朝。
窓から差し込む日差しにぴくりと瞼を持ち上げると、目の前に、見慣れた男の顔があった。
「……」
寝ている。
色素のない髪がさらりと旋毛から垂れて、僅かに目元を覆う。前髪の隙間から覗く同じ色の睫毛は長く密に閉じた瞼を縁取っていて、すっと歪みなく整った鼻梁に、形の良い薄い唇、つるりとした肌、挙げ連ねればきりがないほどいくつもの完璧が偶然に集まった結果おおよそ欠点というものが排除された、それは、兎にも角にも綺麗な顔立ちであった。
何もこれが初めてというわけでもないけれど、何となしに、まじまじと見入る。寝ている五条はとても静かだ。規則正しい呼吸は穏やかで、凪いだ表情からはいつもの軽薄もすっぽり抜け落ちている。静謐な美貌はどこか人形めいても見えて、隙がなく、不用意には侵しがたい神聖さすら感じさせる。
……けれど。
そうは思いつつも、手を、伸ばした。
人差し指で触れたのは眉間の真ん中で、皺の一つも見当たらないそこをつんつんと指先で突く。何故だか、顰め面で張り詰めているような気がしたのだ。寝ている時くらい何も考えずに休めばいいのに、と真偽も定かではない己の直感を鵜呑みにして、胸中でむっと文句を垂れる。どうせここには、私の他には誰もいない。任務中でもあるまいに、一体何を警戒しているのか。
……名実ともに最強の二つ名が相応しいこの男には、味方の数より敵の方が多いのだとは知っている。少しの油断が命取りになることもあるのだろう。だから、仕方のないことなのだと頭ではわかっていて、それでもなお恨めしい。
「……ばか」
小さく呟いて、今度は髪を撫でた。男の髪だ、見た目ほど柔くはないが指通りが良くて癖になる。
何だか楽しくなってきて、毛先をくるりと巻きつけて指先で遊ばせていると不意に、ぐ、と白い眉がきつく根本を中央に寄せた。
一拍遅れ、ゆるゆると持ち上がった睫毛の下から、宝石のような青が顔を出す。
「うたひめ……?」
「ごめん。起こした」
「それは、べつに、いいけど……もうあさだし」
なにしてんの、と五条が珍しく舌足らずにぼやいて、私を抱き寄せる。
顎の下に潜るよう、胸元に唇を寄せられて、くすぐったさに思わず身を捩った。
「ん……あんたの髪の毛で遊んでた。こんな時じゃないと、触れないし」
「触るくらい、いつでもしたらいいのに」
「あんたでかいから無理」
大体、「髪に触りたいから屈んで」なんて到底お願い出来ない。それに、意識がない時だからいいのだ。起きている五条の頭を撫で回すのは、二人きりだとしてもちょっと気恥ずかしい。
私は頭を傾げて、白い髪に頬を埋めた。
こそばゆくて落ち着かないものの、嗅ぎ慣れた温かい匂いがして、知らずほっと息が零れた。
しがみつく五条を、私も強く抱き返す。
「……もう少し、寝とく?」
「ん……今、何時……」
「もうすぐ六時。まだ時間あるわよ」
「じゃあ、あと三十分だけ……起きなかったら、起こして」
「わかった」
おやすみ、と旋毛に唇を当てた。
どうせだったらこっちにしてよと、顔を上げて口を尖らせるので、仕方なくそちらにもくれてやる。
「ほら、寝ろ」
「おざなりだなあ」
ぼやく声はもう微睡んでいた。
程なくして、すう、すう、と今さっきまで間近に聞いていた柔らかい寝息が聞こえ出す。私はそれを胸に抱え込むようにして、しっかりと奴の頭に腕を回す。
白い髪に顎先を埋めて、うとうと目を細めながら小さく欠伸をして眠気をやり過ごした。ああは言っていたもののこの男のことだ、時間になれば勝手に目を覚ますだろう。しかし、頼まれたからには果たさなくては。万が一にもお互い寝過ごして、一緒に寝坊、では目も当てられない。
それに、今寝てしまうのは、なんだか勿体無いような気がするのだ。
「…………ふふ。子供みたい」
普段態度も図体も大きくて可愛げの欠片もない分、人の胸にぺたりと頬を張り付け、くたりと寝入るその姿はやたら特別に愛おしく思えた。
──力量の差は歴然。きっと、戦いの場面で私はこいつの手助けにならない。
ならばせめて、このひと時が、安らぐものでありますように。