身勝手な自己犠牲「ピエール、肩を貸してくれ、デボラを馬車へ!ピエールはそのまま出てこい!」
気を失わずに済んだのがよかったのかいけなかったのか。
耳にうっすら滑り込む夫の言葉は意識を浮上させるには十分な内容だった。
「ちょっと…どういうつもり…」
わかっている、回復手段がないのだ。
回復ができるピエールと交代させられた。
わかっている、足手まといであることは。
子供たちが私を呼んでいる。
ピエールが大丈夫ですよと宥めている。
息子は唇を噛み締め、剣を持つ手が震えている。
娘は青ざめながら母と父の名前を交互に叫んでいる。
「参ったな、負けるつもりはないんだが」
夫は…
あのミルドラースよりも巨大なエスタークを見上げて苦笑した。
「王子、回復はピエールに任せろ。フバーハはキミにしか唱えられない」
「…わかったよ、お父さん」
「王女、馬車の中に届くように賢者の石を使ってくれ。まだお母さんは生きているから」
「……っ!わかりました!」
そして戦闘が再開される。
私は見ていることしかできない。
そして。
…押されている。
「お父さん!フバーハもうあと1回しか…!」
息子の悲痛な叫びに夫は微笑んで返した。
「大丈夫、それがあれば大丈夫だよ」
でも、と、そう娘の口がかたちどった。
賢者の石をぎりぎりと握りしめている。
「王女、回復ありがとう、大丈夫だから」
私の大好きな、全てを包み込む、あの優しい眼差し。
「何馬鹿なこと言ってんのよ!大丈夫だなんて、何の根拠もないくせに!私をここから出しなさいよ!私だけ置いていくなんて許さないから!!」
馬車の声が聞こえたのだろうか、夫の瞳が私を捉えた。そして微笑んだ。私はその表情で何を企んでいるかを理解してしまった。
「あの…馬鹿…!!」
最後のフバーハがかき消され、灼熱の炎が視界一面に広がり、愛する家族たちの悲鳴が響き渡った。
「おと…さ…」
瀕死の重傷を負った子供たちにピエールが駆け寄るが、単体回復で間に合う傷ではない。
ピエールが主人を仰ぐと同時に目が合った。
「これから全員を回復する。申し訳ないが総攻撃をかけてくれ。それから…」
「まだ早かった。みんな本当に申し訳ない。どうか最後まで諦めないで欲しい」
「みんな、愛してる」
夫の口が4文字の詠唱を紡ぎ……
天から光が降り注いだ瞬間、瀕死の子供たちの傷がたちまち癒え。
逆に詠唱者は力を失いそのまま地面に倒れ込んだ。
悲鳴を上げる娘と顔面蒼白の息子。
「何してんのよ!!私たちを守りなさいってそういう意味じゃないわよ!!」
「うっ……うわあああああ!!!」
泣きそうな表情の息子が振りかぶった剣がエスタークを斬りつけ……その一撃でエスタークの体が崩壊していく…!
眩い光が馬車の中まで差し込み、余りの眩しさに目を瞑ってしまう。
あなたのような眩しさだった。
あなたはいつだって眩しかった。
私の隣にふさわしい眩しさだった。
それが今はその眩しさを失って…
「お母さん!お父さんが!お父さんが!」
叫び号泣する愛しい子供たち。
2人を抱きしめながら私も涙が止められなかった。
「本当…本当に…あんたは馬鹿なんだから!」
斃れたその表情ですら微笑みを浮かべているなんて、本当にどうかしている。
私たちを置いて行ったくせに穏やかに笑ってるなんて許さない。
早く私たちのところへ戻ってきなさい。
帰ってきたら全部まとめて叱ってやるんだから。