アキレウスの急所を撃つような、 いくら強くとも、弱点は探せば必ずどこかにあるものだ。
その昔、最強の英雄を英雄たらしめようとした子想いの母は彼を強くなる泉に浸からせたが、子を掴んでいた箇所のみ浸からせることを失念したばかりに、彼はそれが弱点となってしまった。
今生こそは必ず。そう誓った男は、己の命と引き換えに今度こそ彼女を守ることが出来た。
「本当にそれで満足?」
女は感情を押し殺して問う。彼の損傷具合では、もう手の施しようがないのは分かっていた。
「……私はそれだけで良かった。唯一の後悔が、君のことだったから」
本当に欲のないひとだ。自分という存在が居なければ、どんな化け物になっていたことか。
「貴方は自覚してないでしょうけれど。それって愛なんですよ」
「愛、ですか」
「貴方が私を想うその気持ちは他ならぬ愛です」
「使命とか義務でもなく?」
「定められたものであったとしても、貴方のその気持ちは愛なんです。……そろそろ、認めてくださらないかしら」
「……検討しましょう」
「真面目な方ね」
「生憎、それが取り柄でして」
「そうやって謙遜するのも変わらない」
そんなところを言ったところで、彼に伝わらないのは分かっている。今生の彼に引き継がれたのは、守護することのみ。自分に対する情も、思い出も、無い。だが彼は薄情ではなかった。ただ一つ、自分を守る為、その意志が強いが為にそうなったのだとこれまでを通じて感じ取れた。
「さ、私の願いはひとまず叶いました。……今度は私が貴女の願いを叶える番だ」
「願い?」
願いなんて、とっくに叶っているのに。
「……? 無いのですか」
「まさか。もう私の願いは叶っていますよ。貴方と共に同じ時代を過ごせた。それだけです」
「……」
男は閉口した。そんなことを言われましても、と言いたげだ。
「さ、もうお辛いでしょう。……せめて、私の腕の中で、佳い夢を」
「……」
もう何も返ってこない。抱き留めた身体は重く、次第に冷えていくのを感じた。
「愛が弱点になるなんて、理不尽ですよ。本当に……仕方のないひと」