あまくできない、にがくした「今朝、乙姫と織姫がくれたんだ」
やさしくほころんだ「兄」の表情が、一騎の瞳に焼きついた。
彼は、一騎へだって、一騎へだけの表情を向けてくれることがある。
だから、実の妹たちへの気持ちすら羨ましがるなんて、贅沢で、身の程知らずで、嫌になる。
かわいらしくデコレーションとラッピングをされたチョコレートケーキのひと切れが、彼のさくら色のくちびるのあいだへ消える。咀嚼し嚥下された彼の家族からの愛情とまるきり同じものを、一騎はどうやったって彼に与えられない。だから当然、あの表情だって一騎のものにはならない。
「かずき」
彼の手が一騎の頬へ伸ばされた。
「おまえもはやく寄越したらどうなんだ」
一騎には、鞄の奥底に隠し持っているものも、心の奥底に押し込めているものも、引っ張り出せる勇気がなかった。