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    890_deadline

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    890_deadline

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    🌻に寝取られる話をかいてる。

    「食事は?」
    「食べてきたから、といっても昨日の残り物だけど」
     彼、最近食べないから。と小さく恨み言付け加えたところで私は顔を上げる。
     見下ろすばかりだった部屋の絨毯に彼の影が落ちたからだ
    「……あ、あの、日車くん」
    「瞼が光ってる、唇も」
    「え?」
    「……この前と違うな」
     する、と彼の指が伸びてきて私の頬にそっと触れた。彼に触れられるのはこれが初めての事だった。ほんの少し冷たい指が輪郭をなぞられる感覚はこそばゆくて、恥ずかしくて──そして何よりも、まだどこか友人として見ていたはずの彼からの愛撫を今身に受けているのだと思うと私はもうなんて顔をしたらいいのか分からなくて、ただただ視線を彷徨わせるばかりがせいぜいだった。
    「あっ、メイクだよね? 最近は安いのばっかりで良いコスメなんて久々に使ったからさ。せっかく素敵なホテルだし合わせたかったんだけど、でも私、ほら、キラキラなんて似合わないタイプだし」
    「……俺のために?」
     ぽつり。
     彼の言葉は、どうしていつだって胸の中に真っ直ぐ落ちてくるのか。矢継ぎ早な誤魔化しは唇の手前で堰き止められ、久しぶりに入れた薄いチークを乗せた頬は今も少しずつ赤みを増していく。
     丁寧にアルコールで拭いたっきり棚の奥に仕舞い込まれて、いつしかホコリを被っていた私の宝物だった化粧品。
     キラキラとしたラメに粉の細かいアイシャドウ、私に愛を誓った人が選んでくれたリップグロス。刻印の彫られた繊細なケースに入った肌色に合わせて購入した優しい香りのパウダー。
     それらはみんな愛した人の、愛していた人のために揃えた物のはずだった。
    「……変、かな」
    「いや、」
     自信なさげな私の唇へ、彼の指先が触れた。しとりと濡れたグロスに指の腹が触れる。拍子に「くち」と小さく濡れた音がして、それだけで身体がわずかに緊張で強張った。そして伏せた瞼が、まつ毛が震えた。不慣れながら丁寧に伸ばしたマスカラを乗せたまつ毛が視界にチラつくのが煩わしくて、私はついに目を閉じる。
    「…………ねえ、」
     ……何か言って、日車くん。
     震える唇で私は言葉を紡ぐ。
     だって、そうでないと心が折れてしまいそうだった。今、私は少し誘われただけでのこのこやってきた軽い女とでも思われているのだろうか。
     それも事実、されど事実。途端に胃の中がぬかるんだように重くなる。
     きゅっと結んだ唇から彼の指先が離れ、代わりに手が握られる感触があった。長い指先に手の甲を撫でられて、私は粧いで繕った壁の中に閉じ込めていた視線をようやく彼へと向き直した。
    「……悪い、見惚れてた。崩してしまうのがもったいないな」
     彼の瞳は私を真っ直ぐ見つめていた。
     ──崩す。『なにをするか』なんて、どうして崩れてしまうかなんてもう互いに分かりきっていて。
     関係を持てば『彼』への裏切りになる。例え先に違えられたのは私だとしても、きっと同罪だろう。それを思うとまた胃がずんと重くなる。
     ああそれでも、ここで引き返す気にはなれなかった。
    「悪い事って、今までずっとしたことなかった」
    「やめるか?」
    「ううん。いいの、」
     ぐちゃぐちゃに崩して。
     そう目を伏せたまま呟く。
     そんな投げやりな私の言葉を最後に、私達は貪り合うようにキスをした。
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