本音十一月中旬。ニュースでは東京の方でさえ冷え込むと予報している中、東北に位置するここM県S市杜王町は更に寒気が迫っていた。この寒さに耐えながら下校することなんて十六年も住んでいれば慣れてくるようなモノだが、僕達の親友である億泰くんは耐えることができず風邪をひいてしまい、今日は学校を休んでいた。つまり今日この下校は僕と仗助くんの二人きり。
やっぱりもう寒いね、仗助くん。
なんて声をかけようとした途端。ほんの一秒差で彼の方が口を開いて声帯を震わせる時間が早かったようだ。
「なぁ康一ィ~、バカは風邪ひかないって言葉昔っから有るだろ?ありゃあ嘘だぜ。この中でイッチバンあほな億泰が今日休んでるっていうんだからよォ~?」
「確かに億泰くんが風邪ひくなんてね、僕想像もしてなかったよ。」
確かにそんな言葉が昔から日本には言い伝えられている。その「バカ」に億泰くんは言わずもがな当てはまっているということは僕も仗助くんも分かり切ったことなのだから思わず笑ってしまう。初めて出会った時は当時唯一の頼りだった仗助くんが怪我だらけになってしまうし、お陰様でACT1~3までのスタンド能力まで目覚めてしまった。この話だけしか聞かなければどう考えても敵だった彼がここまで仲良くなれたのは性格もあるけれど仗助くんの存在がかなり大きいのだろう、なんて考えてしまった。敵同士だった時でさえ億泰くんの傷を「治した」のだから本当に彼は優しい人なのだろう。その数日後直ぐに家に行き、毎朝一緒に登校するような仲になるとは思わなかったけれどここまで心を開く第一歩を踏み出すとっつきはあくまでも仗助くんだった。
億泰くんの名前を聞けばふと今日の学校のことを思い出した。基本、休み時間は違うクラスということを忘れてしまう程一緒にいる二人。授業中も自習になれば確実に仗助くんの口から出てくる「億泰」という固有名詞。そんな彼の横に一日でも億泰くんがいなくなればどうなるのだろうかと気になっていたが結果は普段以上に「億泰」が出てくる回数が増えただけだった。事あるごとに今は何をしているのか。昼食の時間になれば風邪をひいていたらこんなうまい飯も食えねぇのか。しまいには体育の時間にボールの縫い目を見せてきてはこれ、億泰に似てねえか?なんて笑いながら言い出す始末だった。カッコつけで学校では男女共から「高嶺の花」なんて思われているような彼がここまで億泰くんに依存しているなんて僕以外どころか僕自身も驚いたことだった。億泰くんと「恋人」という関係だとしても仗助くんが人のことを大好きだと口で言うタイプでは無く無意識な行動で示すタイプだということにも関係あるのだろう。しかし、意外だとしても恋人なのだから不思議なことではないだろう。僕の中での由花子さんが仗助くんの中での億泰くんなのだから。僕が由花子さんを愛する事と同じように、当たり前に彼も億泰くんのことを愛しているのだ。それでも普段は全くと言っていいほど愛を示さない彼のあからさまな発言に少し心がくすぐったくなり、つい言ってしまいたくなった。
「仗助くんってさ、億泰くんのことホントに大好きなんだね。」
「は、いや、何言ってんだよ康一ィ~…またそんな急によォ~…」
歩くために動かしていた足を止め、一瞬目を大きく見開けばみるみる頬を赤く染める仗助くん。否定をしない所を見ると僕の考察は間違えていないのだろう。逆にキッパリとあんな奴は嫌いだ、なんて言われることなどゼロよりも低い可能性なのだが。「何を言っているのだ」と言われてしまったからにはハッキリと言うべきなのだろうか。もしあまり言い過ぎたら仗助くんに怒られてしまうだろうか。器の狭いどころか広すぎるような男なのだからきっと大丈夫だろう。そう思いまた問い詰める。
「だって今日の仗助くん、ずっと億泰くんの話してたんだもの。今さっきだって億泰くんのこと話し始めたのは君じゃあないか。」
「……俺、そんなに億泰のことばっか言ってたのかよ…?」
少し意外な回答だった。まさか無意識だったなんて。僕が話しかける前よりも仗助くんのことが凄く可愛くて、初めて恋をした小学生のように見えてきた。
「僕と話してた限りはずっとだったよ。で、どうなの?仗助くん。」
「そーかよ…ってまぁ…キライって訳じゃあねぇけどよォ~…なんつーの?まぁ一緒に居ても嫌じゃあねぇっていうか…」
口から出るのはあまりにも彼らしい素直じゃあない言葉。一言一言呟く度に気まずそうな顔をしては明後日の方向を向いている。時間がいくら経とうが彼の頬は赤みを引くことはなかった。逆により一層赤が増している気がしたのは僕の気のせいではないはずだ。これが彼の中で精一杯の答えなのだろう。せめて本人が居ないこの貴重なタイミングだから「好き」という一言が聞きたくなっている僕自身がいた。どれだけの女の子から告白されたか分からないこの東方仗助が惚れた男の一体どこが好きなのか。そんなこと直接億泰くんに聞いて貰えばいいのではないか。言っていた内容をそのまま横流しして貰えば充分なのでは。そう思われるかもしれないがこれは完全な僕の「私情」として許して欲しい所だった。
「そうなんだ。じゃあ質問を変えるよ、仗助くんは億泰くんのどこが好きなの?」
「どうしちまったんだよ康一ィ~…柄でもねぇ……けどまぁ…強いて言うなら何処が好きってよりかはいつの間にかズルズル引き込まれる感じっつーの?なんか頭の中アイツだけになんのよ。ま、生きててくれるだけでいいっていうか…って、何言ってんだよ俺ェ~…」
正直に言って驚いた。思わず息をのんで目を丸くしてしまう程に。やいやいと言って頭を抱えて更に頬を赤く染めている彼は無自覚なのだろうが億泰くんの「全て」が好きなのだ。しかもかなり重症なほどに。
二人の様子が少しずつ変わりだしたのは杜王町の宿敵だった『吉良吉影』を倒した後だった。僕達が見ていない間に仗助くんがボロボロになりながら戦ったこと。最中に億泰くんが「死んでしまう」と思うような出来事があったこと。億泰くんが「生きている」と実感した時に仗助くん自身がここまで感情的になると思わなかったということ。全てを訊いた後、僕自身も「命」というものの重たさを改めて実感した。仗助くんは尚更だったのだろう。
億泰くんの包み込むような優しさ。嫌なことを全て吹っ飛ばしてくれそうなあの笑顔。それから、それと。仗助くんが好きになるには十分すぎるのだろう。不器用で、口では好きなんて一切言わなくて、全く積極的には行かずにカッコつけな仗助くん。そんな彼がここまで無自覚に「好き」な相手の事なんてこれ以上どうと聞く必要など無いのだろう。ただこの広瀬康一がこれ以上仗助くんに笑顔で言えることはたった一つだけだった。
「やっぱ、仗助くんは億泰くんのこと大好きなんだね。」
「ウルセ、あいつにはゼッテー言うんじゃあねぇぞ」
ニコニコな僕と対照的にぶすっとした顔で耳まで赤くなった仗助くんは何処か幸せそうな表情も含んでいた。
あぁ、なんだか僕も由花子さんに会いたくなっちゃったなぁ。