ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第二部1.5話「王との出会い」(第一話前半はこちら⇨https://poipiku.com/3625622/6059932.html)
大鴉のディアヴァルは、美しい乙女の姿に見惚れていた。
なんと美しい髪の毛。瞳も、顔も、何もかも完璧な美の化身としか思えない。いくらでも眺めていることができる。
彼のこれまでの生涯で、こんな気持ちになるのは初めてのことだった。
心臓がドキドキして胸が苦しく身体は熱くなって、クロウタドリの様に歌いたいような、ハヤブサの様に飛翔したくなるような、得も言われぬ心地がする。
この奇妙な心地は何なのだろう。まるで何か魔法にでも掛かったみたいだ。そう思っているその時、乙女の家の門の前に立派な馬に乗った男が供を何人も連れて通りかかった。
男は、リンゴの木に吊るされたたくさんの鏡を見上げて、感嘆の声を上げ立ち止まった。
ちょうどそこへ、家の中から乙女が鏡を持って出てきた。
男は乙女に目を留めると唐突に動きを止め、しばし目を丸くして乙女を見ていたが、やおら下馬すると彼女に歩み寄り、話しかけた。
話しかけられた乙女は、最初ははにかみながら受け答えしていたが、途中で「ええっ?!」と叫ぶと手に持った鏡を取り落した。鏡は地面に落ちて砕け散り、破片が飛び散った。
娘は慌てて男に侘びながら欠片を拾い集め始めたが、よほどうろたえていたと見えて指を破片で切ってしまった。
「あっ……」という小声の悲鳴と共に、朱い血の玉が指に膨れ上がりこぼれ落ちる。
男はやおら、その手を取ると口に含んで止血をした。その行動に、娘が顔を真っ赤にしてしどろもどろで無礼をわびているのが見て取れる。
「いけませんわ、お召し物が血で汚れます!!」
と娘が言うと、男はほほえみながら答えた。
「貴方の血で汚れるのなら服も名誉と言うものです」
「いえ、すぐに綺麗にしなければ、しみになります。せめてそのくらいは私にやらせて下さい」
それを聞いた男はうなづき、供の者に馬を見ているよう命じると乙女と共に小屋のなかへと消えた。
ディアヴァルは二人のことが気になってたまらず、こっそり屋根に舞い降り、暖炉の煙突に乗って中に耳を済ませると、案の定、切れ切れに会話が聞こえてきた。
驚いたことに、男はこの国の王だという。たまさかお忍びの狩りの帰り道に鏡の輝きに魅せられて立ち寄ったら、鏡よりも輝かしい宝を見つけた。どうか自分の妻になって欲しい、と娘に話しているのだ。
それを聞いたディアヴァルは、奇妙な胸騒ぎを覚えた。なんだろう、この気持は。おかしいな、変なものを食べたわけじゃないのに、喉に虫がひっかかって動いてるみたいな嫌な気持ちだ。
そんなことを考えていると、男が娘に名前を聞いた。
「グリムヒルデと申します」と娘が答えた。
美しい声だった。鈴よりもフルートよりも、どんなに歌の上手い鳥よりも美しい。
「グリムヒルデか。良い名前だ。支度を整え必ず迎えに来る。それまで待っていてくれるな」
人に命じることに慣れた男の言葉。相手が受け入れることを疑うことすらしない。その物言いに、ディアヴァルはまた、なんとも言えない不愉快な気分になるのだった。
だが、グリムヒルデは頬を赤らめてうつむくと、小さな声で「はい」と答えたのだった。
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【カラス豆知識】
カラスと言うよりは、鳥類全般に言えることなのですが、実は彼らは案外簡単に異種族愛に墜ちます。
手乗りの文鳥やインコ、オウムなどが飼い主やその家族の誰かに慣れ慣れで身体にも触らせてくれるし、♂なら求愛ダンスや餌の吐き戻しまでしてくれることがありますよね。
あれは、鳥視点では、相手を恋人認定しているのです。
かの動物行動学の開祖、コンラート・ローレンツの「ソロモンの指輪」にも、ローレンツ博士に恋したコクマルガラスの♂の話が出てきます(博士は男性なのだけどそこはカラスには気になかった模様)。
博士に求愛給餌をしようとして噛み砕いたミルワームを食べてもらえなかった時、そのカラスは思い余ったのか、博士の耳の穴にミルワームを詰め込んでしまったそうです。
博士にとっては大迷惑ですが、カラスにしてみれば、なんとしても愛の証を受け取ってほしかったのかも知れませんね。
しかし、番の相手になる他の同族がいる場合は、人間ではなくそちらと番になってしまうことが多く、せっかくベタ慣れだった個体が、お相手をお迎えしたばっかりにそっけない態度に変わってしまうことがあります。
逆に、繁殖させたいのに伴侶と決めた人間一筋で、同族の「お相手」を見向きもしなかったり(ローレンツ博士のカラスはこのパターン)、下手をすると縄張りを荒らすよそ者とみなしていじめてしまうことも。
一羽飼いの手乗り鳥のお相手選びはどうか慎重に!
鳥が人間を番の相手に選んでしまう傾向は、個人的な経験ですが、高知能な種族ほど可能性が高まるように思います。
それほど知能が高くない種族ほど、同族が現れると簡単に人間のお相手を捨てて乗り換えてしまいますが、高知能な種族はそういう切り替えが出来ない(しない?)ことが多い。
ことに大型オウムやカラスともなると寿命も長く野生の状態でも番の相手が死なない限りは一夫一婦を貫くので、人間に恋をした場合でも同じ様に愛を貫くことになります。
また、オウムはとても繊細で、人間の飼い主が先立ってしまったあと気落ちして餌を食べなくなって死んでしまう場合もあると聞いたことがあります。これも番の相手を失った失意からなのかもしれません(これがあるので寿命が30年~80年にもなる大型オウムには、買主側が中年以降に飼育開始するべきではないでしょう。飼い主が先立つ可能性が高くなりますので)。
こんな風に、鳥は感情豊かで情の深い生き物なのです。
もちろん、カラスもね。