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    piiichiu5

    @piiichiu5
    大抵未完成小説をあげます。その後もし完成すれば完成品を支部にあげます。ネタバレに配慮ありません。

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    piiichiu5

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    キサタケ小説 未校正です。後でしぶにもあげると思います。

    re:restart気づいたら、ドンッと背中を押されていた。
    パァァァ、と電車の通過音が響く。誰かの叫び声。風が前髪を舞い上がらせる。
    目の前に迫り来る、電車。

    普通なら。
    普通なら、ここで慌てるか、絶望するか、あるいは呆然とするはずだ。

    でも、俺は笑っていた。
    目の前の死が信じられなくて笑っているわけじゃない。
    本当に嬉しくて、俺は笑った。

    ーーーやりなおせる。

    やりなおしの、やりなおし。

    2017年、7月4日。
    26歳のうだつの上がらない俺がタイムリープを始めた最初のその日に、俺はまた戻っていた。


    ***


    いつもの溝中5人衆で、渋谷三中の2年にケンカを売りにいく、その直前。

    俺は駅で、みんなを止めた。

    「なんでだよ、タケミチ。ビビってんのかぁ?」

    馬鹿で、チンコばっかいじってたマコト。

    「溝中はナメられてんだぞ?やるしかねーだろ?」

    幼馴染のタクヤ。

    「そんなビビってるフリとかいらねーぞぉ?いつもみたいにウラケンかましちゃれよ」

    メガネかけてれば頭良いと思ってる馬鹿の山岸。

    「……腹の具合でもワリィのか?」

    番張ってて、やさしくて。
    そんで、いつもいつも、いろんな未来で苦しい思いをさせてしまった、あっくん。

    「……チゲェんだ。あのさ。俺のイトコのマサルくんが渋谷三中でアタマ張ってるっていうやつ、確認したら嘘だったらしいんだ。俺に、年下のイトコに調子乗ってちょっとフいちまったんだろ。渋三中の2年だけなら、俺たち5人でもケンカになると思う。でも、三年が出てきたら、今の俺たちじゃ敵わない」

    真剣な声で言う俺に、みんながシンとなった。

    「……敵わないからって、すごすご諦めちまうのかよ」

    山岸が口を尖らせて、ちょっと拗ねたように言う。
    俺は、嬉しくって笑ってしまった。
    やっぱり、俺はこいつらのことが好きだなあって思ったから。
    俺はダチに恵まれていた。自慢の、最高のツレだった。

    「『今の俺たちじゃ』って言ってんだろ。諦めねえよ。俺は、諦めねえ。---だって俺は、日本一の不良にならなきゃいけないんだから」

    ***

    キヨマサ君の奴隷にならなかったために、喧嘩賭博に参加させられることもなく、俺はまだマイキー君に出会っていなかった。

    東京卍會に入るのは、やめよう。

    たくさん考えた末に、俺はちょっと泣きながらそう思った。

    東卍のトップクが、好きだった。あの服を着れることが誇らしかった。背中にタスキを結ぶとき、腹の奥のほうまでキュっと決意が引き締まる感じがした。分不相応にも壱番隊の隊長にまで登りつめたあの組織のあのナカマたちが、俺は本当に本当に大好きだった。

    でも、あのなかからマイキー君を変えられるビジョンが、思い浮かばない。

    内部の人間に何とかできることなら、ドラケン君と三ツ谷君がいる。今はエマちゃんもいる。

    今度は外から変えてみよう。

    そう思った。

    そう思ったのはいいが、だからと言ってスゴイ案が浮かんでくるわけでもなかった。
    ただ、ひとつだけはっきりしていることがある。

    ーーーまずは、稀咲を止めなきゃならない。

    8.3抗争。血のハロウィン。聖夜決戦。関東事変。

    そのどれもに、稀咲が暗躍していた。まずはあいつの動きを掴まなくてはならない。
    そして、できれば今度はちゃんと話をしてみたい。
    あんな死に方をさせたいわけじゃなかった。
    あいつが死ねば全部うまくいくと思ったこともあったけど、そうではなかった。

