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    shido_yosha

    @shido_yosha
    お知らせ=日記です。ご覧になんなくて大丈夫です!

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    shido_yosha

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    はぇー
    お原稿進捗
    面白いか分からないけど書き切りたいなぁ

     『次のニュースです。二月二十八日、午後ニ時ごろ、東京都△△市にある私立〇〇幼稚園で男性の遺体が発見された事件について、男性は腹部を園内に植えられた木の枝で殺害されており、同様の遺体が見つかるのはこれで四件目です。警察は連続殺人鬼〈活け花〉の犯行とみて、十年前の事件との関連性を──』
     ブツッ
     隣の和室で、かたん、とリモコンをテーブルの上に置く音。続いて襖がひらかれ、真っ暗な部屋に一条の光が射す。浴衣姿の百貴船太郎が枕元に腰を下ろした。そして、
    「ん」
     と、氷水の満ちたコップを差しだす。差しだされた相手はコップを受けとって、こくこくと喉を鳴らした。汗ばんだ額を木綿の手拭いがぬぐう。
    「シャワー浴びなおすか?……そうか。なら俺の服を着るといい。かなり大きいが、さっぱりするだろう。とってくるよ」
     立ちあがろうとした百貴の袖を、華奢な手が引きとめる。
    「うん?」
     と、振り返った切れ長の眼差しがわずかに綻ぶ。
    「もちろんだ。おいで」
     百貴は布団に横たわり、掛け布を引きよせる。相手の頭の下に腕枕をそえて、
    「大丈夫。君が眠るまで俺は寝ないよ」
     と相手の腰を抱き寄せた。
    「おやすみ」

    「かわいい!」
    「小さい室長だ!こももきさんだ」
     色めきたつ井戸端スタッフたち。百貴と、百貴と手を繋ぐ男児を和気藹々と取り囲む。
     若鹿が、ごくりと喉を鳴らして、
    「隠し子……?」
     と呟くと、百貴は呆れて、
    「阿保。隠してたら職場に連れてくるか。いや、そもそもいないぞ。この子は姉の子だ」
    「なるほど、室長の甥っ子さんですか。
     とはいえ実際、少年と百貴の顔立ちはよく似ていた。サイドを刈り上げた黒い短髪。額にかかる柔らかな前髪。アッシュグレイの虹彩を内包する涼しげな目元。身長一メートルの矮躯が袖を通しているのは、都心にある有名な私立幼稚園のセーラー服だ。半ズボンからすんなりとのびる脚を、黒いソックスとダークブラウンの革靴が覆う。小さな頭には丸い帽子がのっている。
    「坊や、お名前は?」
     と東郷が尋ねると、当の少年は鞄より提げられたネームタグを見せた。東郷は記載を読み、
    「百貴廉太郎……くんっていうんだね。私は東郷紗利奈っていいます。歳はおいくつ?」
     男児は、言葉を発しないものの人見知りしない性格のようだった。東郷へ堂々と指を四本立てる。普段は凛と表情を崩さぬ東郷が、
    「まぁ」
     と綻んだ。続いて白岳が腰をかがめ、
    「はじめまして。俺は白岳仙之介です。君の叔父さんにはいつもお世話になっています」
     そして百貴を見上げ、
    「室長。お姉さんの体調はいかがですか」
     と問うた。百貴は沈痛な面持ちで、
    「かんばしくない。幼稚園が休園となったから、俺とこの子の父親と交代でこの子を預かっている。だからすまんが……」
    「はい」
     本堂町が手を挙げる。
    「今日イドに潜るのは鳴瓢さんですよね。富久田は試験段階だから運用されないですし。私、待機なので見てますよ」
    「助かる」
     百貴は男児へしゃがみこんで、
    「仕事が終わるまで、このお姉さんがれんと一緒にいる。名前は本堂町小春さんだ」
    「ほん、ま……?」
    「本堂町」
    「ほんどまち」
    「小春」
    「こはる」
    「小春さん」
    「こはるさん」
    「よし」
     百貴は甥の頭を撫で、
    「困ったことがあれば何でも言いなさい」
     と立ち上がる。そして、
    「それじゃあ本堂町、よろしく」
     と頭を下げると、隣の男児も、叔父を見習って、折り目ただしく辞儀をした。本堂町も、
    「はい、お任せください」
     と返礼する。
    「あ、室長待ってください」
     と呼びとめたのは若鹿だった。
    「廉太郎くんこっち向いて〜」
    「そのまま、そのまま」
     カシャカシャと百貴家を撮影する井戸端スタッフ。百貴が部下をしっしと手で払って、
    「こら、始業の時間だぞ」
     と子供の背中を本堂町の方へ優しく押す。本堂町は、室長と紅葉を引く手を交替して、
    「何して遊ぶ?蓮太郎さんは何が好きなの」
     すると男児は、ネームタグを裏返して、刺繍された天守閣を示した。
    「お城が好きなの」
     こっくりと前傾する帽子。
    「じゃあ会議室に行こうか。おっきいスクリーンで、お城を特集してる映画を見よう」
     二人が去った後、国府が白岳へ、
    「室長のお姉さんって、よく蔵に寄付金送ってくださる方ですよね。あと井戸端によくお酒を贈って下さる」
    「ああ。百貴室長の代わりにご家業を継がれた方で、気風のいい方だよ」
     一方、若鹿と羽二重がひそひそと、
    「本当に室長のお子さんじゃないのかしら…?」
    「賢そうだったわね……」
    「趣味が渋いところもそっくりだったわ……」
     と、悪ノリじみた会話をしていた。国府が肩をすくめて、
    「ほらほら、主婦の井戸端会議みたいな真似してないで。配置についてください、二人とも」
    「うーい」

