夏、日本でデートするアルフィン夏、日本でデートするアルフィン。
待ち合わせはアルフィーの住む家の前で。数年前、研究員としての仕事の拠点を日本に移したのだ。今じゃインターネットを介してどこでだって仕事は成り立つから。
「久しぶり、アルフィー。1年ぶりだな」
「うん、久しぶり」
アンダインはいつものように革ジャンを着込んでいる。
「それ、暑そう」
「で、デートに行けそうな服がこれしかなかったんだ…」
「…そっか。あっ、最初どこいく?とりあえず私の方でスケジュール立ててみたんだけど、何か、行きたいとことか」
「すごいなアルフィーは!そんなもの用意してたのか!嬉しいぞ!それに従うとしよう!」
ずかずかと歩き出すアンダイン。慌てて後を追ったアルフィーはスマホの地図アプリを時々チラ見しながらアンダインを先導するのだった。
最初に着いたのは遊園地。
「なんだここは!?いい大人が揃いも揃って耳飾りをつけているぞ!?」
「そういうところなんだよ」
有人窓口でアルフィーが2枚分のチケットを購入する。
「払ってくれなくたってよかったのに」
「いいの」
それからいくつかのアトラクションに乗って満喫する。(ジェットコースターでアルフィーが1度ソウル抜けかけた)
「なあ、やっぱみんなつけてるんだな カチューシャ」
「まだ気になってた?付けたいの?」
「いや。でもアルフィーがかわいいやつつけてるのは見たい!」
そう言うとワゴンの売店へ駆け出して、これ!と指さした。そこには黒い耳に水玉模様の赤いリボンがついたカチューシャが。
「王道のやつだ…!これがいいの?」
ブンブンと顔を縦に振るアンダインに自然と頬が緩むのを感じながら迷いなくレジへ向かう。
「やっぱりアルフィーはかわいい!だからかわいいものが似合う!」
「ふふ、もう何回も聞いたよ ありがとう」
~~~~~
日が落ちてきた。空は綺麗なオレンジ色だ。
「長居しちゃったけど、帰らなくて大丈夫?」
「あーそうだな、忘れてた。パピルスやトリエルにも顔出しておきたいからな。ごめん、先帰る」
「いいよ 明日もあるんだし」
「そっか、じゃあ、また」
せっかく1dayのチケットを買ったのだからとアルフィーは閉園間際までパーク内を巡った。カチューシャをつけたまま。
翌日。
「おはようアンダイン」
「おはよう!」
アンダインは昨日と同じものを着ている。
「おっ、今日の服は随分とおめかしなんだな?」
「昨日ほどはしゃぐ予定がないからね」
「どこだ?」
「水族館」
「ヨッシャアアアア!!」
アンダインが今にも服を脱がんとする勢いでNGAHHHと叫び出したので咄嗟に止める。
「そんなに水槽で泳ぎたいの?」
「ああ!」
「ダメだよっ!ここは地底世界とは違うんだから!」
え~?ケチ~。と言いながらうなだれるアンダイン。
「ほら、早く駅行くよ」
「でも泳げないんでしょぉ?」
「乗り遅れちゃう」
急ごうと数歩先行して振り返り、なおゴネるアンダインを連れて行こうと彼女の綺麗な青い手のひらに自身の手を伸ばす。
触れようとしたところで、反射的に手を引っ込めた。
「ほら、早く」
再び前を向き、アルフィーが駆け出してからアンダインが追いつくまで時間はかからなかった。
「ペンギン、かわいいな!」
「うん…!ほんとうに…!」
お昼のペンギンのおさんぽ。2人のすぐ隣を小さないきものがぺたぺた歩いていく。
「アルフィーに似てる」
「えっ!?あれと!?」
「ちっちゃい感じとか、あと可愛らしいところとか」
喜ぶべきか否か、アルフィーは微妙な感情に陥った。かわいいと言ってくれたことはとても嬉しいが。
「次、どこいく」
「イルカのショー」
「あれかあ!すごいよな!どれだけ訓練したらあんな高く飛べるんだ!?」
「見たことあるの?」
