たった一言、今日は戦闘には出向かないということで、立香は部屋で本を広げることにした。
基本的に魔術に関する知識はさっぱりなので、出来る限りの知識は得ておきたい。
普段はキャスタークラスのサーヴァントが解説混じりで読み進めることが多いものの、今回は一度既に読み通した内容なので、まずは自力で読み返す。
以前に走り書きしていたメモをベッドの上に広げ、少年は自らもそのベッドに腰掛けた。
「よし、まずは30分!」
意気込みもしっかりと、立香は本の装丁に指を滑らせた。
……時計の針はおそらく、少年が定めた目標の半分にも満たない程しか進んでいない。
しかし、アーサーが差し入れのティーセットを乗せたトレーを運んで、立香の部屋を訪ねた際、彼は本を広げつつも、ひたすらに唸り声が上がっていた。
集中しきれていないことは明白で、アーサーは苦笑を浮かべながらも、室内へとお邪魔させてもらった。
トレーはまずベッド横のサイドテーブルに置かせて貰い、アーサーはそのまま本を広げ唸る少年の隣に腰掛ける。
その際にベッドの軋みとは別に紙がくしゃりと音を立てたことに気づいて、騎士は視線を落とす。
散らしてあったメモ紙だが、しかしかなりの走り書きなのか、意味がはっきりしないものが多い。
アーサーはそれらを拾いながら、隣の少年が広げている本の中を覗き込んだ。
どうやら魔術に関する内容、とまではアーサーは理解したものの、アーサー自身も詳細は分からない。
これは手助けはしてやれそうにないなと苦笑を浮かべ、拾い上げたメモを手に少年の身に僅かに近づいた。
立香は立香でアーサーの気配に気づいて、アーサーに対し背を向けた。
そのまま身体を倒したら、自然と少年はアーサーの胸に凭れる形になり、こうすれば広げている本の中身がアーサーにもよく見えるようになる。
「今日は随分と頭を使いそうだね」
「既にちんぷんかんぷんなワケですよ」
書かれてることの半分も理解し切れてない、と立香の言葉にアーサーは苦笑。
拾ったメモを広げられる本の前に翳したものの、ヒントにすらなってないようで、騎士の胸元から少年は再び唸り声。
「休憩にするかい?」
折角お茶も運んできたこともあって、アーサーはそう尋ねるがしかし、立香からはゆるりと首を横に振るわれる。
「…もう少し、」
振り返るでもなく、少年の視線は広げる本に向けられたまま。
アーサーは僅かに目を瞬くも、少年が頑張るというのなら、お茶が冷めてしまうことなど、どうでもよくて「そう」と微笑む。
「がんばれ」
背を預かりつつも、騎士からはたった一言だけ。
あとはそのまま、紙が捲られる音だけが室内に響き渡っていた。