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    shido_yosha

    @shido_yosha
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    shido_yosha

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    カブラギ+クレナイ。

    あの人は星だ。暗くて汚い箱庭で、燦然と輝く北極星。漆黒の宙を飛ぶための標。
    あの人に出会ったのは十四歳の夏。生活用水を汲むため、初めてデカダンスの外を歩いたときのことだ。
    移動要塞であるデカダンスは三月に一回、とある湖を訪れて貯水槽に水を補給する。汲みとる方法はなにも手づからバケツリレーを行うのではない。水中に巨大なホースを留置して直接吸いあげるのだ。この装置はオキソンで稼働する、いわば大型ポンプであり、私の父はこいつの整備工だった。
    父は、少し気弱な優しいひとだった。仕事熱心だけれど家族を蔑ろにしたことはなかった。
    ある春の汲みとり作業中。司令室から「吸水速度が落ちている。ホースから水が漏れているのではないか」との連絡があった。
    要塞周囲にガドルの生体反応は無いとの確認を受けたのち、装置の責任者である父が向かった。
    出立する直前、父がふと、
    「クレナイも来るか」
    と訊いてきたのは、当時あたしが父の弟子をしていたからだ。あたしは一も二もなく頷いた。要塞の外へ出られるのは初めてだったから。
    つなぎに着替え靴を履き、期待と不安で躍る。玄関を発つ背中を、
    「とーちゃん、ねーちゃん、行ってらっしゃい!」
    と四人の弟達が後押しする。私は幼い彼らに、
    「母さんをお願いね」
    と頼む。母はひと月前に妹を産んだが、肥立ちが悪く伏せっていた。


