歳下の男の子「お前スマホ指紋認証にしないの?」
梅宮が何の気なしにそう聞くと、濃い隈の居座る何も写してないような杉下の目がぱちりと瞬いた。
「いやさ、お前いつも長いパスワード手打ちしてんだろ?面倒くさくね?」
「……ああ、俺指紋ないんですよ」
杉下はきょろりと右側の少し下辺りを見て、それからまた梅宮を見て、きゅ、と目を細めて笑う。梅宮は杉下の返答に違和感を覚えた。ないわけはないだろう。
「や、けどした……ってことか?大丈夫か?」
「?はい、いいえ。薬で。ない方が都合が良いんですよ」
梅宮はああ、と納得がいった。
杉下京太郎という男は化け物である。真っ暗闇の目をして、路地裏の影の中に佇む悪魔である。約二年前この男を負かすのは梅宮であっても命がけだった。それも梅宮が勝ったわけじゃなく、この男は差し出してきた。それより前のこの男は悪い友達と悪意が溢れる大人と連み、夜を闊歩していたのだと言う。なんとかかんとか首輪を着けて手懐けて、梅宮はずっと自分の首にかかる爪を見ないふりしている。
「やめろよ」
梅宮は静かな声で言った。翠緑色をすうと細めて杉下の顎を掬う。先程まで綺麗に澄んでいた瞳が、シャッターを下ろしたかのように何も写さなくなる。
「良い子にしてろよ、杉下」
梅宮一という男もまた、化け物である。荒れ狂う、嵐である。
梅宮が悪い友達もな、と言うと杉下は少しだけ目を見張り、すぐに顔をクシャ、とさせて鋭く尖った犬歯を見せて笑う。
「はい、はじめさんが言うなら」
杉下はスマホを取り出すと長いパスワードを手打ちしてロックを解除し、連絡先を初期化した。杉下がにこにこと梅宮にスマホを渡すと、梅宮は一瞬呆気に取られた顔をして受け取り、確認すると綺麗に連絡先件数は0になっていた。
「極端だなお前は……」
「まずやれ、がモットーなので」
梅宮が偉いな、と頭を撫でてやると、杉下は真夜中色のパサついた不揃いの髪を揺らしてくふくふと笑った。
校舎裏、日陰になる場所で杉下は髪を左手で軽く弄りながらスマホをカツカツと鳴らしていた。名前と番号を無感情で淡々と連絡先に追加していく。
杉下は「悪い友達」の番号などそらで言えるので、消したところでなんの問題もないのだ。一通り入力を終えると猫背をグッと伸ばして低い声で杉下は溢す。
「アー……ヤニ吸いたい」