    そもそも、俺には稀咲の考えていることと言うのがどうもよくわからなかった。
    ヒナが好きだった、というのはわかる。ヒナはかわいくて最高なので、ヒナを好きになる男は世の中にたくさんいても少しも不思議ではない。むしろヒナを好きにならないヤローがいたらそいつのほうがおかしいので、それはいい。
    ヒナが好きになった俺が日本一の不良を目指していることを知り、そんでそれを超えるためにアイツも日本一の不良を目指した……みたいなことも、あの時、あの駐車場で聞いた。
    ーーーいや、なんでそうなる?
    おかしい。明らかに、おかしい。
    ヒナが好きになってくれた俺は、自分で言うのは恥ずかしいが、強さで敵わなくても悪いやつに立ち向かうっていう、そういう心意気なんじゃないのか。前後の文脈から「不良」の部分だけハサミで切り取って、そんで将来は日本に名を轟かす巨悪のナンバーツーになる?
    明らかにおかしい。
    頭がいいのか悪いのかわからない。
    そこのところを、一度ちゃんと聞いてみたい。
    できれば、互いに額に銃を突きつけられていない状況下で。

    「っつっても、どうやって会うかな~」

    かつてマイキー君とドラケン君と話をした川沿いの土手道を、後頭部で腕を組みながらぶらぶらと歩く。夏の夕日が空気をオレンジ色に染めていた。
    前回は一度ナオトをトリガーにして未来に戻っていたはずだが、今回はまだ一度も戻っていない。
    とにかく、一度稀咲に連絡をつけたいと思った。
    そもそも、稀咲ってドコ中だっけ。ぼんやりと顔を上げて、俺は目を見開いた。

    いた。

    土手道の反対側から、2人の手下っぽいヤツらを携えて、稀咲が歩いていた。
    俺は思わず指を指し叫んでいた。

    「っぅえ!いたぁ!稀咲!」

    指を指されたほうの稀咲はといえば、目を丸くしていた。
    こいつ自身はずっと俺のことを知っていたらしいので、知らないヤツにいきなり声をかけられたから驚いているわけではないはずだ。

    「な……にか?人違いじゃねぇか?」

    シラを切ろうとしている稀咲の胸倉を掴んで、俺は叫んだ。必死だった。コンクリートに歯でも爪でも立てても、ここで稀咲を逃すつもりはなかった。

    「逃さねぇぞ、稀咲ィ!」
    「っ、何だよテメェ、突然ッ」

    焦った稀咲と、少し揉みあいのような形になった。稀咲の後ろについてた手下2人が間に入る、その直前。
    偶然、俺の手が稀咲の手のひらを掴んだ。

    俺と、稀咲の二つの手が、重なる。

    バチンッ!

    体中に電撃が走ったみたいだった。
    タイムリープのときとは少し違う。
    記憶が。たくさんの、たくさんの、たくさんの記憶が脳みその中を駆け巡っていく。
    ものすごい速い勢いで、写真と映像が流れるめちゃくちゃなストリーミング。
    たくさんの人に助けられて、たくさんのひとを助けて。
    運命を変えて、とりこぼして、また変えて。
    手を伸ばす。
    手を伸ばす。
    何度も、何度も、何度も手を伸ばす。

    「タケミっち」
    「タケミチ!」
    「タケミチくん」

    武蔵神社。廃車集積場。フィリピンの廃墟。港。廃ボーリング場。
    ーーーヒナ。
    ーーーマイキーくん。
    電車が、目の前に迫っている。
    俺は。
    俺はーーーーーー



    気づいたら、俺は草の上に寝っころがっていた。
    辺りは紫色の宵闇に沈みかけてはいたが、日が長い夏のことでまた真っ暗ではなかった。
    俺はだるい頭をどうにか持ち上げて、辺りを見る。
    少し間を空けて、草むらに稀咲が座っていた。

