恋は盲目「ずいぶん楽しそうに話していたね」
この刑部の笑顔はおもしろくないときの表情だと、お付き合いはじめてから二年ほど経過して、大学生になった朝日奈はすぐに気づく。
刑部の言う、楽しそうに話していた自分に朝日奈は思い当たる節がない。刑部が見ていたということは路上ライブでのできごとだ。うんうんと頭をひねって今日のできごとを振り返りようやく思い至ったのは、星奏学院高校で同学年だったがほとんど接点のなかった男子がお客として現れたことだ。路上ライブ感動したからと、なぜか朝日奈に連絡先を聞いてきた。しかし途中で怖い微笑みを浮かべた刑部が割って入ってきたため、その男子はそそくさと退散した。
「本当にあれが楽しそうに見えてたなら、斉士の目はフシアナだと思うけど」
朝日奈は上目遣いに刑部を見て唇をとがらせる。心の内を見透かされたような気がした刑部は一瞬ばつの悪い表情を浮かべたが、目を逸らして取り繕う。にやりと笑った朝日奈はぎゅっと刑部の腕にしがみついた。普段は冷静沈着な刑部だが、なかなかのヤキモチ焼きだ。
分の悪くなった刑部は黙り込んでしまう。刑部自身、こんな試し行動は百害あって一利なしなのはわかっている。しかし朝日奈への恋慕と独占欲は留まることを知らない。毎日、過去最高を塗り替えていく。
スタオケのメンバーはまだ為人を知っているので我慢できるが、刑部の知らない、朝日奈になれなれしい知り合いに対しては穏やかでいられない。
刑部は朝日奈と出会うまで恋を知らなかった。小学校高学年頃から高校三年生まで、刑部が好きだから付き合いたいと告白してくる女子は同学年、先輩後輩問わず何人もいた。しかし誰の顔もはっきり思い出せない。その程度の認識の女性に、刑部の時間を割いてまで一緒にいる意味を見いだせなかった。
箱庭を守る。それで手いっぱいだったはずの刑部の前に突然現れた朝日奈はあっという間に世界を作り変えてしまった。どんなに遠ざけようとしても、朝日奈は刑部の手を離さなかった。
「……すまない」
顔はそっぽ向いたままだが、素直に謝罪してきた刑部の耳まで赤いことに気づいた朝日奈はニンマリと笑う。
「いいよ! 斉士は私のこと大好きってことでしょ?」
ご機嫌な朝日奈の顔に大きな黒い影が不意に覆いかぶさる。刑部は朝日奈が人目につくかもしれない場所でキスをされることを苦手にしているとわかっていた。だが彼女のしたり顔を止めさせる手段が他に思いつかなかった。
たまたま通りがかる人はいなかったとは言え、青空の下で舌を絡められ長いキスをされて朝日奈は固まる。しかし表情はとろけていた。
「ああ。その通り。唯に夢中だ」
「斉士のばかぁ……」
朝日奈のこの顔を他人に見せたくない刑部は華奢な彼女を抱えて走って帰りたい衝動に駆られたが、ぐっと堪える。しかし部屋に入った途端に理性を失う自信しかなかった。