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    minato2612

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    minato2612

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    2023.07.15ミスブラWebオンリー『けだものに捧ぐ愛の詩』
    展示作品①

    ブラッドリーが謎の紙切れを見つける話。
    みんなでわちゃわちゃしつつ、後半はミスブラです。
    賢者は男女どちらでも読めます。

    For you.朝、自室の扉の下に紙切れが差し込まれていることに気付いた。

    「……何だこれ」

    ブラッドリーは首を傾げながらそれを拾い上げる。掌よりも少し大きいくらいの紙切れには、よく分からない記号のようなものが羅列していた。一文だけのそれは、太い角ばった線で紙切れのスペースをめいいっぱい使って記されている。

    「何かの魔術か……?」

    訝しげにそれを眺めて、何の気なく紙を陽の光に透かしてみた。特に変化はない。魔法の気配を探ってみるも、何も感じない。ブラッドリーは再び首を捻った。魔法陣で使用される記号に近いように見えたのだが、どうにも違うらしい。魔導書は何度か読んだこともあるし経験もあった。そこで見たことのある記号な気がしたが、魔法の気配がない以上外れている可能性の方が高そうだ。もしくは、彼でさえ感じ取れないような、高度な隠蔽魔法がこの紙に施されているか。

    「……面白え」

    ブラッドリーは紙切れを眺めて愉快そうに笑った。丁度暇を持て余しているところだった。目の前に突然現れたこの謎を解決するのも一興だろう。ブラッドリーは紙切れを二つに畳んでポケットに突っ込みながら、自室を後にした。





    「あ、ブラッドリー」
    「おはようございます」

    ブラッドリーが向かった図書館には、先客が二人いた。賢者とリケだ。ブラッドリーの姿を見て挨拶をした二人に、彼も軽く返事をする。二人は長テーブルの端に並んで座っており、テーブルの上には積み上げられた数冊の本と広げられたノートが置いてあった。

    「二人揃ってお勉強か?真面目だな」
    「はい。文字の勉強をしているんです。僕も賢者様もまだ読み書きが得意ではないので、お互いに教え合ったり練習したりしているんです」

    リケは得意げに胸を張って、今は僕が先生役をしている所です、と付け足した。賢者も嬉しそうにはにかむ。聞いてもいない内容ではあったし、特に興味があるわけでもなかったが、何かを得るために努力を怠らない者は好ましかった。へえ、と小さく笑ってブラッドリーは相槌を打つ。彼の反応に気分が上を向いたリケは、瞳をきらきらさせながら更に言葉を続ける。

    「最近は、お互いに手紙のやり取りをしているんです。普段から文字を扱った方が身に付きやすいと思って」
    「熱心だな」
    「実際、リケが一緒に励んでくれたおかげでかなり上達したんですよ」

    ほら、と賢者がノートをブラッドリーに見せる。簡単な文章で綴られたそれは、少し不恰好な文字ながらもしっかり何と書いてあるか読み取れた。日記のように日々の出来事を文に起こしているようだ。賢者のノートにはこの魔法舎で過ごす魔法使いと、見かけた猫の話。リケのノートには授業や日々の生活と、ネロの作った料理の話。

    「読めますか?」
    「おう、読める読める。てめえのは東の飯屋に見せたら喜ぶんじゃねえか?」
    「えへへ、実はもう見せたんです。その日の夜は僕が好きな料理をいっぱい作ってくれたんですよ」
    「だろうな」

    ありありと思い浮かぶその様子にブラッドリーは苦笑した。ネロにとってリケや賢者のような若い存在は随分癒しになっているのは普段の様子から知っていた。彼の緩み切った微笑みが目に浮かぶ。

    「今度は手紙も送ってやれよ。また好きな飯が食えるだろうぜ」
    「もう少し綺麗な字が書けるようになったらそうします。ネロへ、いつもありがとうって書くんです」
    「わあ、素敵ですね!」
    「そうでしょう?賢者様も一緒に書けるよう僕と励みましょうね」
    「はい、頑張りましょうね。リケ」

    二人が顔を見合わせて微笑み合う。あまりにも平和な空間を横目に、ブラッドリーは本来の目的を思い出して二人の横を通り抜けようとした。しかしリケが、彼に声をかけて引き留める。

