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    おひさま牧場

    完成度は求めるな

    ただの自己満掃き溜めです

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    おひさま牧場

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    うちの子が1歩進むきっかけの話です。
    (よその子借りてる)

    ##うちの子

    出会い 雨上がり独特のじっとりとした空気が身体全体を包み込む。まるでゼリーにでも包まれているように、ただ歩き出す1歩の足取りでさえ重たく感じた。
    今日は散々な一日だった。大して関わりのない先生に呼び止められたと思いきや派手に改造した制服でとやかく言われ、担任から進路を早く考えろと何度も言われ。しまいには雨まで降ってきた。ここまで何もかもが重なる事なんて人生17年も生きてきたが初めての事。涙すら浮かんできそうだった。そんな時って一切出ないけど。

    とにかく昔から大人という存在が大嫌いだった。自分勝手にただ自己満足の為だけにものを言い、子供のことなんて一切考えていない。褒めて貰えるのは自分の好みにピッタリ当てはまったピースの子どもだけ。あたしみたいな何も言うことも聞かず、服も乱して、ただ勉強だけ無駄に出来る生徒なんて言わば「当てはまらない歪んだピース」だろう。
    大嫌いな大人から大嫌いな文言をつらつらと言われて腹が立つを通り越して気分が沈みそうだが、自覚すると思い通りに嵌められた気分がしてどうも気に食わなかった。

    そんなこんなで歩く帰り道。シャーペンとクリアファイルと名前も知らない女の子からいつの日か貰ったラブレター数枚位、それに財布しか入っていない、他人と比べればあまりにも軽すぎるカバンを片手に歩み出す。
    家に帰ったって誰かがいるわけでもない。価値観を押し付けられることに対して何もかもが嫌になり、飛び出した結果なのだからこの自分自身のイレギュラーな状況下には別に何とも思わなかった。毎月通帳にお小遣いとは言い難い大金が振り込まれるという事は、親から子への愛はまだ存在すると見ていいものなのだろうか。
    そんな関係のない話は今どうだっていい。こんな珍しいことを考えてしまうのもあの名前も顔すらも覚えていないセンコーのせいにしといてやろうでは無いか。


    ふと顔を上げ、どこまで歩いて来たか確認しようとすれば辺りは全く家の近くとは違う道。杜王町生まれ杜王町育ちだが、こんな所あったっけ、なんて思ってしまう程に見覚えの無い土地。何処かで道を間違えたことは明らかな事実だが、このまま帰ってしまうのは何か勿体なかった。

    せっかくだし、どっかの店に入ってみよう。

    そんな軽い気持ちでぶらりと近くを散策していたら、一際目を引く看板を見つけた。

    「ニゴリ…古書堂…?」

    何故自分が目を引いたのかすら分からない。ネオンのキラキラとした看板でもない。ただ文字が書かれている、良く言えばシンプルな外観の店。悪く言えば人が入っているのか分からない店。古書堂と言うくらいなのだから古本屋だ。漫画は読むが、小説なんて一切読まないから別にこの店に用事なんてない。探し求めている古本なんて一切無い。だって小説は読まないんだから。
    しかし本能が、この自分の隣に10年近く存在する他人には見えない「マリオネット」が、この店を導いているような気がした。
    この子が一体何者なのかは小学生からの付き合いではあるがサッパリ分からない。ただ面白い能力を持っている、操り人形のような子。可愛らしい人形のようで、顔はツギハギで目はボタン。こんな操り人形が昔ヨーロッパの方でも売ってそうだな、なんて思う様な見た目と思ってしまうのは親バカだろうか。他人には見えないのだから、勿論命名したのは自分。

    もしかしたらこの店に入れば約10年の謎すらも解けてしまうのではないか、なんて分かるはずもないのにただ偶然出くわしただけの古書堂に期待してしまう。この何処から溢れ出るか分からない、どう表現していいかも分からない「感情」は運命とやらに導かれているというものなのだろうか。
    経営者なんて絶対に自分が1番嫌いな、関わりたくもない存在の大人なはずなのに、何故か一思いに『ニゴリ古書堂』の重たい扉を押し開けていた。



    「…いらっしゃい。」

    店主らしき人がカウンターを前にして座っている。簡単な一言だが、声をかけられたのだから気持ちだけ軽くお辞儀をしておいた。顔は黒く長い髪の毛で半分隠れており、尚且つ近寄っていないからハッキリとは見えないものの、若いお姉さんだということは明らかだ。印象は「真っ黒」。どんな人かも何も分からない。しかし、大人に対して今の自分は嫌悪感を抱いていないという事実に自分で少し驚いていた。

