光芒「おまえのせいだよ」
言葉とは裏腹に、オーエンは悪戯が成功した子供のような顔で笑った。するり。絶句する私をよそに、小指に絡められていたオーエンの小指が離れていく。『死ぬまでお互いのことを忘れない』。たった今一方的に交わされた約束が夢や幻ではないことは、指先に残るやわらかな体温が物語っていた。
皆で力を合わせて倒したばかりの《大いなる厄災》は、色とりどりに輝く欠片となって夜空を彩り、地上に落ちる前に光の粒となって消えていく。賢者としての役目を終えた私もまた消えかけていて、とうとうこの世界に別れを告げるときが来たことを知らせていた。空を見上げて勝利の余韻に浸る皆は、うっすら透けはじめている私に気付いていない。もしかしたらすでに私のことを忘れているのかもしれなかった――ただひとり、オーエンをのぞいては。
「どう、して……」
ようやくつぶやいた私の声に、オーエンはふんと鼻を鳴らした。
「仕方ないだろ。おまえ、茶葉を入れるのを忘れるくらいなんだから」
「え、あ……それってあの『ぬるま湯のお茶会』のことですか?」
この世界に来たばかりの頃のことだ。オーエンのことをもっとよく知りたいと思った私は、彼をお茶会に招待した。クリームたっぷりのケーキ、さくさくほろほろのクッキー、色とりどりのマカロン、つややかな果物のタルト、とろけるように甘い香りのチョコレート・フォンデュ。オーエンは用意されたスイーツの数々を見て、「ふうん」とまんざらでもない様子で席に着いてくれた。お茶会の成功を予感した私は、意気揚々と彼のカップにティーポットを傾けた。ところが――。
『は?』
『あれ?』
カップに注がれたのは、湯気の立つ透明な液体。お湯だった。あろうことか、私はティーポットに茶葉を入れるのをすっかり忘れていて、ただのお湯を三分半きっちり蒸らしていたのだ。その後あわててお茶を淹れなおそうとしたものの、今度は焦って茶葉を床にぶちまけてしまい、結局私たちはぬるくなったお湯と共にお茶会を続行したのだった。この『ぬるま湯のお茶会』は私のうっかり癖の象徴として、何かにつけてオーエンにからかわれるのが常だった。
「仮にも『お茶会』でお茶を忘れるなんて、本当に間抜けだよね。同じように、僕のことをうっかり忘れちゃってもおかしくない」
オーエンは歌うように続ける。
「だから呪いをかけることにしたんだ。約束をしたら、否が応でも記憶に残る。そうでしょう?」
「……それなら、約束をするのは私だけでよかったんじゃ。どうして『お互いのことを』なんて約束したんですか?」
オーエンは私の問いには答えず、妖艶な笑みを浮かべた。二色の瞳が美しく光って、私の心臓が彼の両手につかまれたような錯覚をおぼえる。そうこうしている間にも私の体は端のほうから透明になっていって、オーエンに伸ばしたはずの手もむなしく空を切った。
オーエンはかろうじて形を残している私の頬に触れた。そこではじめて、彼が手袋をしていなかったことに気がつく。
「最初に言っただろ。おまえのせいだよ」
まるで恋人にするように、オーエンは私の頬に残る涙の痕をなぞった。
「おまえのせいだよ、晶」
オーエンはもう一度そう言った。とびきり甘い飴玉を舌で転がすように、上機嫌に私の名を呼びながら。『ゆびきりげんまん』をした自分の小指に、愛おしそうに唇を寄せて。
ひゅるる、きらきら、ぱらぱら。厄災の欠片は花火のように音を立てては鮮やかに散りゆく。時おり大きな欠片が弾けて、オーエンと私の影を夜闇に浮かび上がらせていた。