    「待って、ブラッドリー。あなたも勉強にきたなら、僕たちと一緒にしませんか?きっと楽しいですよ」
    「はっ、勉強?俺様がそんな良い子ちゃんなことするわけねえだろ」
    「もしかして、その紙切れですか?」

    控えめに賢者がブラッドリーの手を指差した。それでリケも気づいたらしく、不思議そうにブラッドリーの手を掴んで引き寄せる。

    「あっ、おい!勝手に掴んでんじゃ……」
    「これは……」
    「ん……?」

    ブラッドリーが持っていた紙切れを見て、二人は一様に首を傾げる。彼でさえ解読出来なかったものを、まだまだ文字を習いたての二人が分かるはずもない。リケは不思議そうに記号の羅列を何度も目でなぞり、賢者は何かを考え込むようにそれをじっと眺める。

    「これは……何ですか?」
    「さあな。おまえらにゃ関係ねえよ」
    「でもこれ、何だか……見覚えがあるような……」
    「は?」
    「おい、何を騒いでいるんだ」

    賢者の呟きにブラッドリーが聞き返すよりも早く、遮る声があった。三人の視線が入り口の方に向く。それを怪訝そうに受け止めながら、仏頂面で彼らの方に近付いてきたのはファウストだった。

    「ファウスト。これが読めなくてブラッドリーが困っているそうなんです」
    「おいおいおい、困ってねえよ。勝手に決めんな、見せるな」
    「ん……?」

    呆れながら止めるブラッドリーの声を意に介さずに、リケはファウストにその紙切れを見せる。一人で解決するつもりだったものが勝手に広まっていき、ブラッドリーは内心面倒そうにため息を吐いた。しかし、ファウストならば何か分かる可能性がないとも言い切れなかった。彼はブラッドリーよりも数百年若いが、東の国の魔法使いの先生役でもあり真面目で博識だ。紙切れを覗き込むファウストの方に身体を傾けて、ブラッドリーが問いかける。

    「何か分かるか?呪い屋」
    「……そうだな」

    ファウストは丸めた指先を顎に当てて考え込む。やがて静かに口を開いた。

    「……僕にも、はっきりとは分からない」
    「はっきりとは?」
    「ああ。恐らく……もう使われていないようなずっと古い記号か文字だと思う」
    「ずっと古い、ねえ」
    「似たものを確か魔導書で見たことがある。この記号。これが、風……激しい、強い風を意味するものだったと思う」

    紙切れをテーブルに広げて三人が見えるよう、ファウストは記号を指差しながらそう説明する。そうして、あとはよく分からない、と付け足した。

    「魔法の気配はないと思うが……きみが見つけたのか?」
    「ああ」
    「ならば、やはり魔術の類ではない……?」
    「もしくは、よっぽど高度な魔法がかかってるかだ」

    ふむ、とファウストは再び考え込んだ。それから彼の隣で同じようにテーブルを見下ろしていたブラッドリーの方を向いて言う。

    「もしかすると、ミスラの方が詳しいかもしれない」
    「ミスラぁ?」

    意味が分からない、とでも言いたげな声を上げてブラッドリーが顔を顰める。そんな彼に、顔色一つ変えずにファウストは一つ頷いてみせる。

    「彼は長く生きる魔法使いだ。それにこの記号……確か、呪術系の古い本で見たものだったと思う。だから、ミスラならこれが何か分かるんじゃないか?」
    「そうだ、ミスラ……!」

    声を上げたのは、賢者だった。賢者は紙切れをじっと見つめて、再び声を上げる。

    「この記号の線の引き方、どことなく見覚えがあったんです。これもしかして、ミスラが書いたんじゃないですか?」
    「ミスラ、ねえ……」

    賢者の言葉にブラッドリーはふと、最近のミスラの様子を思い出した。



    「ブラッドリー」

    魔法舎の廊下。食堂に向かう途中だった彼を呼び止めたのは、ミスラだった。振り向いたブラッドリーと目が合うも、彼は何かを口にするわけでもなくただぼんやりとそこに立っていた。

