近所の直治さん 【隣家の少年02】肌のベタつく蒸し暑い夏の夜、塾の模擬テストで帰りが遅くなってしまった。僕は重たい鞄を支えながら、すっかり暗くなった通学路を早足で家に向かう。
アパートの前を通りかかった時、ふと、視界の端で白っぽい大きな影が動いた。どきり、と心臓が大きく鳴る。思わず、足が止まる。ジジ…と古い蛍光灯が鳴る音がやけに大きく聞こえ、お盆の迎え火の残り香が鼻についた。
早く通り過ぎなければ、と思うのに足がうまく動かない。汗をかいた背中が急速に冷えていく。ふわり、と影が手を伸ばしたように見えた瞬間、僕は弾かれたように駆け出した。
次の日から、田舎の祖母の家に家族と帰ってしまったので、あれがなんだったのかは分からない。街に戻ってきて、ラジオ体操の帰りに見上げると、アパートのベランダにはいつもと同じようにタバコを吸ってる男の人が居た。夏の日差しが堪えるらしくて、白いよれっとしたシャツと同じくらいよれっとしていた。
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(追記)
小学生の時は気付かないパターン。
何年かしてから、ふと、夏の夜に出会ったのが直治さんで、いつも優しそうなおじさんを恐ろしく感じて逃げ出してしまったことに、少しだけ罪悪感を覚えると良いな。もう引っ越してしまって会えないけど、今どうしてるんだろう、とか考える。そしてひょんなことで再会する。直治さんは、やっぱりベランダで煙草を吸ってる。