     そのイドは、極彩色で、絢爛で、陽気と狂気が織りなす遊園地の世界であった。観客のいない夢の国で、乗り物が駆動する。マスコットが踊る。ポップコーンが弾ける。酒井戸が覚醒したとき、彼の身体は、傾斜をゆっくりと登るローラーコースターに座っていた。
     一度目のダイヴ。活動時間三十秒。覚醒して十九秒後、コースターが三百六十度ループした際頂上から落下して死亡。三度目のダイヴ。活動時間ニ分。覚醒して二秒後、シートベルトを締めることに成功。停止した車両から下車して三十二秒後、パレードのフロート車に轢かれて死亡。四度目のダイヴ。活動時間三分四十秒。フロート車のパンパー下に滑りこみ衝突を回避。十七秒後、ミラーハウスのなかで針の並んだ天井が落ちてきて死亡。
     七度目、九度目、十度目……。あらゆるアトラクションを駆けぬけ、あまねく死を甘受する。まるで地獄巡りだ。
    『酒井戸、排出』
    「ぶはぁっ」
     飛び起きる鳴瓢。がっくりとうなだれて、
    「はぁ、はぁ、はっ」
     と肩で息をする。百貴がスピーカー越しに、
    『休憩するか』
     と提案すると、
    「というか……」
     と顎に指を添えて考え込んだ。若鹿が後頭部で腕を組み、
    「ダイヴ十四度。同じ場面で死んで五回目。袋小路ですね」
     鳴瓢は汗で湿った前髪をかきあげる。
    「同感です。一休みする前に、事件をさらっていいですか」
     「了解です」と国府が液晶タブレットをスワイプする。
    「事件の発生はニ◯××年ニ月二十八日午後二時半。都内の某幼稚園。園舎の裏手に広がる庭園で、男性教諭が桜の木の枝に腹部を貫かれたまま死んでいるのが発見されました。発見したのは園児三名。様子を不審に思った園児が園舎へ戻り報告、女性教諭が駆けつけ、一一〇番通報しました。第一発見者であった園児の名前は鳥羽鞠王、四歳。椎名流、五歳。そして……百貴廉太郎、四歳。彼らは保護者の迎えが遅れると知ってから、教諭の監督なしで裏庭へ遊びに行っていた経緯があり、逃亡する犯人と遭遇した可能性があります」
     東郷は国府へ、
    「過去の事件との関連性、および蔵が出動要請される根拠を確認してもいいかしら」
    「はい。今年にはいって、現場から半径四十キロメートルの範囲で、同様に腹部を樹木に貫かれた遺体が三つ発見されており、各現場から思念粒子が採取されています。十年前も同様の事件が数件発生しており、当時警視庁が捜査にあたったものの捕まらず、犯行がぴたりと止んでしばらくしたのち捜査本部は解散となりました。十年前の遺体の発見現場からは思念粒子採取ならず。そして十年が経過した現在、今回一連の事件が発生しました。目下同一犯が再び犯行を再開させたか、或いは模倣犯なのかは不明。蔵は犯人を『活け花』と仮名し、捜査協力することとしました」
     東郷が、
    「これらを無差別の大量殺人と推定するにあたって、被害者同士に接点はある?」
     と問うと、
    「一件目の事件の被害者の名前は、河野真美子。二件目、楓千草。三件目、東堂裕司。四件目、田中聡。各名に共通点はなく、彼らの関係者全員にアリバイがありました」
     百貴が頷き、
    「では続いて、今のイドについて明らかになっていることをまとめよう。白岳。イドの場所と時代について、特定できていることは」
    「現在我々が捜査しているのは、四件目の現場で採取されたものです。このイドで舞台となっている遊園地は、神奈川県に実在するレジャー施設です。設置されている遊具内容から、六年以内の様子を再現しているものと思われます」
    「羽二重。カエルやジョン・ウォーカーなど、なんらかの人影は視認できたか」
    「いいえ、それがまったく。すみません」
    「松岡さん」
    ガガッ ピッ
    『聞いてるぜ』
     一拍遅れて外務分析官の松岡が無線で応答する。
    「現場の検証と聞き込みについて、進捗は」
    『今その遊園地で、ガイシャの死んだ日に休暇を取ってた職員を洗ってもらってる。だが時間がかかるだろうな』
    「構わない。何か分かったら連絡を」
    『おう』
     多職種入り乱れた情報が飛び交うなか、ひとり沈思黙考している羽二重。若鹿が、
    「仕方ねぇよ。こうも人がいないんじゃ、人物解析が担当のお前はお手上げだ。酒井戸を絞めた、マスコットの中身でさえ空っぽだった」
     と気遣うと、羽二重は歯切れ悪く、
    「ん……、」
     と相槌を打った。酒井戸がダイヴした記録映像を見つめている。
    「どうした?」
    「『人がいないことに意味がある』ってことはあるのかな」
    「というと?」
    「今までの連続殺人鬼のイドは人が沢山いただろう。〈股裂き〉、〈舌抜き〉、〈腕捥ぎ〉、〈花火師〉、〈穴空き〉。ここまで無人っていうのは違和感がある」
    「たしかにな。そもそも遊園地なのにゲストがいないし」
    「不特定多数を殺傷することが目的じゃないのかもしれない」
    「犯人は殺害した全員に怨恨があった?でも被害者同士に繋がりはないぜ。こんだけ死んでたら一人、二人は同じ学校とか職場とか関係があったっていいだろ」
    「だよな……」
    「でも『無いことにも意味がある』ってのは盲点だったな。俺たちは有るものを観察して存在理由を追いかける仕事だ。例えばマスコットの中身が居ないのは……犯人がゲスト側の人間だから、とか?」
    「だとしたら…… この遊園地によほど強い思い出があるのかもな」
     