    「……何だよ」

    訝しげにブラッドリーが問う。ミスラは何かを言いかけて、また口を閉じ、目を逸らして首筋を掻く。煮え切らない態度にブラッドリーは苛立ちを滲ませて再び問う。

    「呼び止めたのはてめえだろ。何の用だよ」
    「用があるのは、あなたじゃないですか?」
    「はあ?」

    飛び出て来た言葉に、ブラッドリーは大きく口を開けた。やっと何か言ったかと思えば、全く身に覚えのない言いがかりだった。用などあるはずもない。何なら、朝飯を食べに向かうところだった。ミスラを探してすらいなかったのに、一体どういう意味なのか。

    (おはようのキスを強請りに来たわけでもねえだろうに……)

    そんな的外れなことすら考えてみる。魔法舎のどれだけの人が知っているかは不明だが、二人はそういうことをする仲だった。ほとんど身体だけ、と言っても過言ではない関係だったが、それでもお互いに心地良い距離を保って側にいることは確かだった。しかしあのミスラが、そんな恋人の真似事のようなものをしたがる情緒を持っているとは到底思えない。
    思わず考え込んで、無言でいたのが悪かった。ミスラはぼんやりした表情を、むっと僅かに顰めて言った。

    「いいから、俺から奪ってみてくださいよ。奪えるものなら、ですが」
    「いや、わけ分かんねえよ。ひとまずいらねえから……」
    「俺に勝ったら、あげてもいいですよ」
    「馬鹿、やらねえぞ!腹減ってんだ!先に飯……!」
    「≪アルシム≫」
    「ミスラてめえ!」

    有無を言わせず、召喚した扉の向こう側へブラッドリーを押し込むと、いつもの如く殺し合いが始まった。結果はミスラの圧勝。訳も分からないままずたぼろにされて地面に寝転がされたブラッドリーを見下ろして、ミスラはまた首筋を掻く。

    「……違うな」
    「ぁ?」
    「……飽きました。帰りましょうか」
    「てめえからふっかけといて舐めたこと言ってんじゃねえぞ!おい!」

    血を吐きながら叫ぶブラッドリーを無視して、ミスラは彼の体を引っ張り上げて肩に担ぐと、そのまま魔法舎へと繋がる扉をくぐった。ブラッドリーの自室のソファ上に彼の体を雑に投げ置き、ぼんやりと見下ろす。動かない身体を無理矢理魔法で回復させながらブラッドリーはミスラを睨み返す。結局ミスラは二、三度目を逸らしては合わせ、口を開きかけては閉じ、特に何かを話すこともなく、またどこかへの扉を呼び出してその向こうへと消えていった。

    思い返してみると、確かに変だった。ミスラは常に気まぐれで飽き性で自由だ。思ったことを思うままに口にする。その彼が、何かを言いかけて何度も止めた。考えてみればあれは、迷っている仕草だったのかもしれない。あのミスラが迷う、という時点で既に謎だ。戦りあった後だって、本来なら間違いなく一人でさっさと帰っている。それなのにブラッドリーをわざわざ自室まで送り届けていなくなった。ブラッドリーの部屋に着いた際も、何かを言いたげにしてやめていた。
    まさかミスラは、何かを伝えようとしていた?
    ブラッドリーは思案しながら、机の上のメモを再び見やる。賢者の記憶が確かならば、この紙切れは確かにミスラが書いたもので、彼が残していったものなのかもしれない。

    (…………ろくでもねえ呪いでも置いてったんじゃねえだろうな、あいつ)

    咄嗟に浮かんできた嫌な考えに、ブラッドリーはこっそり身震いした。無言で考え込むブラッドリーの姿を見て、ファウストは彼に声をかけようと口を開く。

    「何か、思い当たる節が……」
    「皆様お揃いで、どうなさったんです?」

    その時、ファウストが向いていた方の反対から声をかけられる。咄嗟に振り向いた先、ファウストの半歩程しか離れていない距離まで接近したその人は、机を覗き込むために屈めていた身体を彼と向き合うようにちらりと傾けて上目に微笑んだ。一歩たじろいだファウストの背がブラッドリーの肩にぶつかる。

    「……シャイロック、突然隣に現れないでくれ。あと近い。君も近いな」
    「てめえからぶつかっといて何言ってんだ」
    「ふふ、すみません。珍しい方々の集まりだったので、つい私も混ぜていただきたくなって」
    「別に、本当に偶然だよ」

