無礼千万、無私無偏　あの小娘――記憶が入っているというだけで小娘気分の補助装置は、マーリン魔術などという、余分な設定まで引き継いだ。名前だけなら不愉快程度で済んだものを、『私室』にまでマスターを飛ばすような使い方ができるのは、彼女の加護だか魔力だか。マスターを追い出した室内で、オベロンは誰かに聞かせる音量で舌を打つ。聞かせる相手は、床を這いずる虫くらいだ。
　マスターの渡した包みを机に放り投げる。無造作に重ねられたタオルが、丁寧な包みを受け止めた。オベロンは唸り声を携え机に手をつき、汚れに塗れたタオルに収まる赤い包みを見下ろした。は、と意味のない声が漏れる。
「お似合いの玉座だ、マスター」
　手持無沙汰にタオルの角度を整えながら、渡された（叩きつけられた！）包みを眺める。袋も中身も量産品の一つだろうが、善人気取りのマスターだ、個別の気遣いくらいはできるかもしれない。そうでなければ、いくらマスターの影響とはいえ、英霊がこぞって返礼品など作らないだろう。
　なんとなしに弄ったタオルは、手元でそれなりに整って見せた。思わずそれらしい彩りになってしまったことで、オベロンはますます悪寒を抱く。本当に似合いを作ってしまった。
　何の連鎖か、数刻前のやり取りが脳裏で再生される。渡して満足すると思いきや、当然のように欲しがるあの顔！　隠す気もない、低俗な欲望！　夢に土足で現実を持ち込み、持ち込まれれば勝手な解釈でこちらを見やるあの瞳！
　用意した品で追い出した時の、苦虫を嚙み潰した時の、罪を犯した生粋の善人の表情。
　そう、そうだ。あのカルデアで、『妖精王』が何の返礼もしておかないわけにはいかない。物である必要はないが、スキルや立場を考えれば、装飾品や手作りの品が『妖精王』の返礼品には相応しい。
　カルデアの全員が『オベロン』の何たるかを知っていても、準備に取り掛かる一手一手が嘔吐きを酷くしようとも、周囲の浮かれた姿がどれだけ不快な音をしていようと、オベロン自身が役割を崩すわけにはいかない。サーヴァントとはそういうものだ。オベロン・ヴォーティガーンとはそういうものだ。そういう話だ。そういう役割だ。それに準じただけの話で、マスターなら、あの秋の森で嘘吐きと呼んだマスターなら、受け入れて然るべきだ。
　なのに、愛想笑いの一つすら。
　だん、と左手で机を殴る。体内で巡回する思考を音と痛みで無理矢理止める。包みと布が無軌道に跳ね、整えられた玉座は一瞬で崩れ落ちる。
　勢いで床に落ちかけた包みを、オベロンは左手で鷲掴んだ。中身を潰さないように力を抜いたのは、『妖精王』ならそうするからだ。サーヴァントでも、きっとそうする。そろそろと左手を開くと、マスターの包みは多少歪を得た程度だ。
　人間体では異形の手の中で、歪みの少ない赤い包みが電灯の灯りで光っている。寿命の短い電灯はちかちかと、瞬きのように視界を眩ませる。積み重なったゴミ袋や汚れた家具は見た目だけで、何の色も臭いもしないが、脳は勝手にそれを補完する。足元をかさかさと虫が蠢く。常に耳を揺さぶる聞き慣れた足音。清廉を掻き消す不規則な雑音。立っているだけで気が狂いそうな、狂わずとも沈みそうな、狭く暗い一室で、オベロンは包みだけをぼんやり見ていた。
　この部屋で平然と立ち目を背けず、オベロンにこれを投げつけたマスターは、オベロンの前にはもういない。
　あの箱に、あの塵に、何を読み取るか。オベロンは知りたくもないが、どうせわざわざ答え合わせに来るのだろう。なら、カルデアに戻らなくては。そうしてマスターのサーヴァントとして、オベロンとして振る舞わなければ。
　その前に、この包みを空けなくては。
「…………二度と来るな、クソヤロウ」
　袋を開ける行為すら難しい不器用な男が吐いた、言葉の真偽を理解しようと努める者は、ここには誰もいなかった。