。
    「一人暮らしの部屋をいただけるそうですよ」
    「一人暮らしの部屋、っていったって…!『まんしょん』とかいう建築様式ですか!?あんなもの、別の部屋だろうがひとつ屋根の下には変わりありません!」
    「まったく、ロゼール。そんな調子では、この村の外では生きていけませんよ」
    「良いんですっ!!僕は姉様共々この村で生きるのですからっ!!」
    今にも泣きそうに、ロゼールは震える。

    その後ろから、まるで雰囲気を読まずに、「やー」と間延びした低い声が聞こえた。私とほぼ同じ大きさの影が現れる。私とリヨンは、揃ってそちらを見る。
    「ハンザ。リヨン。聞いたよ、この家から出ていってしまうんだって?」
    のんびりとしたその声に、ロゼールもまた振り返った。そこにいたのは、私の実兄────ケルン兄様だった。
    その表情は、(流石にロゼールほど切羽詰まってはいないが)不安げだった。私は、兄に向かって少しだけ頭を下げる。
    「一時的に、仕事と学業のために留守にいたします。ですが、いずれ、私もリヨンも必ず戻ります」
    「あぁ、そういうことなの。安心したよ、ハンザがいなくなったら、この家は先行き不安だからね」
    ケルン兄様は、ほっ、と胸を撫で下ろした。無骨な見目に反して、無邪気で可愛らしい口調が、我々の心をそっと和ませる。
    「しかし、中央都市にまで呼ばれるなんて、さすが、ハンザとリヨンだね。凄いなぁ。ぼくじゃあ、ありえないや。たくさん、楽しいことしておいでね。いっぱいお友達作っておいでね」
    ケルン兄様は、裏表のない笑顔を見せた。我ながら────鏡写しのように同じ顔でありながら、まるで表情の違う兄弟だ─────と、思う。それをこのタイミングで目の当たりにして、胸中に一つの決意が芽生える。
    (必ず戻る。何があっても)
    「戻るときには、兄様にお土産を買います。楽しみにしていてください」
    「え!ありがとう、楽しみだな。あのねぇ、ぼく、中央都市のチョコレートのお菓子、好きなんだよ」
    ケルン兄様が顔を綻ばせた頃、廊下の奥から「ケルン様!!」と使用人の呼ぶ声が聞こえた。呆れているようでもあり、怒っているようでもある。リヨンが、少しだけ驚きに肩を揺らした。
    「ケルン兄様、何かをしていた最中なのでは?」
    「えっ?ええと、何だっけなぁ」
    リヨンの問に、ケルン兄様はすぐには答えられない。わざとはぐらかしているのではない。本当に覚えていないのだ。ロゼールが片手を上げる。
    「先程、使用人から、今度の村会議の議題を読めと言われているのを聞きましたよ。それでは?」
    「あー!そうそう、それだ。あれ、つまらないんだよなぁ。ぼく、苦手だよ…。逃げちゃおうかなぁ」
    ロゼールの指摘に、ケルン兄様は短髪の項を搔く。その様子に、私も、リヨンも、ロゼールも微笑む。
    「ケルン様!!仕事はいかがなされました!!」
    「わ、大変」
    使用人の怒鳴り声。ばたばたとケルン兄様が部屋へ戻っていく姿を見送る。それから、私はロゼールへと耳打ちした。
    「……ケルン兄様を頼んだぞ」
    「……ええ、お任せください。姉様のことも、どうぞよろしくお願いいたします。頼りにできるのはハンザ兄様だけです」
    「任せろ」
    私は少し笑いそうになりながら答えた。

    *****

    リヨンと並んで歩く。やがて、家族も使用人も、影すら見えなくなる。私は、立ち止まる。リヨンが振り返る。
    一つ、胸の中につっかえていたことをリヨンに尋ねることにした。
    「リヨン」
    「はい?」
    「『セーヌ』という名前に覚えはあるか?」
    「セーヌ」
    リヨンは鸚鵡返しに尋ねた。それは、先程の来客が手に持っていた書類の中、ちらと見た『ヌビアの子 一覧』の中にあった名前だった。
    「セーヌ……セーヌ………いえ、覚えはありませんが」
    「そうか」
    「記憶の有無で言えば、ハンザの方が自信はあるでしょうに。なぜ私に聞くのです?」
    リヨンは不思議極まりないという顔で私に首を傾げてみせた。至極当然だ。記憶力その一点に関して言えば、私は誰よりも秀でていた─────今となっては、それも【ヌビアの子/記憶力】だったから、と分かったのだが。
    私は少し言葉を選んだ。遠い昔の記憶の糸と、つい先程の記憶の糸を絡め合わせる。
    「恐らく、【ヌビアの子】の中に、そんな名前の人間がいる。資料に名前があった」
    「ええ」
    「………昔、我が家の使用人の一人が『私のセーヌ』と口にしていたことを覚えている。それで、引っ掛かりを感じた」
    私は、必要最低限のことを伝える。本当は、その言葉を口にしながら、使用人は泣いていたこと。私や、幼いリヨンを見ながら、震えていたこと。そのことは伏せた。
    「もしや、その『私のセーヌ』と『ヌビアの子のセーヌ』が同一人物かと?……名字は?」
    「違うはずだ。その使用人の姓は『イエナ』だが、書面には『セーヌ・シュリー』と書いてあった」
    うーん、とリヨンは首を傾げる。それから、ぽつっと呟いた。
    「セーヌ……どこにでもいる名前ではありませんけれど、かと言って、とても珍しい、というわけでもありませんものね。偶然かもしれませんよ。気にしなくても良いのでは?」
    リヨンの言葉を聞いて、途端、ふっ、と胸中のものが溶ける。リヨンが『気にしなくても良い』と言えば、いかなる内容でも、いつでも、心が軽くなる。
    「……ああ。気にしすぎだな」
    私は、考えを追い出すように頭を振った。
    そんなことよりも、今は考えなくてはいけないことが山ほどあるだろうと自分に言い聞かせる。リヨンも同じように考えていたらしく、途端にまた頬を紅潮させた。
    「それより、それよりですよ、ハンザ。ヌビア学研究所には、図書館も併設されるんですって。ヌビア学大全集が読み放題ですよ!!どうしましょう、寮に本棚は持ち込めるのかしら!」
    「………リヨンの部屋に置き場がなくなったら、俺の部屋に置けばいい」
    「そうですわね!ありがとうございます!」
    ここで遠慮せず即答してしまうのも、流石はリヨン、私の従妹だ。
    この従妹ならば、どんな【ヌビアの子】相手でも上手く立ち回ってしまうのだろう────それが、どこまでも心強く感じた。
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