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    さんじゅうよん

    @kbuc34

    二次創作の壁打ち。絵と文。

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    さんじゅうよん

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    12/7、五たんおめ(遅刻)

     来たる決戦は十二月二十四日。
     負ける気はさらさら無いとは言えども相手は史上最凶を謳われ恐れられた呪いの王。僅かにも手を抜くことなどあってはならない。全力以上を出し切ってなおも足りない可能性を思えば、一分一秒を惜しんで準備を整えなくてはならない。
     が。
     ────その前に、もっと、大事なイベントがある。
    「おーいみんな! 今日、何の日か知ってる────って、あれ?」
     打ち合わせ終わりに何やら可愛い教え子たちが揃いも揃って調理室に集まっている気配を感じ、元気に突入したところ、事前に察知していた通りの顔ぶれが驚いた様子でこちらを振り返った。
     そこまでは、いい。
     問題は、中央に陣取った丸いホットプレートと、その脇に積み上がった不揃いのホットケーキである。
     どうやら、僕抜きで、東京と京都の学生たちでホットケーキ大会でも開いていたようである。
     交流会では仮にも殺し合いまで発展したというのに、僕が閉じ込められている間に、こんなにも仲良くなって。青春だなあ、と和む一方、そんな楽しそうなイベントに、よりによってこんな晴れの日に除け者にされた不満も膨らんだ。
    「うわあひどぉい、先生に黙って、みんなでお菓子作りなんて。いけないんだぞー、学校で、許可なしでそんなことしたら〜」
     みんな悪い子だなあ、と巫山戯て肩を竦めながらそう言えば、丁度ホットプレート前でフライ返しを構えていた憲紀が慌てたように声を上げる。
    「いえ、許可ならちゃんと、う──」
    「か、加茂先輩、早くひっくり返してください、焦げますっ」
    「あ、すまない」
     焦ったように隣から後輩にせっつかれ、再び熱した鉄板の上の甘く歪な丸へと戻る。ふつふつと泡立つように穴の空いたそれは、するりと底に潜り込んだフライ返しに持ち上げられ、ひっくり返される。
     ぱん、と小気味良い音と共に再びコーティングの効いた鉄板に着地したホットケーキは、霞が心配したように少しだけ焦げていた。
     あらあら、と思いつつ焼き上がり待ちになったそれを眺めていたところ、大きなボウルを抱えた悠仁がかちゃかちゃ音を立てながら残念そうにぼやいた。
    「ええ〜先生、聞いてたのより戻るの早くない? 折角、みんなでサプライズしようと思ったのに」
     腕力に物を言わせて高速で泡立て器が掻き混ぜるのは、生クリームだった。
     甘い香りに釣られながらも、振り返った僕は鸚鵡返しに尋ねた。
    「サプライズ?」
    「先生、今日誕生日でしょ? だから、お祝いしようと思って」
     とは言え死滅回遊の結界に飲み込まれた東京はほぼ壊滅状態、物資に乏しい上皆の訓練もあることだし、派手に騒ぐ訳にはいかない。だがせめて、雰囲気程度でも構わないから、ケーキくらいは用意したい。
     そしてその妥協点が、ホットケーキ、だそうである。
    「まあ、大したもんじゃないんだけどさ。みんなで一枚ずつ焼いて、重ねて生クリームかけて、蝋燭立てたらそれっぽいかな、って」
    「……」
    「どうせなら驚かせようって話だったんだけど、先生、聞いてたより早く戻ってくるんだもん。サプライズ、失敗しちゃった」
     何はともあれおめでとう先生、と満面の笑みで祝いの言葉を送る生徒に、不覚にもじんとする。悠仁、やっぱいい子だな。想像以上に強くなったし。スカウトして良かった。
     にしても、憂太に真希、棘、パンダ、金次も綺羅羅までいる。しかし、東京のメンバーはともかく、京都の学生たちまで僕のために集まるとは思わなかった。あちらは伝統大好きな旧い呪術師が主流なので、僕のような破天荒なタイプはより一層に嫌われている。学生たちも御多分に洩れず、といった調子だったはずだが、それもこれも土壇場になって僕の指導力が実った結果、ということか。
     ──────まあ、実際には、鶴の一声があったのだろう。
    「…………、ッ」
    「で、こそこそどこ行こうとしてんのかなあ〜歌姫せんせぇ〜?」
    「っちょ、もっ、馬鹿、襟崩れる……ッ!! 離しなさいよ!!」
     僕が悠仁と話し込んでいる隙に、退室しようとしていた緋袴の女を捕まえる。狙ったわけではないがつい襟首を掴んだので、大声で喚きはしたものの暴れずそのまま大人しく留まった。
     悠仁は生クリームを泡立てつつ、にかっと歌姫に笑いかける。
    「あ、そうそう。ケーキの材料、用意してくれたの歌姫先生なんだよ。ていうか、そもそも、このサプライズ提案してくれたのも──」
    「ば、馬鹿虎杖! 余計なこと言うなって言ったでしょ!?」
    「──あ」
     かちゃ、と泡立て器が動きを止めた。
     やばいと顔に書いた悠仁に、僕の脇で、子猫のように小袖の襟を引っ掴まれ、動くに動けないでいる歌姫はぷるぷる震えながら拳を握り、深く俯く。
     その間にホットケーキが一枚焼き上がり、クリーム色の種が新たに丸く落とされて、フライ返しもバトンのように憲紀から桃の手へ渡された。
    「ねー。この量さ、絶対余るじゃん。うちらも食べていいんだよね?」
    「いいんじゃねえか? てかもう先食べようぜ、腹減ったし、どうせなら出来立て食いたいし」
    「だよねー。じゃあ真希ちゃん、これあげる」
    「待ってくれ、それは今、私が……」
    「また焼けばいいでしょ? それに、焦がしてるんだし」
     あっちはだいぶ時間かかりそうだし、と呆れ混じりにぼやく台詞は聞こえたものの、事実、僕としても生徒の好意が一枚一枚積み上がった焼き立ての甘いおやつも大事だが、顔を隠したつもりで髪の合間から真っ赤に茹だり上がった耳をしっかり晒している、この素敵な催しの発案者らしい彼女をどうやって問い詰めてやろうかとわくわく考えるのに一生懸命になっていた。