「あるよ。見てた」
「そっか。じゃあ、行く?」
「おう!」
「びしょ濡れ…近い席にしたの間違いだったかなあ?」
「せっかくの綺麗な服が台無しだな!インナーが透けてるぞ!」
「もう!自分はかかってないからって!」
からからと笑うアンダインは一切水を浴びることなく、それが随分面白いらしかった。
空調の風が肌に触れてアルフィーは身震いをする。
「寒いか?これ、着なよ」
アンダインが革ジャンを脱いで肩にかけようとする。
「いや、いいよ。アンダインが着て」
「あー…わかった!えっと、そういえば腹減らないか?」
「あー 空いたかも」
「この中にレストランあったよな確か」
「…いいの?」
「ん?腹が減ったら動けないだろ?」
そうと決まったら行くぞ!と目にも止まらぬ速さで駆け出してしまった。車より速いんじゃないだろうか。ほんとうにやりたい放題なんだから。ふっと笑みがこぼれる。
着いたレストランはこの水族館の中でもなかなかグレードの高いところで、伊勢海老が使われた料理なんかもあった。さすがにこれは頼めない。
「じゃあこのドリアにしようかな、アンダインも何か頼む?」
「いや、いい。アルフィーが美味そうに食ってればそれで!」
「払ってあげるのに」
「いいんだよ」
アンダインの口角が上がっているのを見て、アルフィーもはにかみ返した。
大好きな人と食べるご飯はおいしかった。
「次、予定は」
「えっとこのあとはここを出て駅に向かっ…」
「海行きたい」
自分が先導するものだと思いこんでいたアルフィーは一瞬呆気にとられた後、そうか、そうだよなと考える。私の方が詳しい気になっていた。彼女にだって、意思はある。当然のことだった。
「やっぱり泳ぎたい?」
「いいや、そうじゃない。」
「ふうん。行こっか」
予定変更だ。水族館のとなりに砂浜がある。お会計を済ませ建物を後にした。
潮風が気持ち良い。アンダインの赤い髪をなびかせてひゅうひゅうと鳴る。落ちかけた太陽がきらきらと水面に反射していた。
「こんな景色があるなんて、地底にいたころは思いもしなかったな!白黒マンガの世界だけだった」
「そうだね」
靴を手に持って2人で砂浜に座る。波の音が、心地いい。
「また、あなたと見られてよかったよ」
「ん?なぁんだよシケた顔して」
豪快な笑顔が眩しい。
大好き。
ほんとうに、大好きなんだ…
「おい、ほんとにそういう気分?」
「へへ…違うよ…」
「だぁい好きなアルフィーが沈んでると私もかなしいなー?」
「えへへ、私も大好き、愛してる」
途端、アンダインが盛大に口を歪ませてニヤける。それが面白くてアルフィーはさらに口角がつり上がった。
互いの視線がぶつかる。キスしたい。でも、どちらも動こうとせず10秒程そのままでいた。
「あああもう!まどろっこしいなッ!?さっさとチューしろよッ!?」
「メタトン!?」
振り向くとEX姿のメタトンが背後に立っていた。
「ゴミ箱!お前邪魔しやがって…!」
「このパーフェクトボディのどこがゴミ箱なんだい?子猫ちゃん」
「ウエッキメえ!」
アンダインはしきりに首を指でかき切る仕草をする。
「日本にいるなんて思わなかったよ。仕事?」
「いいや、バカンスさ。友人に会うためのね」
そういうとウインクをする。再びアンダインの顔が歪む。
「ま、明日からは仕事に戻れそうだ。この綺麗な海の景色は必ずトークの種になる。ジャパンは自然が素晴らしいーってね。実にいい休暇を過ごせたものだよ」
「一人語りが過ぎるぞ」
「そう言う君たちの方がボク以上にもどかしいとおもうんだけど。…まあ、できないなら仕方がない。帰ろうか、ブルっち」
「ナプスタブルーク!?」
メタトンの背後からそっと顔を出したのはかつてのお隣さん、ナプスタブルークである。