    「……気がついたか」

    稀咲、と掠れた音が漏れた。

    「俺は……死ぬのか」

    稀咲が川のほうへ視線を向けたまま言った。それで、さっきのあれが稀咲にも見えたらしいと言うのがわかった。

    ーーー2006年2月22日。
    稀咲鉄太は死ぬ。享年14歳。
    最期の言葉は、「死にたくねぇ」だった。

    宵闇に沈んだ川は、のっぺりと黒かった。
    俺はなんて言っていいか迷って、それから正直に言いたいことを言うことにした。

    「稀咲。“前”のとき、お前はスゲェクソヤローだった。本気で殺そうと思った瞬間がある。止められてなかったら、俺はあの引き鉄を引いてたかも知れない。……でも、お前が死んでから。もっとお前のこと知りたかったって思った。ちゃんと話してみたかったって。お前はクソヤローだけど、俺と違ってタイムリープなんかなしに、いつでも東卍のナンバー2に上り詰めてた。すごい奴だよ、お前。無茶苦茶クソヤローだけど」

    稀咲は黙って俺の話を聞いていた。
    俺は手元にあった石を握って立ち上がり、意味もなく投げた。ぼちゃ、と黒い川が音を立てた。

    「……稀咲鉄太。前のお前は死んだけど、今はまだ死んでない。今ならまだ、未来は変えられる。前のお前は、全部ヒナのためだったって、そんで、俺のことリスペクトしてたって言ったよ。だから。だから……俺と手を組まないか」

    俺は座り込んだままの稀咲に手を差し出した。
    稀咲は、俺の手を初めて見るもののようにマジマジと見つめた。
    そして、ゆっくりとその手を取った。

    ーード クンーー

    「っえ?」

    もはや慣れ親しんだタイムリープの感覚。
    でも、なんで?

    最初の時のトリガーは、ナオトのはずじゃ……?

    ✳︎✳︎✳︎

    目を開けると、知らない天井だった。
    見渡せば、深紅の絨毯が広がる広々としたホテルみたいな部屋と、大きなベッド。俺はそのベッドに寝かされていた。
    右腕から、点滴が繋がっている。

    「……気が付いたか」

    ガチャリと部屋に入ってきたのは、大人の稀咲だった。
    思わずギクリとする。
    隙なく固めた髪型と、左耳にスクエアピアス。
    スリーピースのスーツに身を固めたその姿は、かつての未来の一つで千冬を殺した時の姿によく似ていたからだ。
    稀咲はフンと馬鹿にしたように鼻を鳴らした。

    「……現状を説明してやる。お前は7月4日、線路に落とされて死にそうになった。だが、俺の指示で救助され、間一髪で九死に一生を得た。だがそれから、仮死状態のような状態に陥っていた。俺はお前を密かに引き取り、ここで保管していたーーーここまではいいな?」
    「え?よくねぇよ。なんで?ナオトは?トリガーはナオトだろ?」

    そう答えると、稀咲は天井を見てこれ見よがしにため息をつく。

    「……だから馬鹿に説明するのは嫌なんだ。垣間見たお前の記憶からすると、タイムリープとトリガーは当時も同じじゃなかったはずだ。順序が逆だろ。お前は電車に轢かれる瞬間に過去に飛び、そして過去で橘ナオトをトリガーに“設定”した。それが今回は俺だったというだけだ」

    俺は頭を抱えた。よくわからん。よくわからんが、それを言い始めたらこのタイムリープ自体まったくよくわからん代物だ。

    「……まあ、とにかく今回のトリガーが稀咲だってことはわかった。そんで?ヒナは生きてる?マイキーくんは?東卍のみんなは?」
    「東卍は存在する。マイキーはそこのトップだ。……残念ながら、今も巨悪と呼ばれている。言っとくが、俺は煽ってないぜ。むしろ、方向転換しようと努力したんだ。だが……駄目だった。ドラケンを失ったのが痛かったな」
    「ッドラケンくんが?!」