    店内は至って普通の古本屋さん。何故か若干の湿度を感じるがそれはきっと雨のせいだろう。この店だけなんてことは無い。はず。
    本が大量にずらりと並んでいるものを背表紙だけでも流し見はするが、教科書に載っているような作品と人物しか知らないあたしにはサッパリ分からない、所謂マニアックな本ばかりだ。好きな人には怒られそうだけど。何年に出されたかも分からない古びた図鑑やら、正体の分からない物まで。意外と最近の本は並んでいなかった。
    こんな珍しい本を求めに来る人が杜王町に居るのだろうか、なんて店の心配まで出てきた。ただ自分が知らないだけで意外と居るのかもしれないが。

    折角店に入って、しかも狭い店で2人きりなのに何ひとつ物を買わずに帰るのもどこか気が引ける。何か無いかと再び見る。店主からしたら、余程何か欲しい本を探しているとでも思うだろうか。全く真逆なのだけれども。

    じっくり見ていたら日が暮れそうだからサラッとしか見ていないが、何処か気になる本が1冊だけあった。というよりもそこで本と目が合った、と言えば鼻で笑われそうだが本当にそんな気持ちだった。タイトルは『百年の孤独』。著者はガブリエルなんとかさん。(名前が3つくらい繋がっていて長かった。)
    海外小説な事以外この小説のことは何ひとつ分からないが、自然と手に持ち、カウンターへと足を運んでいた。


    「あの、これください…っ!?」

    分厚い本を優しく置き1番気になっていた店主の方に目をやったが、その事を瞬間に激しく後悔した。理由はとても斬新な服装をされていたから。それはパッカリと胸元が大きくしっかりと開いている、ヒラヒラとした黒いシャツ。何度も言う、胸元が開いている。その姿を見て一気に耳まで体温が上がったことが自分でもハッキリと分かった。

    「ん…400円ね、このままでいい?」

    「え、あ、うん…っ、」

    急いで小銭入れから百円玉4枚を取り出す。
    予想外の刺激物に気を取られていたが、声をかけられて正気に戻った。何処か気だるげで、湿度をたっぷりと含んだような人。何となく見た目やら話し方やらから性格が溢れ出てるような、そんな人だった。顔はかなりの美人だ。もしうちの高校に来たらひっきりなしにラブレター貰うんだろな、なんて思ってしまう。それぐらい顔が良かった。

    「あの、ここから定禅寺通りの方までってどうやったら帰れますか、」


    「え…?」


    しまった。思わず全く関係の無いことで自分から口を開いてしまった。あまりにも興味本位で入った店だからといって、店主のことが気になると言っても急に全く関係の無いことを話しかけられたら困るだろう。しかも内容はあたしの家までどうやったら帰れるか、なんて。確かにここまでどうやって来たかも分からないのだから帰り方だって分からない。かと言って聞こうとも思っていなかったから非常に申し訳ない事をした。

    大丈夫です、急にごめんなさい。分かります。

    そう嘘をついて帰ろうとした時だった。

    「あ〜…俺はあんまり行ったこと無い所だけどさ…そこのバス停から何でも来たやつに乗れば着くはずだよ、分かる?」

    急なことにも嫌な顔ひとつせず、優しく教えてくれた。言われてみれば近くにバス停も見たはずだし、よくバスも通っていた。なんでも乗れば最寄り駅に着くなんてとても有難い話だ。
    この時点で何処か、今までの大人とは違うと本能が感じていた。この人の事をあたしは大人だけど嫌いじゃあない、と。

    「あ、うん!じゃなくて…っ、分かります!ありがとうございます!」

    「ん…こちらこそ…」


    来た時と同じようにお辞儀をして、少し重たくなったカバンを提げて店を出た。

    少し不思議な空間で、けど嫌じゃあない。むしろ落ち着きさえあるような少し湿気た場所、ニゴリ古書堂。居た時間なんて1時間にも満たないし、店主との会話だって両手で数え切れる程。何なら名前の1文字すらも知らない。結局惹かれた理由であるこの「分身」のことなんて一切話題にも出さなかった。極論道を聞いただけ。
    普段ならもっと流暢に会話が出来るのに、何故か今日だけは緊張して上手く言葉が出なかった。緊張と言うよりは、初めての空間に馴染めず永遠に戸惑っていたような感覚だ。

    収穫なんて何も無い。ただ初めましてのおじさんが書いた本に400円払っただけの事。しかし、この本屋さんとの出会いに何か人生のきっかけがある気がした。言い方が少し大袈裟かもしれないけれど。本当に。
    何をする訳でもないけれど、必ず近いうちにもう一度、いや1度と言わずに何度も足を運んでいるだろう。あの店主とただ、話したいが為だけに。

    すっかり晴れた空の元で、普段よりもほんの少しだけ大切にカバンを持ちバス停へとすっかり軽くなった足を運んだ。
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