日常 六畳ほどの部屋の真ん中に鎮座するローテーブル。そこに置かれた雑誌やリモコンを床に移動させた。濡れた布巾でテーブルを拭いていると、台所のほうから皿を持った外岡がやって来た。
「適当によそったけどおかわりはあるから」
そう言って歌川の前に置かれたのは大皿に盛られたカレーだった。具の大きさは均等だが量は少なく、汁が多いせいで水っぽく見える。肉は鶏だった。
運び盆がないせいで台所と部屋を何度も往復する外岡を歌川はただ眺めていた。じっとしているのは申し訳ないから手伝うと言ったのだが「お客だからゆっくりしてよ。それに狭いから一人のほうがやりやすい」と断られてしまったのだ。
改めて周囲に目を配る。部屋にあるのはシンプルなワークデスクとベッド、小さなチェスト、そしてこのローテーブルだけだった。来客を想定しているのか座布団は二枚ある。
この素っ気なさが外岡らしいと思うものの、自分だったらずっとここにいるのは難しいと感じた。
ボーダー本部基地の部屋は防衛の都合上窓がない。トリオン製の無機質な壁も相まって、住居に適しているとは言いがたい。まるで遠征艇にいるような感覚が蘇る。希望すれば無償で与えられるものだと思えば贅沢は言えないが、生活の拠点とするならせめて窓くらいほしいところだ。そこに住む人間の精神の安定のために。
歌川が思索に耽る間に外岡はどんどん料理を運んでくる。キャベツのおひたし、トマトとツナのサラダ、それに冷茶。時短を理由に家を出た少年がこんな料理に時間をかけるものだろうか。
歌川の向いに外岡が腰を下ろす。指先までまっすぐ揃えて手を合わせる彼を見て歌川もそれに倣った。
「いただきます」
二人の声が重なった。テレビもパソコンもない部屋はずっと静かで、まるで山奥にいるようだった。防音に優れた壁は外部からの音を遮断し、この部屋の中で起きる音も逃がさない。建物の中には何百人もいるのに、二人だけの世界と錯覚してしまいそうだった。
「ちゃんと自炊してるんだな」
「たまーに。食堂のメシは美味いけど、どれ食べても食堂の味がするから飽きるんだよ」
「サブウェイのサンドイッチが全部同じ味みたいに感じるやつか」
「そう、それ」
外岡がスプーンの先でじゃがいもを半分に割った。
「皮剥きと下茹でが済んだ野菜のセットを使ってるんだ。だからちょっと具が小さいけど料理は楽。キャベツもレンチンして麺汁入れただけだし、簡単なのしか作ってないよ」
それでも普段料理は家族任せの歌川は感心する。遠征以外で台所に立つ機会がないのだ。
「おまえが作ったカレーは美味いよ」
見透かしたように外岡が微笑む。
「でもカレーって甘いか辛いかだけで味はどれも一緒じゃん。まぁだからこそ安心して作れるんだけど」
「そうか? うちのとはちょっと違うけどな」
家のカレーはもっとどろりと濃くて肉も野菜もごろごろ入っている。食べ応えはあるが逆に言うともたれる。しかし、外岡の作るカレーはスープのようで食べやすい。料理はこういうところにも個性を感じられるところがいいと思う。
「これだけごちそうになったらオレも何かしないとな。今度食堂で奢るよ」
「そんなん気にしなくていいって。でもどうしてもって言うならサイゼがいい」
「おまえな……」
歌川もスプーンに山盛りにしたカレーを口に入れた。一度に多く入れすぎたせいで頬が膨らむ。その様子を見た外岡がリスみたいだと言って笑った。目が三日月のように細められ、顔は綻んでいる。
一人暮らしをすると聞いたときは少し心配したものの全くの杞憂だった。彼の様子は実家暮らしをしていた頃と何ら変わりない。
歌川も口元が緩んだ。特に笑えるようなことでなくても、とりとめない内容でも外岡は何でも受け入れてくれる。気遣いを感じさせないような自然な雰囲気だった。同級生に甘えるなんてだらしないという気持ちが消えてしまうほど。