    話を聞くと、ドラケンは中3の夏に殺されたと言う。殺した相手はキヨマサ。夜道に背後から、不意打ちで刺殺。喧嘩賭博を止められ、チームの中で地位を落とされた逆恨みだった。

    「そうか……。マイキーくんとドラケンくん、俺が初めて会ったあの日、俺達がいなくても喧嘩賭博は止めさせるつもりだったんだ。そんで、キヨマサくんの逆恨みもそのまま……」
    「いいか、花垣。お前に協力してやる。だから、これからお前はこれを全部頭に詰め込んで過去に飛べ」

    ドサッとベッドの上に降ろされたのは、分厚い資料の山だった。

    「……へ?」
    「間抜けヅラしてんなよ。今回は、情報が足らなすぎた。一瞬見たお前の記憶だけが頼りだったからな。いいか。これは、俺が重要だと思った人物・出来事をまとめた資料だ。全部覚えて、過去の俺に伝えろ」
    「ぜんぶって……これ、全部?!」

    辞書よりもまだ分厚い資料の束が、複数。
    5教科の教科書束ねたよりも分厚い情報量。こんなん暗記できる頭なら、過去に戻った時に中学生のテストで赤点で補修なんてことになってない。

    無理だ、と叫びそうになった俺に、稀咲がにっこりと笑って俺のほっぺをむぎゅっと掴んだ。

    「ふぐぇ」
    「12年だ。お前にとっちゃ一瞬でもな。こっちは12年、お前の記憶を頼りにマイキーを支えようとやってきたんだよ。……結局、何人も死なせちまったが。だが、お前は俺の12年に報いる義務がある。この程度で根を上げるはずねぇよなあ、“ヒーロー”?」

    結局、俺は潰されたほっぺのまま「コーヒー、いただけますか……」と言った。

    ✳︎✳︎✳︎

    過去に戻って、まず俺がしたことは、せっかく覚えた情報を忘れないうちにノートに書き写すことだった。
    稀咲はマジで頭が良くて、嫌味をたらたら言いながらも、結局あの資料をすごく小さくまとめてくれた。人物をうまく系統立てて図にもしてくれていた。その図をまず書いて、ホッと息をつく。ストーリー仕立ての内容は、結構覚えていられるから、人物のことはまだ覚えやすかった。

    問題は、このあとだった。

    「ええっと、2011年2月……なんだっけ?なんかあったよな……なんか、語呂合わせで覚えたやつ……」

    日付も合わせた重要な出来事。
    これもできるだけを書き出した。
    日付で、いくつか思い出せないやつもあったが、それは2月……前半??とか書いておくことにした。
    ノートに全てを吐き出して、俺はほっと息をついた。頭の中から重荷を下ろしたみたいで、テストの後みたいな気分だった。

    そのノートを胸に抱えて、俺は未来の稀咲に教わった稀咲の家へと向かった。
    稀咲の家は、立派な戸建ての家だった。
    チャイムを押す時、少しドキドキした。