     
     スタッフルームにて若鹿が、慎ましやかに、
    「室長、お茶です」
     とテーブルにプラスチック製のマグカップを置いた。が、それはパイプ椅子にちょこなんと座る子供の前だったので百貴が、
    「おい、俺はこっちだ」
     と突っこむ。続いて東郷が和菓子の乗った皿を、
    「室長のお好きな虎屋のどら焼きです」
     と男児の前に置いたので百貴は眉をひそめる。
    「東郷まで……」
     隣の甥がちらりと叔父を見上げた。
    「いや、すまない。好きなだけ食べなさい」
     紅葉のような手が茶菓子の一片を取り上げると、百貴へ差し出した。百貴が、
    「ん、ありがとう」
     と掌を出すと、子供は無言で大きく口を開ける。固まる百貴。固唾を飲む部下たち。須臾対峙したのち、根負けした百貴が、幼児の手ずからどら焼きを食べて、
    「うん、美味いよ」
     と咀嚼した。東郷が口元に肘を当て悶えている。本堂町だけはマイペースに湯呑みから茶をすすりながら、
    「蓮太郎さん、お利口ですね。私の小さい頃と全然違います」
    「ひとりっ子なんだが、両親が仕事で忙しいのを察してか全く我儘を言わないんだ。手がかからない」
    「駄目ですよ、手がかからない、なんて言っては」
    「そうか?」
    「以前はもっと活発な性格だったんだが……事件以来めっきり喋らなくなってしまった」
     部屋に暗い影が降りる。百貴と彼の姉の最大懸念はここにあった。つまりこの幼な子が口を閉ざしてしまったのは、偶然出くわした犯人から脅迫を受けたのかもしれないということだ。であればどれほど恐い思いをしただろう。自分の迎えが遅れてしまったばかりに。百貴の姉は憂慮のあまり心身を持ち崩してしまった。
     白岳が雰囲気を明るくしようと、
    「本堂町の小さい頃ってどんな風だったんだ」
     と水を向けた。すると本堂町が、
    「いじめっ子をいじめてました」
     と即答した。
    「スクールカーストのなかで何処にもない立ち位置だな」
    「生態ピラミッドの上位にはいそう」
    「分かる、猛禽類っぽい」
     侃侃諤諤と議論する三人。本堂町がぷんすこと、
    「可愛いくない。せめてタスマニアデビルにしてください」
    「いいんだ、それで」

