ティータイムと追いかけっこ「あら、私のハーブティー飲んじゃったの?ルチナ」
ベルティーナは抱っこをせがむ娘を抱き上げながら、淹れた時より僅かに量の減ったティーカップにめざとく視線を向ける。
「大丈夫?熱くなかった?」
その時、傍で本を読んでいた夫の肩が微妙に跳ねた気がしたが、特に気に留めることもなくルチナの顔を覗き込んだ。
「うん、らいじょうぶ」
「⁈⁈⁈」
舌足らずに返事をした娘の小さな口から発せられたのは普段の鈴を転がすような声とは似ても似つかない甲高いしわがれ声だった。
「ル……ルチナ⁈どうしたの?な、なにか変なものでも口に入れちゃった……⁈」
娘を抱えたまま泣きそうな顔で慌てふためく妻に、何故かバツの悪そうな顔でアウグストが声を掛ける。
「大丈夫ですよ、ベルティーナ。それはハーブティーに含まれているヘルイウムの葉の効能です」
「え……?」
ベルティーナはテーブルの上のカップに目を落とす。リラックス効果があるから飲むと良いと夫に勧められて長年飲んでいる茶だ。
「……これに、そんな、効果が」
夫を見上げれば気まずそうにふいっと目を逸らされる。ベルティーナは無言で残りのハーブティーを飲み干すと、娘に尋ねた。
「ルチナ、ママの声どう?」
「あははっ、おもちろ〜い」
きゃっきゃっと無邪気に手を叩く娘に微笑み掛け子ども用の椅子に優しく下ろしてから、ベルティーナは残りのハーブティーが入ったポットを持ち上げた。
「ベ、ベルティーナ……?」
「……飲め」
ゆらりと夫を振り返った妻はポットを振りかざし奇妙な声で叫んだ。
「あなたも今すぐこれを飲みなさーーい‼︎」
追いかけっこを始めた両親を見て、娘もそれに加わる。ほどなくして昼下がりのリンゴ園におかしな調子の笑い声が響き渡った。