    現場に到着してホースを検めると、不具合はすぐに見つかった。蛇腹にそって三十センチほどの亀裂が入っていたのだ。あたしは父の工具鞄を開けて、
    「いったんテープで塞ぐ」
    と訊ねた。しかし父は損傷を注視して黙りこんだままだ。ややあって、
    「違う」
    と呟いた。
    「え?」
    とあたしは聞きかえす。
    「これは、わざと空けられた穴だ」
    ザバァアアァアッ
    突如、湖面を割って、水生ガドルがあらわれた。
    キィヤアアアツ
    絹を裂くような獣声。
    咄嗟に無骨な腕がのびて、あたしを突き飛ばした。少女の矮躯は軽々跳んで、乾いた大地を転がった。這いつくばったままをあげると、
    「父さん!!」
    激しい水飛沫に呑まれながら、つなぎ姿の背が、丸呑みにされる光景を目にした。
    血の気が引き呼吸が止まる。けれど茫然としている暇はない。満足した化物は水底へと帰ろうとしていた。
    考えるより先にポケットからジャックナイフを取りだしていた。バチンッと刃を跳ねあげて、ガドルへ飛びかかる。
    ゴムのように硬い皮膚へ何度も突きたてて、
    「かえせ!かえせよ!」
    慟哭のように叫ぶ。
    恐怖はなく、ただ憤怒に身を任せていた。頭の冷たい片隅では、生後ひと月で死んだ妹がよぎっていた。初めてできるはずの妹は、生まれつき身体が弱かった。そして妹の延命とと限りある医療資源を秤にかけたことで、妹の治療は中止された。結果心身を病んだ母は病床を離れられないでいる。
    不衛生な環境。不十分な薬剤。弱い者が弱いまま生きられない世界。全てはガドルのせいだ。
    「お前の食っていいものは…お前にやる命なんかない!」
    父のくれたナイフが折れても拳で叩きつづけた。父が誉めてくれた金髪を振り乱して齧りついた。
    鬱陶しがった化け物が首をふったので脆弱な体が再び空へ投げ飛ばされた。
    青空を眺めてぼんやり思う。
    寡黙な父に代わり、母がよく語ってくれたこと。水の要らない生き物はいない。だから父の仕事は、タンカーとギアを支える誇り高き職務なのだと。ギアは人類のなかで唯一ガドルに対抗できる力だ。
    なら。なら、早く——
    「早く来て!!」
    「悪かった」
    ぶっきらぼうな低い声。
    瞬間、身体がふわりと浮いた。
    続いて視界を駆ける一閃。鋼鉄の針が飛んできて、ガドルに突きささった。それは化け物を打ち倒す銀の弾丸。
    まるで音速を超えた雷(いかずち)のように。ガドルが一拍遅れて、
    …ギィヤァアア
    と、のたうちまわった。
    弾道をさかのぼり射った相手を探す。
    そのギアは、青い髪に薄橙色の肌、紅い装甲をまとった、戦士の一族だった。
    「遅くなった。俺が足止めする。その隙に逃げろ」
    私は我にかえり、かぶりをふる。
    「父さんが!父さんが食べられたんです!」
    「とうさん?…『父親』…『人間を産む番のうち雄性体』…」
    「分かった」と彼は答えると、ガドルの頚部へ立て続けに針を打ちこんだ。
    苦悶したガドルが暴れて尾ヒレを振り回す。末期の反撃をくぐりながら、ギアは重ねて針を打ちこむ。
    獲物を一息で殺さぬ残虐な手口……にみえたが、意図するところは明白だった。腹部にひそむクレナイの父親を避けて攻撃しているのだ。
    追い詰められたガドルが、今際の力を振り絞ってギアに襲いかかった。ギアはすんでのところで躱した。が、すれ違いざま顔の右半分に斬撃を受けた。
    「あ…!」
    私は口を押さえる。
    辺りに撒き散る暗緑色と鮮紅色。オキソンと血にまみれながら戦士はガドルにとどめをさし、化け物は断末魔をあげて地に倒れた。
    ギアは一息吐くと、手の甲で無造作に出血をぬぐった。ついでに付着した血で、前髪をかきあげる。
    あたしは駆け寄って腰のタオルを引っ張りだした。
    「ばい菌入っちゃいますよ。これも綺麗な布じゃありませんけど」
    背伸びをして腕を伸ばすと自然と顔が近くなった。すると遠目の時より相貌を観察することができた。
    ネックガードで表情が半分隠れていたから判然としなかったが、彼はやはり男性だった。赤い帷を拭いた下は三白眼。父と同じくらいの年齢。上背は父よりやや高い。
    懸命に踵を浮かせる私を一瞥して、ギアは少し腰をかがめてくれた。けれど、
    「俺はいい。どうせ治る」
    「えっ右眼抉れてるのに。戦士の一族の方はほんとに丈夫なんですね」
    「ああ。だが、お前の父親は……」
    ギアが向こうを見やる。
    あたしはタオルを落として、横たわるガドルのもとへ走った。
    口輪を開き、食道へ腕を突っ込もうとする肩を掴まれる。
    「腹を裂いて部位別にえりわける。手伝え」
    私は青ざめながら、震えながら、それでも黙々とガドルの解体作業をおこなった。皮膚を切開し、肋骨を鋸で切断し、肉と内臓を取りだす。
    ガドルの肉は食糧になる。血液は動力に。骨と皮は道具に。父を食べた化け物の体(にく)でもそれは変わらない。
    「ガドルの消化力は弱い。焦るな」
    ギアが淡々と諭す。
    あたしは願った。祈るのではなくひたすら願う。タンク内にも宗教はある。が、嫌いだ。祈ったところで神は手を差し伸べてくれはしない。だから願う。お願いだから、あたしからこれ以上奪わないで。
    どれほどの時間が経過しただろう。陽が傾きかけたころ、ようやくガドルの腸管へと辿り着いた。
    盗掘され、ほら穴のようになった腹腔に見覚えのある背格好が丸まって腸壁に包まれていた。胎児を傷付けぬよう、慎重に切り開く。
    そして、
    「……父さん」
    皮膚と衣服が溶けていたけれど血色は良い。あたしは安堵して全身を引っ張りあげる。
    その時。不自然なほど父の身体は軽いことに気付いた。下肢に視線をうつし、絶句して俯く。
    ギアが父の胸に耳を当てた。瞼を押し広げ、瞳孔を確かめる。
    「まだ生きている。よかったな」
    「よく…ないです」
    ギアは、理解できないという風に首を傾げた。
    「何故だ」
    「膝から下がないんですよ。父は仕事が生き甲斐なのに。いいえ、復帰するどころか傷口から病んで死ぬかもしれない」
    「なるほど。弱いんだな、タンカーは」
    「…そう…です」
    タンクでは役に立たない者、弱い者は生きていけない。生きていることを許されない。
    泣くのをこらえるあたしに対して、ギアは、
    「ならどうする。殺すか」
    父の喉をするりと撫でた。
    「たしかに、回収対象になるかもしれないしな」と呟く彼をあたしはとめる。
    「いえ。いいえ、あたしが父の脚になります。看病して、早く仕事も覚えます。あたしが支えます」
    生きていてくれればいいなんて、生かす側の身勝手だ。だからあたしは自分の我儘の責を負う。だけど…、
    「そうだな。こいつの生きる意味を決めるのはお前じゃない」
    ギアは父を担いで立ち上がった。
    おもむろに要塞へと歩きだしたので、慌てて後を追う。
    「あの、どうして助けてくれたんですか」
    「そういう任務(ミッション)だったからだ。突然現れたガドルを退治してタンカーを救助する」
    「任務…総司令官から指令があったということですか」
    「ああ」
    「そうなんですか。凄い」
    「………ん、」
    と男が何かに気をとられる。
    「通信がはいった」
    おとなの話か、とあたしは耳を塞ぐ。男は、
    「ミナト。タンカーが傍にいるからスピーカーで話すぞ。…ああ、苦情がくるだろうとは思っていた。だが腹を庇って戦うにはああ、……すまん、頼む。悪いついでにガドルの座標を送るから回収班まわしてくれ。ああ」
    男は無線を切った。私に気付いて、
    「…何してるんだ?」
    「何も」
    私は腕をおろした。