    「それでは捜査を再開する」
     百貴が号令をかけた時、コックピットルームから、
    『提案していいですか』
     と通話が入った。
    「なんだ?」
    『一件目で事件現場にて採取した思念粒子で、イドを構築してもらえませんか』
    「構わないが、古いイドはその分情報量が少ないぞ」
    『知ってます。でも先程の羽二重さんの言葉で確かめたいことができました』
    「……俺?」
    『無いことに意味があるのなら、有るはずの場所を探しに行きましょう』

     そのイドは、曇天と山林に囲まれた池の世界だった。自然の水溜めの中央で、白いワンピース姿の女性が浮いている。酒井戸はすぐさま衣服を脱ぎ捨てると、池に飛びこみ、ざばざばと泳いだ。女性の身体に捕まり息継ぎした際、対岸に成人男性が立ち尽くしてるのに気がつく。酒井戸は大きく腕を振り、
    「女の子が溺れている。引き上げるから手伝ってくれ」
     と大声を出す。脚をばたつかせ、蒼白い身体を押す。陸にあがり、濡れそぼった長い黒髪をかき分ける。刹那、
    「……カエルちゃん」
     酒井戸は自分の名前と役割を思い出す。カエルは腹部を刺され絶命していた。カエルの死体を検める酒井戸に、恐る恐る声を掛けてきた男がいた。
    「その子、死んでるんですか」
     その瞬間、羽二重がびくっと肩を震わせた。
    「彼は三件目の事件の被害者、東堂裕司です」
    「は?これ一件目の現場で採取したイドだよな」
    「酒井戸、排出!」
     目を覚まし、まるで水底から這い上がったみたいに荒く呼吸をする鳴瓢。そして、
    「次のイドを用意してください。二件目のイドです」
     結果、四つのイドは四つとも様相を異にしていた。そして四件目のイド以外全てのイドで、三件の被害者が登場した。それも一件目のイドには三件目の被害者、東堂裕司が。二件目のイドには四件目の被害者、田中聡が。三件目のイドには、一件目の被害者、河野真美子が、現れたのだった。
     若鹿が手を叩いて、
    「そうか。一連の事件の犯人たちは、十年前の殺人鬼の模倣をして、交換殺人をしていたのか。赤の他人を手引きして殺させる。だから疑わしい関係者にはアリバイがあり容疑者があがらなかった。だから無差別殺人を偽装できたんだ」
     白岳が、
    「なら二件目の事件の被害者、楓千草は四件目のイドで見つかるのか」
     と訊くと、羽二重は目まぐるしく容疑者リストを作成しなおしながら、
    「それは分からない。これが一体何人規模で行われてるのか、四件目のイドを展開してみないことには。ただ……」
     コックピットルームに設置された監視カメラのモニターを見やる羽二重。そこには座席にぐったりともたれる鳴瓢が映っていた。
    「鳴瓢!」
    「先程のダイヴで、鳴瓢さんの一日の制限ダイヴ回数に到達しました。これ以上は、不可逆的な脳神経・精神障害を患う恐れがあります」
    「仕方ない……本堂町を呼べ」
    『いえ、あと一回だけ』
    「駄目だ」
    『お願いします。まだ行ってない場所があるんです』

