唯一の恋彼は私の名前を呼ばない。
私が空からかえったときでさえ、呼ばなかった。
だからどんなときも、たとえ死ぬときも、呼ばないのだと思う。それはもちろん、彼が私の名前を呼ばなくてもいい近さにいるからだ。繋いだ手を離すことはない。もし離れてしまっても、ほとんど自動的に、私の足は彼のそばに向かう。それは私の意思というより、彼が引き寄せている、そうとしか思えない。
「お前はおかしなことを言う」
「だってアクラム、私の名前を呼ばないじゃない」
「……はて、なんという名だったか」
きっと彼に必要だったのは龍神の神子だったから、“高倉花梨”個人ではなかった。彼にとって私は“白龍の神子”。それだけでよかったし、それ以外は必要なかった。でもいまは違う。
「高倉花梨だよ。か、り、ん」
こんな会話を、何度繰り返したことだろう。むくれるのも、膨れるのも飽いたことを思い出す。
「……常闇の中で差した一条の光、それはお前だ」
「え?」
「木洩れ日はお前のぬくもり、風のざわめきはお前の声、かぐわしい花はお前そのもの。私の世界はお前でできている。いまさら、名などいらぬ」
雪から逃げ込んだ洞窟の中、横たわる彼が私の頬に手を伸ばす。
「アクラム」
その唇は固く閉ざされている。一度でいいから、なんてお願いが彼に通じるとは思えない。彼を愛することができたらよかった。いつまで経っても、私は彼に恋していた。