悪くない、未来の話。「あ?此処何処だ……?」
中也は見知らぬ場所で目を覚ました。
「……」
一先ず冷静に今迄の出来事を思い出そうと上半身だけを起こし、記憶を辿る。
「……駄目だ。何も思い出せねえ」
考えれば考える程
頭に靄がかかる様な現象に
頭を使うのを止め、静かに立ち上がる。
辺りをぐるっと見回して見るが
矢張り、心当たりは無い。
「にしても、長閑な場所だな」
辺り一面に広がるのは花畑。
普段の殺伐とした雰囲気を忘れさせる程に美しい色とりどりの花が無数に咲き誇っている。中也は不意に自分の服装を見た。何かの潜入任務にでも出向いていたのだろうか。私服に身を包み、よく見れば普段使いの帽子も被ってはいない。
「俺は一体、此処に何しにきっ『みーつけた!!』うぉッ!?」
一人自問自答していた中也は
背後に強い衝撃を受けた。
同時に甲高い声が聴こえた。
「何だ、この餓鬼?」
振り向くとそこには栗色の髪に鳶色の瞳をした少女が満面の笑みを浮かべて、自分の膝に抱き着いている。
勿論─────見覚えはない。
『あそんで!』
「……」
中也は無言で少女を抱き上げた。
ただ遊べ。と云われても何をしてやればいいか解らない筈なのに、何故かこの少女が何を望んでいるのかが中也には解った。暫く少女を抱き抱え、花畑を歩く。
少女は無邪気に中也の髪をいじって遊んでいる。
「お前、自分の名前解るか?」
『──────だよ!』
聴こえない。
「……」
『?』
自分をじっと見つめる少女。
自分と同じ鳶色の瞳。
くるんと巻かれた癖の強い栗色の髪。
そして─────特定の人物を彷彿させる整った顔立ち。
「そーゆう事かよ」
そこで初めて中也は此処が何処で
自分が何故、此処に居るのかを理解し、同時に顔に熱を帯びた。
「……相当だな、俺も」
中也は薄笑いを浮かべた。
そして、少女の額に唇を寄せる。
この世の何よりも愛おしい者に贈るかのように。
「何時か…お前に逢えると信じてるぜ」
そして、その言葉を最後に”覚醒”した。
──────
「もう、漸く起きたわね中也」
目醒めると同時に降ってきたのは
呆れ半分の和葉の声。
窓の外を観れば、美しい夜景が広がっている。
「人の膝を枕にして爆睡なんていいご身分ですこと。お陰で脚痺れちゃったんだから」
「悪かったな」
上半身を起こして辺りを見回す。
見慣れた調度品、本棚。
その中で一際目立つ特注のワインセラー。
間違いない、自室だ。
「そーいえば、中也」
「何だ?」
「貴方すっごく幸せそうな顔して寝てたけど……何かいい夢でも見てたの?」
「嗚呼────」
真っ直ぐに和葉を見る。
癖の強い髪に、整った顔。
目を伏せれば浮かぶ、
夢で見た餓鬼の顔。
……矢っ張りあの餓鬼は
「中也……?何急に黙っ──────」
俺は両手を伸ばし腕の中に和葉を閉じ込め
「ちょ!ななな、何?!」
動揺する和葉に構うこと無く
呟くように云った。
「──悪くねェ未来の噺だ」