空に歌を。「コーサカ、行きたい場所があるんだけど」
唐突、本当に唐突に相方は声をかけてきた。
「行きたい場所があるんだけど」
「いや聞こえてるけど。あなたがあまりにも唐突だから反応が遅れただけで」
「コーサカと行きたいんだけど」
「分かった分かった、なに? 何処に行きたいの?」
「おれの地元なんだけど」
「ごめん、用事あったわ」
「ちょっと待って、最後まで聞いてよ!」
「悪りぃ悪りぃ、ジョーさんの実家って正月くらいしか行かないからさ、普通の日に言われるとちょっと吃驚したわ」
「ん? 実家には寄らないよ? 日帰り」
「は? じゃあ何しに行くの?」
よくぞ聞いてくれました、とアンジョーは表情で語る。
「星を二人占めするんだよ」
──正直、アンジョーの言っていることはよく分からなかった。
ただ、なんとなく魅力的なワードだったから、二人で電車に乗り込んだ。
「コーサカ、酔い止めは飲んだ?」
「飲んだし、持って来てる」
「あはは、対策バッチリだねぇ」
「自分が三半規管弱い事は自分が一番よく分かってますから」
少し得意げに俺は笑ってみせた。
「日帰りだけど、作業大丈夫だった? 強引に連れて来ちゃったけど……」
「本当にお前がよく言うな」
冗談めかして笑い、俺は言葉を続ける。
「ま、ジョーさんが思ってる程切羽詰まってはないよ。一切作業がないっていうと流石に嘘になるけどさ、息抜きに一日休むくらいならまあ、リカバリー効くし、出先でも出来そうな作業もあったし」
「そっか、コーサカが大丈夫って言うなら良いんだけど……」
少し不安げな表情を見て思わず、
「まあ、無理はしないって」
と、口走ってしまった。
そっか、とアンジョーは深くは聞かず、安心した様に笑った。
まあ、もしも無理をしたら力強くで休憩だの、息抜きだの差し込まれるであろうし。俺だってアンジョーが無理したら怒るし、お互いそこら辺は分かっているだろう。自信はないが……。
──電車やバスを乗り継いで、アンジョーに手を引かれ歩いて行く頃には、夕方になっていた。
夏に比べるとやはり、日が落ちるのは早くなっているなぁ……等とぼんやりと考えた。
「こっちだよ」と、ワクワクした様子を隠しきれていなかった。声色が明るく、本当なら今すぐ駆け出したいのだろう。気を抜いたら、尻尾を出しそうで、少しだけ不安だが、不思議と人通りは無く、どんどんと森の方へと歩いて行く。
「ジョーさん、何処向かってんの? ここ、下手したら迷子になるだろ」
「おれはここ歩き慣れてるから平気だよ。ちょっと木が多くて獣道なだけ」
「もうほぼ森だろ……」
呆れた様に溢したが、自然の匂いは不快ではなく、自分の地元が田舎なのもあるだろうが、正直心地良い。
そういえば、毎年正月はアンジョーの家で過ごしているが、こうやってちゃんと回った事は意外となかったかもしれない。
好奇心が疼いている内に、段々と開けてきた。
その頃には辺りは暗くなっていたが──言葉を失う程、美しい星空が広がっていた。
「見て、ここ。崖になってるからちょっと危ないんだけどさ、狼ってよくこういうところでさ、遠吠してるイメージ持たれてるよね。おれ小さい頃にここ見つけてさ、それからこっそり通ってる穴場みたいなところなんだ。いつ来ても凄く景色が良いんだよ」
「すげぇな……」
「でしょ!」
思わず溢れた言葉に、アンジョーは満面の笑みを浮かべていた。
「それでね、おれ、学生の頃は結構ここに通って歌ってたんだ」
「遠吠えじゃなくて?」
「それは創作の中のイメージでしょ。おれはね、いつもここで歌ってた。誰にも届かない事は分かってたよ、月に届くとも思ってなかったけど……『あの月に届けるぞー』みたいな気持ちで歌ってた。まあ、中学くらいの頃は夕陽に向かって、だったけどさ」
「ジョーさんらしいな」
歌が好きな狼男。そんなあいつらしいエピソードだ。
「ねぇ、コーサカ」
「なに?」
「ここで星見てるとさ、ちょっとスッキリしない?」
「……する」
あぁ、こいつは最近煮詰まっていることが分かっていたのか。
ならば、少しくらい我儘を言ってもいいだろう。
「ジョーさん」
「なに?」
「ジョーさんの歌が聴きたい。ここで、月に向かって歌ってたんだろ? 聴かせてよ」
一瞬驚いた様にぽかんと口を開いた。が、次の瞬間笑顔で頷いた。
「……うん! 任せて」
今はもう、誰にも届かない、なんてことはないのだから。
俺が独り占めしてやる。相棒の最高の歌を。