    ピンポーン、よくあるチャイム音が鳴って、「はーい」と奥から声が聞こえる。出てきたのは、稀咲に目元が似ている女の人だった。

    「あの。稀咲……鉄太くんの、友達、で。花垣武道といいます。あの、鉄太くんいますか?」
    「まあ。ちょっと待っててね」

    にこりと微笑んで奥にいった女性は、恐らく母親だろう。意外にも、優しげな雰囲気だった。前の世界で、あの人は14歳の息子を亡くしてどれだけ泣いただろうか。

    しばらくすると稀咲本人が降りてきて、「ついてこい」と声をかけた。

    俺は「おじゃましま~す……」となんとなく忍び足で稀咲の後を追った。

    稀咲の部屋は、白黒と少しの青でシンプルにまとめられた、おとなっぽい部屋だった。
    白い勉強デスクの上にノートパソコンと参考書。あとは壁際にずらっと本棚。

    「そこらへん座れ」

    と言われ、勉強机のところに1つしかない椅子に稀咲が座ったから、俺はカーペットの床の上に座った。

    「未来から帰ってきたんだな」

    俺はコクリと頷く。そして俺が頑張って覚えた未来の情報ノートを差し出した。

    「コレ。未来のお前に、過去のお前に渡せって言われた」

    稀咲はノートのなかみをパラパラと見ると、「汚え字」と言った。そして、ノートをぱたりと閉じてしまう。
    それから椅子に腰掛けたまま、ゆるく両手の指を重ね合わせて言った。

    「これはあとでゆっくり見る。今は、今のお前の情報がほしい」
    「今の、俺?」
    「今までお前が経験してきた、世界線の情報だよ。お前の主観でかまわない。どういうことが起こって、どういう人物がいたのか。どういう印象だったか。お前はそのときどう思ったのか。あの一瞬で見せられた情報じゃ、ぜんぜん足りない。情報は力だ。覚えている限り、全部吐き出せ」

    そうして、俺は話し出した。
    話し出したら、止まらなかった。
    途中何度も過去のーーあるいはここから見れば未来のーー稀咲への文句も言った。
    稀咲は何も言わず、ただ黙って聞いていた。何度か、「何故お前はそうした?」とか、「その時の正確なメンバーは?」とか聞かれることはあったが、あとは一度も遮られることはなかった。

    途中で稀咲のお母さんがジュースを持ってきてくれて、俺はありがたくそれを頂いた。ケツが痛くなり、俺は勝手に稀咲のベッドに移動して座った。稀咲はそれにも何も言わなかった。
    話し終わると、喉が少し枯れていた。それだけ長いこと話し続けていた。

    ようやく話を聞き終わって、稀咲は同じポーズのままなにやら考え込んでいた。

    「……メモとか、とらなくてよかったのかよ」
    「全部頭に入ってる」

    自慢でもなんでもなく、ただの事実を言う口調で稀咲が言う。
    俺はしばらくの間は神妙に座っていたが、稀咲があんまり銅像のように動かないので、途中から勝手にベッドに寝転がって携帯をいじっていた。

    ふと、手元が暗くなった。見上げると、稀咲がベッド脇に立っていた。

    「事情はわかった。結果を得るために俺がやるべきことも見えた。……だが、俺のメリットはなんだ?」
    「へ?」
    「お前の戦略目標は、マイキーを含め全員が生きて、一定以上の幸福を感じるような未来を掴むこと……そうだな?」
    「え?まぁ……うん、そうかな」
    「それに協力する俺のメリットは何だ?お前は俺に何をもたらす事ができる?」
    「もたらすって……未来のお前は、協力してくれるって言ったし」
    「それは未来の俺であって、今の俺じゃねぇな」

    稀咲は真顔で俺を見下ろしている。
    俺は肘をついて、上半身を起き上がらせた。

    「……ヒナと、別れろってことかよ」
    「馬鹿にするなよ。橘は俺のオンナだが、お前に譲られるようなオンナじゃねぇ。それは俺が俺の力で成し遂げなきゃ意味がないことだ」
    「それは……そうだよな、うん。じゃあ、何だよ。何がほしいわけ?」
    「俺が聞いてんだよ。お前は俺に何を与えられるのか」

    そう言われても、困る。
    稀咲のほしいものなんか、何も持ってない。
    というか、基本的に俺は人を満足させられるような特別なものなんか、何も持ってない。
    頭が良いわけでも、喧嘩が強いわけでも、カリスマがあるわけでもない。
    諦めない、それだけ。
    自分の身一つだけでここまでやってきたんだから。