    艶やかに微笑むシャイロックに、ファウストが呆れ混じりに答える。それに続くように、リケは現れたばかりの彼に向けて机のメモを指し示す。

    「みんなで謎の記号について考えていたんです」
    「おや、これは……」

    シャイロックが紙切れに目を向ける。彼はそれを見て目元を緩やかに細めると、そっと壊れものを扱う様に細い指で静かに手に取った。そうしてブラッドリーの方を向いて微笑む。

    「いけない人。貴方にそういった趣味はないと思っていたのですが、一人では抱えきれない程の喜びだったんでしょうか?」
    「……?何の話だ?」
    「シャイロック、もしかして読めるんですか?」

    首を傾げるブラッドリーと、問いかけてきた賢者の様子を見て、シャイロックは納得したように、ああ、と声を漏らす。

    「なるほど。確かに少々、昔の文字で書かれていますね」
    「文字?記号ではなく?」
    「ええ。ですが重要なのは、文字か記号かではありません」

    まるで語り聞かせるかのような口調で彼はそう言うと、一つ間を置くように静かに息を吸って空いた片手に愛用のパイプを呼び寄せた。しかし、それを見たファウストが悩むような難しい顔をしたのに気付き、彼に微笑みかけてぱっとパイプを消す。食い入るように彼を見上げるリケと賢者の方を向いて、シャイロックは口を開いた。

    「何を思って綴られたか、です」
    「何を、思って……」
    「はい」

    復唱した賢者にシャイロックはにこりと微笑むと、うたうように言葉を続ける。

    「魔術の記号が文字に変わったのか、文字から記号が生まれたのか。議論を交わすとなると夜が明けてしまいますが、そこは大して重要ではありません。何を思い、何を考え、その言葉を選び取って綴ったのか。そこには必ず心があります。私たちが使う呪文と、同じように」

    魔法使いは心で魔法を使う。呪文も己の心が向く言葉を選び、唱え、不思議の力を行使する。それらと同じように、この紙切れに黒インクで綴られたものたちにも書いた本人の意思と心が宿っている。
    ブラッドリー自身、覚えのないことではなかった。あの凍てつく吹雪の吹き荒れる中、巨大な魔力の渦の中心。颶風に乱されるまま揺らめく真っ赤な髪と、何の曇りもなく研ぎ澄まされた純粋な殺意を放つエメラルドの瞳。全身を駆け抜けた衝撃に、詩を贈りたくなったのは、まさしくそういった感情だろう。

    「では一体、その紙には何と書いてあったのですか?」

    リケが期待に満ちた目を向けて問う。結局、謎のままの紙切れはシャイロックの手に収められているだけだった。今この場でその紙に綴られた思いを知るのは彼一人だ。リケだけでなく、その場の誰もが謎が解ける瞬間を望んで、シャイロックを見つめていた。彼はその視線を嬉しそうに受け取って、片目を瞑ってみせる。

    「秘密です。……これを知っていいのは、貴方だけでしょうから」

    そう言って、シャイロックはそっと手にした紙をブラッドリーへと差し出した。ブラッドリーは僅かに瞠目して、シャイロックの手からそれを受け取る。沸々と湧き上がる感情があった。シャイロックのこれまでの語りからじわじわと答えを確信する。ブラッドリーは受け取った紙切れを軽く振って、シャイロックに笑いかける。

    「礼を言うぜ、西のパイプ飲み。今度俺の驕りで一杯やろう」
    「それは楽しみです。勿論その時には、この後の貴方のお話も聞かせていただけるんでしょう?」
    「それは野暮ってやつだろ。まあ、てめえが俺をその気にさせたら、考えてやってもいいぜ」
    「ふふ、とっておきの口説き文句を用意しておきますね」

    そう軽口を交わすと、ブラッドリーは図書館を去って行った。彼が目指す先は一つだ。探そうとして、多少離れていても魔法舎中に滲むその気配に苦笑し、彼は迷いなくそちらに向いて歩いて行った。







    真上に差し掛かった日が燦々と大地を照らしていた。
    魔法舎の周辺に並ぶ木々の陰で、その探し人は眠っていた。正確にいうならば、眠ろうとしていた、だろう。頭の後ろに両手を組んで、草原の上に大きな身体を投げ出して彼は目を瞑っている。