    デカダンスに到着後、医師を呼んで医務室へ搬送してもらった。ストレッチャーを見送るとギアはあっさり立ち去ろうとするので、「あの!」
    と呼び止めた。
    「なま…お名前は」
    「カブラギ」
    「かぶ……様」
    「いや、カブラギだ」
    「また会えますか?」
    ギアは少し考える。そして、
    「戦場なら」
    と少女を見据えた。
    戦場——。先程父を一飲みにした化け物がたくさん、あれより大きいガドルも跋扈する地獄。想像するだけで足がすくんだ。
    「だが、お前のことは始め、ギアかと思った」
    「私が?」
    「丸腰でガドルに掴みかかるやつは、戦士の一族にもいない」
    思い出したあたしは赤面する。視線をそらし、髪をいじる。
    「それじゃあな」
    「はい」
    私達は互いに背を向ける。一歩踏みだして、反対の進路へ別れた。


    エントランスホールの壁際で、考えごとに耽っていたら、
    「きゃああ!カブ様ー!」
    と馴染みのある歓声を耳にした。
    反応が遅れて避けるタイミングを逸したため、飛びついてきたタンカーを抱きとめる。タンカーはカブラギの胸できょとんとすると、真っ赤になって飛びすさった。そして怪訝そうにカブラギを見上げて、
    「カブ様が避けないなんて……どこか調子が悪いんですか」
    「いいや、全く」
    タンカーの名はクレナイ。六年前に初めて狩場で出会ったあと、一年前に再会を果たした。といっても、声をかけられた時カブラギは覚えていなかったのだが、過去の視覚データを検索したところ彼女は当時別の仕事に就いていた。尋ねてみれば二年前弟へ後継したあと、カブラギに憧れてギアへ転向したのだという。相も変わらず命知らずな性格である。
    カブラギはクレナイへ、
    「お前こそ、今日イガー相手に手こずってたろ」
    「ええ。あいつ回転して移動するから針の狙いが定まらなくて」
    「そういう時は大きな岩石へ誘導してぶつけるんだ。あるいは粘着糊を撒いて、動きを止める」
    「なるほど。それ他のガドルにも使えますね」
    「あとは…」
    と、相談に乗りながら、カブラギは彼女の腕の武器に目が止まった。
    「面白いエモノ持ってるな」
    「あ、これですか」
    カブラギの興味を引いたのは、肩まで覆うグローブ型の射出機だ。
    「触っていいか」
    「どうぞ」
    調べたところ、針を射出した反動を飛ぶ際の推進力へ上乗せする仕組みとなっていた。
    つまり従来の前腕で固定するパワードグローブと比べて、上肢にかかる負担が少ないうえエネルギーの節約になる。
    「どこの店に売っていた」
    「ここじゃなくて、タンクにある武器屋でカスタマイズしました」
    「タンクにも武器屋があるのか?」
    「一軒だけ。よかったら行ってみます?」
    「いいのか」
    「はい。私も用事があるので」
    先刻まで物思いに沈んでいた脳核は、新たな話題に刺激される。
    やがてカブラギは、クレナイが案内してくれるまま久方ぶりにタンクを訪れた。
    タンクへ足を踏み入れるサイボーグは珍しい。ゲームでは一応「絶滅危惧種たるタンカーとの交流」を謳っているが、積極的に触れ合おうとするサイボーグはいない。タンカーは所詮ゲームを盛り上げるモブキャラクターであり、会社が所有する飼育動物に過ぎないからだ。
    途中大通りを外れて横道へ入り、暗くて埃っぽい路地を巡った。ぼろ布を被ってうずくまるタンクがいたり、頭上の窓から怒号と泣き声が聞こえたりした。物騒な場所だ。
    やがて、
    「ここです」
    とクレナイがひとつの入り口の前で立ち止まった。
    看板も標札も掲げておらず、ただ煌々と明かりの漏れる一画。なるほど、サイボーグの誰も知らないはずだ。
    足を踏み入れると室内は案外広々としていた。針と見慣れぬ武器のほかに、工具や反物、大中小様々な部品が並べてある。
    カウンターの奥から一人の青年が現れて、
    「よぉクレナイちゃん」
    と口角を上げた。
    青年は、象牙色の髪と垂れ気味の目尻、裸の上半身にサスペンダーでサルエルパンツを吊るした格好をしていた。わずかに青白い肌を大振りなタトゥーが覆っている。
    「こんにちは」
    と返したクレナイが、カブラギへ
    「こちら戦士の一族のカブさ……カブラギさん。あたしの新しい武器を紹介したら、お店を見てみたいって。カブ様、このひとがこの武器屋の店長さん。一人で経営されてて、あたしのグローブを作ってくれたのもこの人」
    目元を綻ばせた青年は、鼻にかかったやや高い声で、