     誕生日祝いにケーキを用意したい、と相談され、代案にホットケーキを提案したのは確かに私である。
    「んー……流石にケーキはすぐには無理だけど、ホットケーキくらいなら何とかなるんじゃない? 何枚か焼いて重ねて蝋燭でも立てたら、それっぽくはなるでしょ」
     毎日訓練ばかりで、碌に息抜きもない。
     決戦まで時間がないのだから仕方ないが、こんな時だからこそ、悲壮な決意に潰れそうになるのではなく、当たり前の日常を過ごそうとする希求を退けたくはない。
     名目は五条の誕生日祝い、でもどうせなら、みんなで甘いものを囲む時間があってもいいだろうと、食糧支給の際にホットケーキの材料を学生たちの分も含めて送ってもらった。生ついでにクリームと、ケーキ用の蝋燭も。残ったらみんなで食べるようにと言えば、食べ盛りの虎杖は素直に喜んで方々に声を掛けに向かい、久しぶりの甘いものにつられて京都の連中も参加する運びになった。
     とにかく騒がしいのが好きな男だから、単にネタにされただけだとしても、自分のためにこれだけ学生が集まったと知ればそれだけでも喜ぶだろう。それに、自分からおめでとうの言葉を強請りに高専内を歩いて回る可能性すらある。当日に面倒な絡まれ方をしないためにも、学生たちには是非頑張って欲しいところだ。
     ……だった、のだが。
    「なあ、あれ、歌姫も焼いたの?」
    「…………」
    「おーい歌姫ぇ? だんまり? 肯定ってこと? ねえ、ねえ」
    「………………ッ」
     うるさい。ものすごく。
     ああもう、こんなことなら、材料だけ渡してさっさと出ていくんだった。
     調理室の使用許可出したのは私だったから、少しくらいは様子を見ようとその場に留まった。そして、折角だからと勧められて、最初に一枚だけ焼いたのだ。数に紛れて仕舞えば私からなんてわからないだろうし。私からも、ホットケーキ一枚分くらいのおめでとうは、渡しても構わないだろうと。
     欲など出すのではなかった。
     全ては因果応報、余計なことをするから、こうして面倒に巻き込まれている。
     調理室を出てすぐの廊下である。
     学生の前では余計に話しづらいだろうという配慮だろうか、確かにそれはそうなのだが、だからと言って直接の視線がなくなった途端に壁際に追い詰めて腕で囲い、逃げ場を無くす必要がどこにある。正直にありのままを話すどころか言い訳を並べることすら躊躇われる。
     黙っていることに何ら意味がないのはわかっているが、それでも頑なに口を閉ざして俯く私に五条はにやついた声でけらけらとこう言った。
    「も〜ほんっと、素直じゃないなあ歌姫ちゃんは。悠仁たちに託けなきゃ、僕に誕生日おめでとうって言い辛い?」
    「…………」
    「えー、ここでも黙っちゃうんだ。直接言って欲しいんだけどなあ」
     一言だけじゃん、と可笑しそうに声を立てる男が私のことを抱き締める。宥めるような優しい動作にも小さく身を竦め、びくりと震える私にそっと擦り寄る。くすくすと笑う声が耳殻に触れるのが擽ったい。奴が楽しそうにしている分気まずくて、体が強張るのに、その感触すら喜んでいる気配が悔しくてならない。
     ぐ、と分厚い胸板に置いた手を突っ張った。
     びくともしない。
    「歌姫」
    「……」
    「ね。お願い」
    「…………、……」
     きつく抱き締められて、顔を上げようにも上げられなくなった。仕方なく肩の上に額を乗せ、ぼそりと一言、お望み通りの言葉をくれてやる。
     肌伝いに伝わった音の並びに奴はくつくつ喉の奥を鳴らすと、「聞こえなかったからもう一回」なんてほざくので、拳を握ってドンと心臓の真上に振り下ろしてやった。










    「えっと……これ、全員焼き終わりましたけど、どうします……?」
    「まだかかりそうだし、一旦冷蔵庫入れとこうよ。どうせ冷めなきゃ生クリーム塗れないし」
    「じゃあ、冷えるまで、みんなで残り全部焼いて食おうぜー。ケーキの方は、完成したら、後で歌姫から渡して貰えばいいだろ」
    「それもそうだな。その方が悟も喜ぶだろ」
    「しゃけ」
    「じゃあ俺、生クリーム一旦冷蔵庫入れてくるー」
    「ほら、加茂くん。ぼーっとしてないで、次焼いてよ」
    「え、あ、ああ……」
     廊下でいい歳の大人二人がごそごそといちゃついている間に調理室ではホットケーキパーティに移り、出来上がった誕生日ケーキについては、その日の夜、歌姫先生によって直接部屋まで届けられたらしい。
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