たとえ時空を越えても 鳥羽離宮は好きだったが、海の中に入ろうと思ったことはない。まして、海には魚のほかに獣がいるなどと、京にいたら知ることはなかっただろう。アクリル板の向こうでうたた寝している海獣を見て、泉水は思わず息を詰めた。
「かわいいですね、アザラシ」
「ええ、最初はとても驚きましたが」
花梨が声をかけてくれて、詰めた息をほうと吐き出す。言われてみれば、たぬきのようで可愛い……ような気がする。
海獣だけではない。色とりどりの熱帯魚も、海亀や鱶も、蟹や海老も、どれも泉水にはおぞましく、また新鮮だった。
それらはスーパーマーケットで売られている見慣れた魚と並んで展示されており、だがひとならぬものを幼い頃から見ていた泉水には、むしろ馴染みがあるような気もしてきて──大きな水槽を眺めているうちに、もともと水辺を好んでいたこともあり、段々と気持ちも穏やかになった。
「このような場所なのですね、水族館は」
泉水が水族館を知ったきっかけになったのは、音楽だった。水族館、という題の曲の、異国の音楽の笛の音に惹かれた。それを花梨に話したところ、では実際に行こうと、早速やってきたのだ。
街中にこんな建物が、とも思うが、すぐに異世界に足を踏み入れることができるのも楽しく思う。
「貴女が好きな水槽はどこでしょうか?」
「私ですか? やっぱりイルカが好きです」
イルカショーを見ていた花梨は心底楽しそうだった。その横顔を見るのが、泉水も好きだと思った。
──ああ、それも知らない自分だった。
京で花梨と出会い、行動をともにし、花梨のことを知る度に、もっと彼女のこと知りたいと思った。それは、自分でも知らない自分だった、と泉水は思う。
もともと自分は物の数にも入らず、知らないことばかりで、自分ひとりで出来ることなどほとんどなく、いつも自分を責めてばかりいたが、八葉となり、そんな自分から変わりたいと、強く思ったことを思い出す。見慣れぬ魚や海獣に怯えてしまった自分も、音楽を聞いて実際に水族館に出向こうと思えたことも、すべて、変わった自分なのだと悟る。
「見に行きましょうか、イルカのプールに」
「え、いいんですか? 泉水さん、もっと見たいところ見ていいんですよ」
「いえ、貴女の見たいところが、私の見たいところですから」
そう言いながら、泉水は手を差し出す。花梨がおずおずと手を重ねた。あたたかい手は青く染まり、まるで水の中にいるようだと花梨が笑う。