    そう言ったら、稀咲はぐいっと胸元を押してきた。踏ん張る場所もなくて、俺はベッドに押し倒された。稀咲が俺の顔の横に手をついて乗りあがってきて、ベッドのスプリングがぎしりと音を立てた。鼻先が触れそうに鋼色の瞳が近づく。

    「じゃあ、お前をもらうしかねぇな」
    「……はぁ?」
    「お前、身一つしか持ってねぇって、今言っただろう。だから、報酬はお前だ。俺がお前に協力してやる。そのかわり、花垣武道。お前は俺のモンだ」

    ハァ??って思った。
    稀咲って、ホントに何考えてんのかわからんヤツだ。
    多分、俺をビビらせたいとか考えてこんなこと言ってんのかもしれない。
    でも、あんまりどうでもいいことを言うから、俺はちょっとあきれてしまった。

    ーーーもちろん、そんなことでうまくいくなら、俺のことなんかどうなったってかまわない。

    腕でも足でも持っていけばいい。
    撃たれても焼かれても、どうだっていい。
    ヒナ。
    マイキーくん。
    笑っててほしい大好きなひとたち。
    あのひとたちの幸いのためならば、俺はもう何もいらない。
    俺は、知らず声をあげて笑っていた。

    「あはは!いいけど、出来高制だぜ。そうだな。関東事変だ。2006年2月22日。”前”のお前の命日だよ。まずはその日まで、誰も死なないように変えられたら。俺のことなんか好きにすればいい」
    「交渉成立だな」

    稀咲の唇が弧を描く。
    その笑い方が未来の稀咲とかぶる。
    なんとなく、悪魔と契約したような気持ちになった。

    ***

    2005年、7月。
    この時点で、稀咲は長内を操り愛美愛主を裏で手中に収めていた。
    幸いなことに、タケミチとの接触が先にあったため、前回8.3抗争の原因となったパーちんの親友の彼女がレイプされた事件は起こらなくて済んでいる。よって、いまのところ8.3抗争が起こる理由はない。

    俺達は、今日は俺の部屋で話し合っていた。俺はポテチを食いながら、ベッドに寝っころがって稀咲が説明するのを聞いていた。

    「ないが、起こす」
    「ハ?なんで?」
    「ただ受身でマイキーが変わるのを待ってて、それで未来が変わるのか?とりあえず関東事変までの俺達の戦略目標は、目標人物全員の生存。直近の戦術目標はキヨマサによるドラケンの殺害の阻止。そうだな?」
    「ウン」
    「キヨマサの阻止はそれほど難しくない。その間、愛美愛主は半間に任す。誰も死なねぇように策は講じる。その間に、俺達は別勢力を作り上げる」
    「俺とお前で新しいチームを立ち上げるってことか?」

    それに、稀咲は少し面白そうににやっと笑った。

    「それも悪くはないけどな。いいや、俺が考えてるのは黒龍だ」
    「ブラックドラゴン?今は……この時点では、イヌピーとココくんと一緒に、大寿くんがトップやってるはずだよな?」
    「そうだな。それを、もらう。だってそうだろう?黒龍の正統なる11代目は、花垣武道、お前なんだから」

    よくわからないが、稀咲は始終楽しそうだった。

    「んー……。まぁ、そんな方法があるなら、もちろんいいと思うけどさ。けど、8.3抗争起こすやり方。女の子にひどいことするようなヤツは、駄目だぜ」
    「甘ちゃんめ。まぁ、いいさ。こっちは”ヒーロー”なんだもんな。そのくらいの制約は仕方がない」

    稀咲がいやに機嫌よく笑う。

    「明日、20:00。指定する場所に来い。黒龍を手に入れる名案がある」

    俺はその時、稀咲ってすごいなあと思った。
    あの大寿くんから黒龍を奪う方法なんか、俺には少しも思いつかない。
    あっちにはイヌピーくんとココくんまでいるのだ。
    正直、あの聖夜の教会で勝てたのも奇跡だった。