    「ミスラ」

    ブラッドリーが声をかける。彼は微動だにしない。普段ならカチンとくる所だが、今日のブラッドリーは機嫌が良かった。仕方のねえやつ、と苦笑して彼の隣に座り込む。ふわふわの赤毛の前髪が、クマの濃い彼の目元の上でそよそよと揺れている。気が抜けるような、穏やかで暖かな場所だ。北にはこんな生温い場所なんて存在しない。

    「おい、ミスラ。起きてんだろ。起きろ」
    「……何ですか。今、寝てたんですけど」
    「嘘つけ。喉が動いてたぞ」

    いかにも不機嫌そうなむすっとした顔を見せながら、ミスラは緩慢な動作で身体を起こす。ブラッドリーと目を合わせて、それからふいと下の方に逸らす。ブラッドリーはじっとその様子を観察しながら、ずっと手に持っていたそれを彼に見せる。

    「これ、おまえが書いたんだろ」
    「……」

    ちらり、とミスラは目線だけ上げてそれを見ると、また目を伏せて首を掻く。ああ、誤魔化してるのかと、ブラッドリーは彼のその仕草にようやく合点がいった。ミスラは目線を合わさないまま、ぼそぼそと呟く。

    「そうですけど、だったら何ですか」
    「何て書いてあるか教えてくれ」
    「は?読めないんですか?」

    そこでようやく彼はブラッドリーの方を向いた。表情の乏しい彼にしては珍しく大きく目を見開き、分かりやすく驚いている。まさか読めないとは思いもよらなかったのだろう。わしゃわしゃと今度は自分の頭を掻くと、紙切れに手を伸ばす。

    「じゃあいいです。返してください」
    「嫌だよ。もう俺のだ」
    「……《アルシ」
    「馬鹿ふざけんなやめろ!」

    燃やしでもするつもりだったのか、軽く魔力を集めようとした手を、咄嗟にブラッドリーは叩き落とした。ミスラの視界から外すように、紙切れを懐にしまう。益々不満げにむすっとした顔をして、ミスラがぼやく。

    「何かも分からない紙なんてどうでもいいじゃないですか。今なら見逃してあげますから、大人しく俺に渡してください」
    「何て書かれているかは分からねえが、これが何なのかは分かるぜ」

    ブラッドリーは真っ直ぐにミスラを見て、好戦的に笑った。
    ファウストと賢者の言葉から、ミスラが書いた可能性が高いことは分かった。だが内容まではイマイチ分からなかった。何かの魔法のための媒介を置いていっただとか、適当に思いついたことをその辺の紙に記しただけだとか、いくらでも考えようはあった。それを確信させたのは、シャイロックだ。

    ── これを知っていいのは、貴方だけでしょうから。

    シャイロックは初めから、この紙切れがブラッドリーのものであると確信していた。彼が現れてから、ただの一人もこれがブラッドリーのものだと発言していないにも関わらず。内容まで読めたのはシャイロックだけだ。その彼が、読んで尚そう判断したのであれば、答えは一つだ。

    「これは、おまえが俺に宛てた手紙だろ?」

    ミスラは唇を曲げた。小さく口を開き、また閉じて、への字の口をようやく開くと、先ほどと同じ言葉を口にした。

    「だったら、何ですか」
    「……はは……っ!」

    何だが楽しくなってきて、そんな声が漏れた。あのミスラが、手紙を書いた。それも自分に宛てて。先程のシャイロックの話を思い返す。文字を綴る行為に心が宿るのだとしたら、この自由なけだものは何を思うのだろう。一体何を思って、僅かなスペースいっぱいを占める大きな字を連ね、このたった一文を綴ったというのだろう。ブラッドリーは上機嫌に笑みを浮かべたまま、草むらに片手をついてミスラの方に身体を傾ける。

    「おいおい、どういう風の吹き回しだよ。おまえ、手紙なんて書く奴だったか?」
    「書くわけないでしょう、手紙なんて。初めてですよ」

    そんなものに関心を持ったことなどなかった。人に言われてだとか、必要だから仕方なくだとか、そんなことはあれど自分からは初めてだった。これは、正真正銘ミスラが初めて自分から他人に贈った手紙だ。