    「嬉しいです。お噂はかねがね」
    と手を差し出してきた。なんだか他人の懐にするりともぐってくる人間だ。カブラギは流されるまま握手を返して、
    「噂?」
    「ガドル狩りの様子はタンクに中継されますので。トップランカーの方はタンカーの間でも有名ですよ」
    「そうなのか」
    「クレナイちゃんもね、最年少でかの力の分隊長を任命されてて、凄いギアなんですよ」
    隣のクレナイが頬をかく。カブラギは頷いて、
    「うん。分隊長とやらがどれくらい凄いのかは分からんが、こいつは凄いな。タンカーとは思えん」
    クレナイがまた顔を赤くした。青年はにっこり笑うと、
    「クレナイちゃんは腕の調整だよね。カブラギさんは?とりあえず店内をご覧になりますか」
    「ああ」
    その時。カブラギの眼前に「calling」と表記されたバナーが表れた。
    もちろんクレナイと店主は見えない、自分の視野モニターにだけ表れた通知だ。通話を求めてきたのはランカーの後輩、マイキーだ。
    「すまん、通信がはいった」
    「了解です。どうぞご自由に」
    二人から離れて、カブラギはマイキーへ応答する。
    「なんだ」
    「お話があります。できれば直接」
    「……わかった。一時間後本社に戻るからその時」
    通話を切ったカブラギは、眉間の皺を深くする。後輩が直接自分と話したいこと…それはゲームプレイヤーの間で有名な、違法行為の教授だ。それは一時的に自分の素体性能を底上げする「リミッター解除」と呼ばれる裏技で、警察にバレれば最悪スクラップに処されるという、ハイリスク・ハイリターンの代物だ。
    本来ならば先輩として、歳若い彼を「まだ焦る時じゃない。地道に努力と工夫を重ねるべきだ」と諭すべきだろう。しかし彼の苦悩に共感してしまう自分がいた。カブラギは小さく溜息を吐くと、カウンターの隣の奥まった部屋へ、
    「すまん。また来る」
    と声をかけ、店を後にした。


    しばらく経って、髪も肌の色も、服装も変えたカブラギが店を訪ねたとき、店主は少し目を見張った。けれどすぐに、初めて出会った時と変わらぬ柔らかさで、
    「やぁ。カブさん」
    と微笑んだ。


    「……あ、」
    という呟きとともにスナック菓子の割れる音。ナツメは、素揚げされて塩がまぶされた薄切りのじゃがいもを咀嚼し、水で胃に流しこんだあと、隣のクレナイへ、
    「クレナイさんの戦い方って組長から教わったんですか?」
    クレナイは炭酸水の入ったコップを傾けながら、
    「そうね。大半が見様見真似だけど、直接教えていただいた事もあるわ」
    「どおりで。二人の動きが似てると思いました。組長、荒っぽいけど、教えるの上手ですよね。プレイヤーなのに不思議」
    首を傾げるナツメに対して、ミナトが、
    「ギアが職業だったサイボーグは皆チューターも兼業してたんだ。課金すればどんなプレイヤーも利用できたが、新規ユーザーは無料で基礎を教わることができた。カブはよく初心者向けの講座を担当していた」
    「そうだったんですか」
    テレビ画面を注視していたクレナイが、
    「きゃあ!カブ様格好いい」
    と黄色い声をあげた。ソファに座るミナトを振り返り、
    「これまだEPエンジン導入してない時代ですよね?」
    「ええ、この時はTTPが主流でした」
    「TTPエンジンなんか記録でしか見たことないです。旧式でニドヘグを仕留めるなんて、凄すぎる」
    「分かる。新式動力に変わったあともニドヘグと相性のいい武器も限られていたから難易度は高かった」
    活き活きとマニアックな会話を交わす二人。全くついていけないナツメは、若いカブラギを眺めながらお菓子を頬張る。
    三人が現在、何に興じているのかというと、クレナイ宅でランカーをしていた頃のカブラギの映像の鑑賞会を催している。
    開催するにあたり、企画を聞かされたカブラギが、
    「それは楽しいのか…?」
    と至極怪訝そうに述べた。
    「俺語り…??俺と話せばよくないか…?」
    それに対してナツメが、
    「全然分かってないですね」
    とカブラギをせせら笑った。ミナトも真顔で頷いて、
    「全く違う。本体で高いオキソン飲むか、素体で煙草飲むかくらい楽しみ方が違う」
    「そうそう。それはそれ、これはこれ」
    ナツメが同意する。クレナイも、やれやれと首を振り、
    「あたしの心臓強度買い被ってますね」
    三人の猛烈な否定を受けたカブラギは、
    「全然分からん…」
    頭痛がする、とばかりに額をおさえたのだった。