「あ、どモ…」
「いたなら言ってくれよ!よし今からでも遅くない!レスリングしよう!」
「あっ、いやっ、それは遠慮しトク…」
アンダインとナプスタの鬼ごっこをアルフィーとメタトンは楽しそうに眺めたのだった。
翌日
「おはようアルフィー!」
「おはよう、今日はどこに行く?」
今日もアンダインはいつもの服装だ。
「家!」
「えっ、家?どこの?」
「アルフィーのに決まってるだろ」
お出かけする気満々だったのにとんぼ返り?と思いつつ、2人で玄関をくぐった。
「ここがアルフィーの家かあ!初めてだな!デケぇ!」
「たしかに、そうだね。平屋だけど結構広々としてるよねえ」
アンダインはリビングのラグの上に座ると楽しそうに部屋を見回している。
「研究所にいた時はあんなに散らかってたのに」
「あ、あの時とは違うんだよ!」
「そんな必死になるなって」
あれから己を律し続けてきた成果がこの部屋の整然さに出ているのだろう。インスタント麺で生きながらえていた頃と比べられると気恥しさがある。
「お茶出すよ」
「いいのに」
「せっかく来てくれたお客様に、わるいよ」
てきぱきとお湯を沸かし茶葉の入ったポットに注ぐ。
「はい、ハーブティー」
アンダインの目の前に白いカップを置く。目が見開かれたかと思うと、少し俯いた。
「…ああ。懐かしいな。アズゴアが、好きな…」
「…?アンダイン…?」
声が震えている。悪いことをしてしまっただろうかと顔を覗き込むとその目には涙が浮かんでいた。
「ご、ごめん、変える?」
「いやいい。金色の花のハーブティーは美味いから好きだ!」
アンダインの快活な声が本当に大丈夫なのかどうか分かりかねた。数秒間沈黙が流れる。
「…アルフィー」
「なあに」
「お線香、あげていい?」
心臓がドッと鳴った。全身に緊張が走る。
さっきからどうしてしまったんだろう。
「いいの?」
「ちょっと、物事の見分けがつかなくなりそうで。アルフィーと一緒にいると楽しいから」
リビング横の小さな仏壇の前、座布団に正座する。ライターで直接線香に火をつけて砂へ刺した。チーンという音と共にアンダインが手を合わせる。
この神妙な儀式をアルフィーは隣で眺めていた。何を考えているのだろうと。
暫くの後、アンダインが顔を上げ、視線を仏壇に向けたまま口を開く。
「あれからもう何年だ?まあまあ経ったけど、パピルスやモンスターのガキはまだゴネてたか?」
「前よりはマシになったよ。当時はそりゃもう大変だったけど」
「そうか。よかった」
目を閉じてふっと笑うアンダインが今にも消えてしまいそうな気がして急激な寂寥感が込み上げる。
「…金色の花のハーブティー。」
「?」
「最近、頭の中に直接流れこんでくるんだ。妄想にしては鮮明すぎる映像が」
やっとこちらを見たアンダインは微笑んでいるけども子供みたいな、どこか不安げな面持ちなのだった。
「私の家で、ニンゲンと私がデートしてるんだ。おもてなししようとしてどのドリンクがいいか選べと言ってるのに何故か私を口説くときた。意味がわからなくてとりあえず金色のハーブティーを飲ませたよ。」
「最初は、お仲間同士が集められたんだと思った。アイツのおかげでモンスターたちはバリアを突破できたんだろ?もう用済みにされて私の所へ来たんだと、そう思った」
「でも、私の知ってるアイツじゃなかったんだよ。宿敵であるはずなのに友達になりたいと言ってきたんだ。それでパピルスの代わりに料理のレッスンを受けさせて…」
「それで、パピルスがいるのはおかしい、って気づいたんだ。まあ、結局あれがなんだったのか分からずじまいだったけど」
「でも私はその時こいつは良い奴だなって心から思った。それで、そんな未来もあったのかもしれないって。少し羨ましかった。いや、かなりかな」