    「酷く面倒でしたよ。わざわざ紙とペンも用意して、何を書くかも考えないといけないし、書いたら紙を渡してあげないといけないし。煩わしいことばかりでした」

    手紙を書いたのは初めてだったから、渡し方も知らなかった。ミスラは何度か直接渡そうとしたものの、何か違うような気がしてやめた。奪わせようともしてはみたが、ミスラに加減ができるわけもなくブラッドリーも乗り気ではなかったために、渡すタイミングもなくそのまま捩じ伏せて終わってしまった。結局ミスラは、彼に直接渡すのではなく部屋に置いておくことにした。

    「わざわざ俺があなたの部屋に置いてやったっていうのに、結局読めないなんて、やっぱり書くんじゃなかったな……」
    「そう思うんなら何で書いたんだよ」
    「あなたは好きでしょう?こういうの」

    俺はどうでもいいんですけど、とぼそりと続けながらミスラは言った。ミスラにとって他人にどう思われようと、何を贈られようと、結局のところ影響はない。彼はどこまでも自由で、一人で生きていける孤高の魔法使いだ。他人を気にもせず、他人に心を左右されない魔法使い。その彼が、自ら他人宛に手紙を書いた。

    「あなたが好きそうだと思ったから、書いたんです」

    今、澄んだエメラルドの瞳は真っ直ぐにブラッドリーに向けられていた。誰かのためだとか、誰かを想ってだとか、そんな柔らかな感情ではない。今まで通り、ミスラ自身が思ったが故の行動だった。ただただ気まぐれに、ミスラがそうしたいと思ったから書いた。彼が、好きそうだなと思ったから。

    「……ふっ、あははは!」

    ブラッドリーは大口を開けて笑った。鳩尾の上辺りが擽られているような心地がして、けらけらと笑いながらブラッドリーはミスラの頭を両手で撫で回した。例えるならば、今までこちらに見向きもしなかった獣が少しずつ懐き始めたのを目にしたような、そんな気分だった。ミスラはきょとんとした顔で頭を撫で回されながら、だんだんと付き合ってやるかとでも言いたげな微笑みを浮かべて口を開く。

    「そんなに嬉しいですか?まあ、当然ですけどね。もっと喜んでもいいですよ」
    「ははは!それならいい加減、何て書いてあるのか教えてもらわねえとな」
    「読めないあなたが悪いんじゃないですか?」
    「てめえの口から聞きてえんだよ」
    「……わざわざ書いたのに?」
    「違えよ。文字でも、直接言葉でも欲しくなったんだ。俺様は欲張りだからな」

    ミスラの頬を両手で挟みこんだブラッドリーは、彼の目と鼻の先で笑った。ロゼ色の瞳が悪戯っぽくきらりと輝く。
    いつからだろうか。この淡い赤色の瞳を覚えたのは。初めて会った時のことは覚えていない。何度か会っていたのだろうが、ミスラが彼を認知したときにはもう、彼から一方的にミスラのことを知られている状態だった。ミスラの名を吠えながら血みどろの姿で尚も向かってくる姿。爛々と輝く赤の瞳。じわじわと目に焼き付いて、その名を覚えたのはいつからだろう。北の大地で会って、魔法舎で会って、今では毎日のように顔を合わせて、互いの部屋で夜を明かして。彼の存在がこんなにも近くなったのはいつからだろう。覚えていないことばかりだ。だが、ミスラにとってはそれが普通だった。それなのにこんなにも気掛かりで、気になって、過去すら思い返して、彼のことを考えさせられている。異常なのは、彼の方だ。
    彼が、こちらを見ていたからだ。
    轟々と、吹雪の止まぬ中。真っ暗な夜。白銀に染まった地。肌を刺す、殺意のその先。氷雪混じりの荒れ狂う風の中でも、真っ赤に燃えるあの瞳。
    言うなれば。彼のあの視線に、吹き上がる感情に、何かを例えてみるとするならば、それは──

    ミスラは、自身の頬を包むブラッドリーの両手を取って避けると、身体を前に傾けて、彼のこめかみ辺りに鼻を寄せた。片目を瞑った彼にそのまま頬をすり寄せて、小さく、ミスラは彼にだけ聞こえるように耳元で呟いた。


    「……嵐のような、あなたへ」
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