    ゆうに二時間が経過した頃、ミナトが、
    「ん、」
    と虚空を見つめて固まった。
    「組長からですか?」
    「ああ」
    ミナトが黙りこくってしまったので、クレナイとナツメは動画を一時停止する。ややあってミナトが、
    「三十分ほどでこっちに来るそうだ」
    クレナイが、
    「あたしの家の場所分かりそうですか?」
    「位置座標を送ったからおそらく大丈夫だ。だがさすがに手狭だな」
    「まだ時間早いですけど、外で待ち合わせて食事しましょうか」
    「そうだな」
    するとナツメが、
    「あ!じゃあ」
    閃いたとばかりに手をたたいた。
    「材料買って組長ん家で料理するのはどうです?」
    「カブ様のお家!?」
    クレナイが跳びあがる。一方ミナトは不審げに、
    「惣菜を買って持ち帰るんじゃだめか」
    と食い下がる。それをクレナイがなだめて、
    「大丈夫ですよ。ナツメは一人暮らし長いしあたしもよく家族に作ります。カブ様なんてこのあいだ、手ごねハンバーグ作って売ってましたよ」
    「は?」
    聞き捨てならない、といわんばかりにミナトの瞳孔が開く。ナツメも重ねて、
    「そうそう。組長今一人でお仕事してるでしょう。リョクさんに屋台のお手伝いを頼まれたとき、自分の宣伝も兼ねて協働したんです。種を手でこねて焼く過程も公開して、評判良かったですよ」
    すると、おもむろにミナトが電子タバコを取りだした。側面のスイッチを押しながら、
    「……ろう」
    「はい?」
    深く吸って、吐く。
    「作るぞ。ハンバーグ」
    「あの、あたしの部屋禁煙です」
    「すまん」


    「長っ…そんなに長くやってたのか」
    困惑するカブラギに対して、
    「足りないくらいだったぞ」
    と朗らかなミナト。クレナイがはたと、
    「忘れてた。あたしの部屋に持ってきてくださったテレビ、持ち帰られますか?それともカブ様のお家へ運びますか?」
    「やるよ。クレナイさんが邪魔でなければだが」
    「やった!じゃあ良ければ、また観ませんか」
    「ああ。頼む」
    傍らのカブラギは複雑な顔をして二人を凝視している。友人がタンカーと親しくしているのを喜びたいが、理由に困惑を隠せないといった面持ちである
    ふと、横の細道に目を向けたクレナイが、
    「…あ、」
    と呟いて駆け出した。
    驚いた一同は、
    「クレナイさん!?」
    「おいどうした」
    と追いかける。クレナイがしゃがみこみ、何かを抱き上げた。
    それは負傷した小さなガドルだった。ガドルは瀕死の重体で、胴体には多数の打撲痕が認められた。事故ではなく故意の暴行によるものであることは明らかだった。
    ゲーム「デカダンス」が新生しサイボーグとガドルとタンカーの三者の垣根が低くなって以来、こういった事件はたびたび散見された。犯行動機は明白である。狩猟での快楽を忘れられないサイボーグがいて、蹂躙された過去を憎むタンカーがいるのだ。


    「カブ様は父を助けてくれた時言いました、父の生きる意味を決めるのはあたしじゃない、と」
    「……あのときは」
    「分かっています。あのときカブ様は『生きる意味を決めるのはシステム』だと言いたかったのですよね」
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