「はあ?なんで俺?」
ライオスへの用事を済ませた城内広間にて、さっさと踵を返しかけたチルチャックを慌てて呼び止めたのはマルシルだった。あーっとえーっと、とひと通りどもったと思えば両手を勢いよく合わせ頭を垂れ、「チルチャック、私と社交会行って!」と突然懇願されれば、チルチャックが怪訝な顔をするのも無理はない。
「せ、西方エルフ主催でね…」
「うわっなんかもう嫌」
「エルフとトールマンの異文化交流会?みたいなのを開くらしくて」
「なんっだそりゃめんどくさそ」
「それに私呼ばれまして、外交がてら行くんですけど」
「頑張れよ~」
「ちょっと遠出しなきゃいけないんだけど…そこにトールマンの帯同をお願いされてて」
「こちとら”ハーフ”に何のご用事が?」
マルシルの腰ほどしかない等身のチルチャックだが、睨み上げてくる目付きの鋭さが毎度たまらない。どうしてこうも”高”圧的に感じるのだろうか。一朝一夕の質ではない凄みを跳ね除けるため、マルシルは腹にたらふく息を溜めた。
「この度チェンジリングの成分を抽出した薬品開発に成功しまして配合によって変化先の人種の特定も可能で」
「危険薬物作ってんじゃねえよやっぱりお前はさっさとしょっぴかれろ!!それともそのまま西方エルフの獄中まで連行してくださいってことか!?頼むからお前の違法行為に俺を巻き込むな!!!」
早口でまくしたててみたが、駄目だった。すぐさま反転、倍の言葉数で押し返される。
「臨床済み!臨床済みだから!ほんとに!大丈夫だから!治療薬使えば副作用なく戻れるし!それにここではライオスが法律みたいなもんでしょ?!」
押し返す。
「チェック済の書類にマヌケ面で判押してるだけの奴のどこに法機能があるんだよ!他所のシマではダメかもしんないだろ!」
押し返された。
「認可はされてないけど違法じゃないし!」
「それを違法って言うんだよ〜〜っ!!」
引くわけにはいかない両者の額がゴチン、と
ぶつかり合う。
激昂したチルチャックは耳まで真っ赤にして、両手をわなわなと震わせた。血が沸騰して仕方ないのだ。
「そもそもライオスが行っ…!あ、いや離れられないか。ファリ…駄目か。カブルーとかいるだろ、あっちの方が適任だ」
「うん。凄い顔されたの。」
「俺だって今凄い顔してるわ!俺にトールマンになって西方エルフがうっじゃうじゃいる場に一緒にこいと!?嫌に決まってんだろっ!」
「報酬は出す!ちゃんと出すから!お願いチルチャック〜〜〜!!」
「いっやっだっねっ!碌でもないことになる気しかしねえーっ!」
「俺からも頼むよ」
何が何でも断固拒否・この場から退散するために、服を鷲掴みにして止めようとするマルシルを無理矢理引きずりながら一歩二歩と少しずつ出口へ向かう。
が、そんなチルチャックの足を止めさせたのは、遠くでやりとりを眺めていたライオスのやんわりしたひと声だった。
今しがたチルチャックから受け取った大きめの錠前を片手に、まあまあとのんびりした面持ちである。
マルシルとのこういったいざこざがまとまった試しがない。まだライオスの方が会話になる。通じるかどうかは別として。
「はあ〜……他に本当にいないのか…?城内の人間ならいくらでもいるだろ…」
「それが本当にいないんだよ。じゃなきゃ君みたいながめつい男にわざわざ借りを作ったりしない」
「俺はがめつくない。正当な金額しか請求したことはないぞ」
「俺が行ってやれたら一番良いんだけど…ここを完全に離れるわけにもなあ。それに相手が相手だ。マルシルに危害や不利益をふっかけてくる可能性も残念ながら捨てきれないから、近しい者でなるべく頭がきれる人が良い。断ってしまうのはマルシルとここの立場も…」
「わかってる、わかってるよそこは。あーもう…」
少々痛む前頭葉を宥めるように前髪をがしがしかくと、その様子を見てライオスの顔がぱっと明るくなった。目ざといチルチャックがそれを見逃すはずもない。
「ガッツポーズしてんのが見えてんだよ!まだ何も承諾してねえわ!本当は普通に行きたくねえんだろ!」
「だってあの人達怖いし…」
「私も怖い…」
「俺も怖えーよ!違法ヤク漬けまでされるんだぞ!」
「安全だってば!」
「いやーありがとうチルチャック。持つべきものは友だなはっはっはっ」
「前払い着手金と報酬は別できっちり請求させてもらうからな」
「ほどほどで頼むよ」
「ぬかせボケが!!!」
この後やいやい言いながら髪結んであげたりやいやい言いながらお酒飲んだり介護したりさせたい……
プロットが8000字ある……どうしよう…………