    稀咲と手を組めて、本当によかった。

    俺は、心からそう思っていたのだ。

    翌日、20:00。
    指定の場所、かつてキヨマサくんの喧嘩賭博が行われていたあの公園で、額に青筋を浮かべた柴大寿と対峙させられるまでは。

    ***

    「はあぁあああぁ!?名案ってコレ!?テメェ、稀咲テメェ!!!」
    「腹くくれよ花垣。……ああ、すみません、お待たせしました。コイツが俺らのアタマで、花垣武道です。事前にお知らせした通りタイマンを申し込みます。ルールは簡単。最後まで立ってたヤツの勝ち。武器の使用は不可。こっちが勝ったら、黒龍11代目はコイツが継がせていただきます」
    「いやいやいやいや……ッ!」

    冷や汗がドバッと出た。
    マイキーくんを除けば、柴大寿はマジで今までの敵の中で最強と言って良かった。
    正直、あの時勝てたのは柚葉さんがブスッと刺してくれちゃったのも味方した気がする。
    万全の状態の大寿くんとタイマンなんて、正気の沙汰ではない。

    大寿くんは既にやる気満々で首をぼきぼき鳴らせている。
    その背後にはイヌピーくんとココくんと数人の黒龍の団員が、揃いの白い軍服風のトップクに身を包んで「ご愁傷様」といった顔でこちらを見ていた。

    こちらはと言えば、トップクなんかないから普通に制服の学ランを着てきた。
    メンバーは稀咲と俺と、そして半間くん。以上。

    「稀咲、テメェ何考えて……ッ!」
    「花垣。これくらいしないで、マイキーを止められると思ってたのか?」
    「……ッ」

    稀咲が背後から俺の両肩に掌を置く。じんわりと染みてくる体温。耳元で、囁くようにヤツが言う。

    「思い出せよ。お前が何を喪ってきたのか。誰のために、何のために戦うのか。お前の覚悟を、俺に魅せてくれ」

    ーーーヒナ。
    ーーーマイキーくん。

    そうだ。負けられない。諦められない理由の数だけなら、絶対に負けない。
    ヒナが爆発の中に消えていく。あんな思いはもう嫌なんだ。
    千冬。俺さ、場地くんもいるペケJランドに行ってみたいよ。
    それから、もう二度と、エマちゃんの葬式には出たくない。
    ドラケンくんとエマちゃんに、二人で幸せになってほしい。そういう未来が、絶対ほしい。
    ーーーマイキーくん。
    掌の熱を思い出す。
    廃ボーリング場で、死に物狂いで掴んだ重さ。
    絞り出すように助けてと言った、あのマイキーくんと俺は約束をしたのだ。

    俺は一度、パァンと公園中に響くくらい強く自分の両頬を叩いた。
    ギュッと目をつぶって、ゆっくりと開く。
    目の前にいる怪物は、強敵ではあるが同じ人間だった。

    「……柴大寿くん。俺、花垣武道と言います。せっかくだから、もうひとつお願いしてもいいですか?」
    「……言ってみろ」
    「俺が勝ったら。もう八戒と柚葉さんに、暴力を振るうのはやめてください」

    俺がそう言うと、大寿くんの額に青筋が盛り上がった。

    「……家族の問題に口出しするなよ。だがまぁ、いい。俺は負けん」

    ーーー八戒。負けられない理由が、またひとつ増えたよ。

    俺は静かにひとつ、息を吐いた。

    ***

    「っなんなんだ、コイツは……ッ」

    戦い始めて、1時間以上。
    殴られても殴られても、武道は立ち上がった。
    その姿を見ながら、稀咲は体の芯から湧き上がるような震えを覚えていた。
    コイツだ、と思った。
    マイキーのようなカリスマはない。こうしてみても、喧嘩は弱い。馬鹿だし、お調子者だ。
    だが、コイツだ、と確信を持って思った。
    何度でも、何度でも、何度でも立ち上がる。
    その瞳は、星の光を集めたような強い光で前ばかりを見ている。
    紛うことなき、ヒーローだ。
    赤いマントが、不意に記憶をチラついた。