「そう、それでさっきハーブティー出てきたから、これもあの幻覚か!?ってなってさ。そんなことないのにな。事実と空想の区別がつかなくなる前に、本当のことを目の当たりにしとこうって」
「しかも続きがあるんだよこれ。ニンゲンはアルフィーとも友達になるんだ。それでアズゴアんとこのガキ?の力でバリアの外へ出て地上で暮らす。地上に出てから私たちは海辺でデートするんだ。パピルスとサンズはオープンカーやらバイクやら乗り回して。トリエルは学校の先生になって」
「そんな都合のいい夢、あるわけないのにな…」
アンダインが一瞬表情を歪ませる。しかしその目に涙はない。はるか遠くを見つめている。
一息つくと、再び笑顔を作ってみせた。
「にしてもおっかしいよな。自分の写真に向かってお線香。自己愛強すぎだろ!?って!」
「…………アルフィー?」
気がつけば私は大量の涙を垂れ流していた。酸素を取り込んでいくうちにどんどん視界が滲む。
「アンダイン…アンダインッ…」
「うん、私はここにいるよ」
こんなに涙脆くなってしまったのはあなたのせいだ。
アンダインのケツイを目の当たりにして強くなったって、アンダインに関しても上手く感情を取り持てるようになったわけじゃない。
「ねえ、アンダイン」
「なあに?」
「試してみてもいい?」
「いいけど、多分同じ結果になると思うぞ?」
アンダインの頬に手を伸ばす。
が、それに触れることなくすり抜けるように手は空を掻いた。
「ほら。残念だけどな」
「…関係ないよ」
そう言うとアルフィーはアンダインの体のラインに沿うように空気を抱きしめた。
アンダインも同じように腕を回す。
「なあ、アルフィー。私はアルフィーのおかげでソウルを留まらせることが出来たあの日からソウルだけの存在として人目に付くことなく浮遊してる。それこそ幽霊みたいに。でもそれはさ、アルフィーっていう思い残しがあるからなんだよ」
「うん。知ってる」
「アルフィーが思ってくれている気持ち1つで存在し続けている。だから縛ってると思うんだ、アルフィーを」
「そんなことない」
「私みたいな死人じゃなく、アルフィーのことを想ってくれるもっと大切な誰かをみつけた方がいい。アルフィーの幸せを優先してくれ」
「私はアンダイン以外愛せないよ」
ふっ、とアンダインから笑みがこぼれる。
「へへ。そっか。私もアルフィーしか愛せない」
パラレルワールド。
朝ごはんはご飯?それともパン?その選択によってご飯を選んだ世界とパンを選んだ世界が発生し、また次の選択肢が現れては世界が造られていく。
私たちはそうした無数の世界のうちのひとつに存在しているに過ぎない。ある世界は皆が死に、また別の世界ではそもそもニンゲンが地底に落ちていないかもしれない。
アンダインの言っていた理想の未来だって…
だけど、アルフィーには全てをやり直したり時間を巻き戻す夢のような能力なんてありもしないから、考えたってしょうがないのだ。
アンダインが死に、アズゴアによって殺されたニンゲンのソウルでバリアを突破したあの嵐のような1日をなかったことにはできない。
「あと1日、アズゴアのところ行ったりする?」
「うんそうするよ。あとガーソンとか。色んな人の所へ行く。見えないだろうけどソウルで感じ取ってくれるはずだから。長居する」
「それがいいね。じゃあ、また」
「うん、またね」
そう言うとアンダインは線香の煙に解けるように姿を消した。
アルフィーの頬を涙が伝う。
「煙が目に染みちゃったかな」
仏壇の上のきゅうりとなすを一瞥すると立ち上がり、ハーブティーを台所へ運ぶ。
彼女が飲むことのなかったそれを飲み干して、そそくさと洗うのだった。
夏、お盆にアルフィーがアンダインを迎えてデートするアルフィン