アクスタ企画用王子+水上「ほんまに秋なんか」
汗で湿っているせいかボリュームダウンした髪の毛をかき上げて水上が呟く。天気予報では心地よい秋晴れと言っていたが実際はこの夏日だ。
アスファルトから立ち上る揺らめきを忌々しげに眺めていると、額を流れる汗が目に入った。その痛みに思わず両目を閉じて目頭を押さえる。
ふっと隣から笑い声が聞こえた。眼球だけを動かして声の主を探すと、王子が涼しげな表情で微笑んでいた。
この酷暑の中でも王子の表情は変わらない。もしかして換装体でいるのかと疑うほどに。ただ、髪の毛はプールから上がったばかりみたいにしっとり濡れていたが。
「まあ、ね。暦の上ではというやつだよ」
王子は歩きながらスクールバッグから清涼飲料水を取り出してラッパ飲みした。この男は容姿が整っているから何をしても様になるのだが、これは随分と行儀が悪い。
「分かっとる、けどなあ」
水上が手を差し出すと王子からペットボトルを渡される。受け取るときにわずかに触れた彼の指が熱く濡れた感触があって、水上は細い目を見開いた。
「おまえでも暑さを感じるんやな」
「そんなの当たり前だろう」
普段あまり表情を変えない王子も何か思うことがあったのか呆れ顔を晒している。
同じ学校で、同じ学年で、隣のクラスで、毎日のように顔を合わせている。ボーダーの個人ランク戦でもよく会うし、ランク戦では順位が近いライバルだ。二人の性格が似ているとは思わないが、考えて動くという共通点はあるし、彼のことはよく分かっているつもりだった。
なのに、彼も生身の人間であるという当たり前の事実に今更驚くなんて。
そういえば、王子が水上に触れるとき――そのほとんどがランク戦で、水上が負けるときでもあるのだが――彼の手はいつも温度がなかった。軍服風の隊服の手袋、または人肌の掌の感触ばかりが記憶に残っている。
水上は心の中で苦笑した。これはよくない傾向だ。生身でいる時間のほうが長いのに、ボーダーの王子のほうが印象が強いだなんて。生身の生活あっての防衛活動だ。逆になるのは好ましくない。生きるため、守るために戦っているのだから。
暑さで思考力が低下している。そういうことにして水上は王子のペットボトルに口をつけた。
「ぬる……あまっ……」
粘度のある生温い清涼飲料水が喉の奥に絡んでむせた。口の中がねちねちして飲まないほうがましだと思った。
「全部飲んでいいよ。これ、温くなると美味しくないね。だから君にあげたんだけど」
「おまえなー……」
水上が半眼になるとそこで王子は吹き出した。
「だから口直しに冷たいものが飲みたいな。どこか寄らないかい?」
子供のように弾んだ声だった。こんな声はボーダーではあまり聞いたことがない。
「まあええけど」
スマートフォンを操作して店を探す王子から視線を逸らすとボーダー本部基地が見えた。ボーダー以外の彼の姿を知るのも悪くないと水上は思った。
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タイトル:水上と王子
(2021年4月23日発送版)
発行者:坂取
発行:nrym
発行年月日:2021年4月23日
連絡先:info@nrym.org
ツール:8P折り本ツール
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印刷:坂取家のプリンター