     もう何度冒険したか覚えてないほど、「初めて」訪れる遊園地。酒井戸は敷地の中央にそびえる城へ走る。ジェットコースターも、マスコットも、ミラーハウスも。全ての罠をくぐりぬけて。振り返ってみれば、阻まれながらもいつしか此処へ至るよう誘導されていたのだ。イドの持ち主の懺悔の表れだろうか。城郭の頂上で、酒井戸は彼と彼女に出会う。
    「……カエルちゃん」
     カエルと呼ばれた女性は、玉座に座した姿勢で、短剣で胸を突かれ死んでいた。頭と腿を花とぬいぐるみで埋めつくされており、その横には武士の格好をした四歳ほどの少年が立っていた。アッシュグレイの虹彩を内包する涼しげな目元。サイドを刈り上げた黒い短髪。額にかかる柔らかな前髪。西洋風の城に袴姿はそぐわないはずだが、死んだ女王の手を献身的に握る姿は、潔く清廉で勇ましい。酒井戸は男児へ、
    「君が彼女を殺したの」
    「ううん」
    「誰がこの女の子を刺したのか見てた」
    「うん」
    「何処へ行ったのか知ってる」
    「言えない」
    「どうして」
    「『黙っていて』って。泣いてた」
     酒井戸は首を巡らせてカエルを観察する。
    「お花とぬいぐるみに血がついてない。置いたのはきみ?」
     少年が黙って頷く。酒井戸が、
    「優しいんだね、君は」
     と微笑むと、小さな騎士は困ったように顔をしかめた。どこか懐かしい面影があった。

    『酒井戸、排出』
    「ぷはっ!ふ、はっ、はぁ」
    『大丈夫か、今日はもう休め』
    「そうします……本堂町が交代するんですか」
    『いや。続殺人犯の仕業でなく関係者の犯行であれば、捜査一課の方が向いている案件だ。返すさ』
    「なるほど」

     独房のベッドにぼんやり横たわっていた富久田が、
    「おいおい。駄目だろ、こんな治安の悪い場所に子供を連れてきちゃあ」
     と瞠目した。百貴は甥の手を引きながら、
    「大丈夫だ。お前と鳴瓢は唾とか悪態を吐いたりしないだろ」
    「子供の情操教育の心配はしてませんよ。なんだか、サファリパークにいる珍獣の気分だ」
     少年がガラス窓越しにしげしげと富久田の額を見つめる。富久田が見下ろして、
    「なんだよ」
     と凄んでみせると、男児はぎゅっとしかめっ面をした。拍子抜けした富久田は、視線を逸らして、
    「よせよ、同情するな。今は痛くない」
     通路をはさんで反対側の房に住まう鳴瓢が、二人のやりとりを眺めてて得心がいったふうに、
    「お前、子供苦手なんだな」
     と述べる。富久田は肩をすくめて、
    「ああ。扱い方が分からないし、うるせぇしな」
    「」
    「誰だってそうだろ。そんなことより室長、いつお嬢ちゃんに会わせてくれます」
    「保津くんがいい子にしてたらな」
    「一生会えねぇ。ていうか、子供、眠そうですね」
    「ん?」
     百貴は甥を覗きこむ。たしかに、少年は瞼をこすり、目をしぱしぱと瞬かせていた。百貴は少年を抱き上げ、軽く揺れる。鳴瓢が、
    「その子が百貴さんの甥っ子さんですか。イドでも会いましたが、本当に百貴さんとクリソツですね」
    「よく言われる」
    「性格もですよ」
    「そうか?悪い所じゃないか」
     男児は百貴の胸の内でとろとろと微睡んでいる。鳴瓢は眩しそうに笑う。
    「でもすぐに、血なんか掻き消すくらい成長するんでしょうね。大人の心配や期待なんかをすり抜けて、気が付いたら硬い自我を引っさげて、目の前に立ってるんです」
     百貴は、あたたかで小さな背中を、ぽんぽんと叩きながら、
    「………俺は姉に大きな恩がある」
     と語りだす。鳴瓢は静かに、
    「はい」
     と頷く。
    「跡取りとなるはずだった俺が『警察官になりたい』と言いだしたとき、姉は家族でただひとり、応援してくれた。実家は自分が継ぐから心配するなと」
    「侠気ありますねぇ」
    「愚弟よりずっとな」
     照れ臭そうに笑う百貴へ、鳴瓢も微笑む。

    「今日は疲れたな」
     百貴があくびをし、側臥位で、頭を腕で支える。隣に横たわる男児は、すでにすやすやと寝息を立てている。百貴は広い額を撫で、
    「おやすみ」
     と囁いて、自分も瞼を閉じた。
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