ヤング・クロウリー ~始まりの物語~ 第二部九話「地下室にて」 奇妙な地下室の中で、王妃グリムヒルデはディアヴァルを棚に置かれた髑髏の上にとまらせた。四方の壁は、天井まで届く棚に所狭しと置かれた大小の瓶詰めや干物になった動物の身体の一部や植物の欠片が仕舞い込まれている。空気には奇妙に金臭い匂いが混ざっていた。
王妃は部屋の真ん中に陣取った大釜の下に火を入れ、釜に張った液体を長柄の柄杓でかき混ぜながら様々な瓶を厳しい目でチェックし、少しづつ素材を足してゆく。新たな素材が液面に触れる度に、シュっと小さな音がして怪しげな色の煙が吹き上がる。
一通り素材を足すと、王妃は柄杓を回す手を止めて、ディアヴァルを見た。
「さて、クロウリーや、お前の力を分けておくれ。でも痛い思いはさせたくないわ。だからこれを飲んで頂戴」
王妃に差し出された小さなコップには薄紫の液体が入っていた。
ディアヴァルは恐る恐るコップの中を覗き込むと、思い切って液を嘴に含んでみだ。
甘ったるい香りが立ち上り、薄っすらと甘い味がする。
嘴を上げて喉の奥に液体を流し込むと、それはさらさらと流れ落ちていった。二口、三口と飲むうちに目がしばしばし、真っすぐ立っていられなくなってきた。なんとかしっかり立っていようと思っても、身体がふらふらと揺れてくる。とうとうディアヴァルはくたりとその場にへたり込んでしまった。
最後に覚えているのは、上から見つめる王妃の瞳の黄水晶のような美しさだった。
どれくらい経ったのだろうか。
ディアヴァルが目覚めると、そこは柔らかなクッションの上だった。
ぼんやりする頭を振ってあたりを見回すと、自分がいるのは王妃の部屋の片隅に置かれた台の上だとわかった。
自分は、いや、王妃はあれからどうしたんだろう。何が起こったのだろうか。
そう思って立ち上がろうとした時、左足の爪先に軽い痛みが走った。
見下ろすと、中指の爪の先が少しだけ短くなっているように見えた。頭を足の高さまで下ろしてよくよく見てみると、爪の先を血が出るギリギリの位置で鋭利な刃物で切ってあるように見えた。おそらく、焼いて止血したのだろう、爪が少しだけ溶けたようになっている。
もしかして、血を取られたのだろうか。
そうか、「お前の力を分けておくれ」ってそういうことだったのかな。
眠らされて深爪を切られたことに軽くショックを受けてはいたが、同時にあの女性の役に立てたのかもしれないと思うと、静かな喜びも湧き上がってきた。
そうか、あの女性が俺をここまで運んでくれたのか……。調合は成功したのだろうか。いったい何の薬を作ったのだろう?
そんなことを考えていると、腹が減っていることに気がついた。あたりを見回してみると、クッションの横に食べ物を入れた箱が置いてある。茹でた卵や新鮮な野菜、少しだけど肉もある。彼はありがたくご馳走になることにしたのだった。
食事が終わって一息ついたころ、部屋の扉が開いて王妃が戻ってきた。
後ろにには侍女が付き従っている。
王妃の姿はこれまでで最高に美しく見えた。
着ているのは紫を基調とした装飾の少ないドレスだが、余計な装飾がない分逆に王妃の美しさが際立っているように思えた。美しい金髪はすっぽりと黒い布に覆い隠されていて、ディアヴァルはそれだけは残念だなと思った。
髪を覆う黒布の上には冠を被り、肩には漆黒のベルベットを贅沢に使ったシンプルだが豪華なマントを羽織っている。侍女は王妃の後ろに回ると、マントを脱がせた。王妃は「ありがとう。もう良いわ」と言うと片手を振って侍女を下がらせた。
それから彼女はディアヴァルに目を留めると、ふっと目元を和ませ歩み寄ってきた。
「良かった。ちゃんと目が覚めたわね。お前の血のおかげで良い薬が出来たわ。これであの男を返り討ちにしてやれる」
王妃の手が、ディアヴァルの頭にそっと触れた。そのまま首から背中へと撫で下ろす。ディアヴァルは心地よさに身震いし、うっとりと目を細めた。王妃は彼を撫でながら、言葉を継いだ。
「殺したりはしないわ。それよりもっと良い方法よ。あの薬を飲めば、たちまち私に恋をする。しかも私に逆らえなくなるのよ。そうなればもうこの国を奪うことはできなくなる。我が君の遺されたこの国を守れるのよ……」
最後の言葉を聞いて、ディアヴァルは胸が痛んだ。彼女は今も、亡くなった王を愛している……。自分の想いを彼女に届けようもないことが引き裂かれるように辛く、想いに応える者がもはや居ない彼女の辛さを思うこともまた、とてもつらいのだった。
【カラス豆知識】
今回は、カラスとオオカミがタッグを組んで狩りをする話をご紹介します。
種の異なる動物同士が助け合って生活する「共生」はそう珍しいものではありません。が、共に狩りをする、となると激レアになるのではと思います。
そのレアな関係がオオカミとカラスの間にあるのだそうです。まるで神話か伝説のお話のようですが、これは実際に観察されている事実です。鳥萌え×獣萌えの性癖持ちにはとてつもなくロマンのある話ですね。
カラスは空の上からオオカミよりも遠くまで見ることが出来、先んじて獲物をみつけてオオカミに知らせます。オオカミはカラスおかげで獲物をより見つけやすくなり、カラスはオオカミのおかげでより多くの餌にありつける、というわけです。
もっとも、良いことばかりではないようで、オオカミの仕留めた獲物のなんと三分の一もの肉をカラスが持ち去ってしまうこともあるそうです。
詳しくは下の記事2本をどうぞ。
「オオカミとカラスの意外な協力関係とは?」
https://nazology.net/archives/43874
次の記事はだいぶ前にNHKで放送した番組のようですが、あいにく本家NHKの番組ページはもう消えていました。
「一匹狼とカラスが組んで狩りをしてるって知ってました? 動物の驚くべき共存に驚きの声」
https://temita.jp/twitter/54270
オオカミとカラスの協力関係と同じような関係が人間と鳥の間にもあります。
アフリカのミツオシエは人間にミツバチの巣の場所を教え、人間から破壊した巣(美味しい幼虫が一杯入っている!)をご褒美に貰うのです。
そちらについてはこの記事を御覧ください。
「野鳥と人が蜂蜜めぐり「共生」、科学的に解明 」| ナショナルジオグラフィック日本版サイト https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/16/a/072500045/