    ーーーアレが、いずれ俺のものになる。

    ゾクゾクした。
    腹の底から湧き上がるような歓喜だった。
    稀咲はこみ上げる笑いを抑えるために、口元を押さえた。

    「……ま、だ……まだぁ……っ」

    鼻血と、口からも血が出ている。どこかに折れた歯が転がっているはずだ。明らかに脳震盪を起こしている。それでも、武道は立ち上がる。
    もうずいぶん前に、大寿の表情が変わっていた。その後ろに控える、黒龍のメンバーも。そして面白半分に見ていた半間も。

    「稀咲ぃ、またやべぇヤツ見つけてきたね」
    「……俺が見つけたわけじゃない。あっちから来たんだ」
    「ふぅん。マ、面白くなりそうじゃん♡」

    ーーー協力する代わりに、花垣武道をもらう。
    そんなことを言ったのは、ほとんど衝動的な思いつきだった。
    タケミチが語った今までの戦いが、ひどく眩しかったから。いつでも誰かのために戦うヒーロー。だんだん仲間が増えていく。愛し愛される救世主。我武者羅に、ひたすらに真っ直ぐ走り続けた男の話。
    キラキラするものは、欲しくなる。自分のものにしたくなる。
    2006年2月22日。
    それまで、全員を生き延びさせれば。
    アレは稀咲のものになる。
    稀咲は戦い続けるタケミチを見やる。
    ふらふらで、血まみれで。
    それでも、稀咲はその姿を美しいと思った。

    メシャ、と。
    タケミチの反撃の頭突きが一度、決まった。

    その夜。
    柴大寿がとうとう膝をつくまで、武道は戦い続けた。

    大寿はまだ余力がありそうだったが、たった一度膝をついた後に、「俺の負けだ」とそう言った。

    「花垣武道。黒龍11代目はお前だ。ーーーお前達も、異論はないな?異論がある奴は、今ここで前に出ろ」

    前に出る人間はいなかった。

    「あれ……大寿くんは……?」

    ふらふらと足元がおぼつかないタケミチは、まだ自分が勝ったことに気づいていない。

    「お前の勝ちだ、タケミチ」
    「オレ……勝った……?」

    安心したのか、そのまま倒れるタケミチを抱き止める。
    潔く去ろうとする大寿を、稀咲は呼び止めた。

    「待ってください、大寿君」
    「……なんだ」
    「俺達は11代目を継ぎたいとは言いましたが、今すぐとは考えていません。いや。むしろ、今は大寿くん、あなたの力が必要だと考えています」
    「俺の力が必要、か。なんのためにだ?お前達は何を目指して俺に挑んだ」

    稀咲は腕の中のタケミチの重さを感じながら、言った。

    「ーーー日本で一番の、不良になるためです」

    ✳︎✳︎✳︎

    気を失ったタケミチを半間が背負いながら、夜の道を歩く。

    「半間。計画は軌道修正する。8.3抗争の後は、しばらく黒龍の地盤固めだ。あとは、羽宮一虎だが……」

    話し続ける稀咲に、半間は口角を上げた。

    「稀咲ィ、ご機嫌じゃん」
    「……そうか?……そうだな、そうかもしれない。今夜の戦いは、正直賭けだった。負けてもおかしくない……どころか、本来なら勝つ方がおかしいくらいのオッズだ。それを、コイツは勝った」
    「マイキーはやめて、コイツを担ぐん?」
    「ああ。黒龍11代目、花垣武道……。悪くない響きだ」

    何かに酔ったように機嫌のいい稀咲に、半間も面白くなって笑った。
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