Run run run 朝のロードワークは中3からの習慣だ。オールマイトとの体づくりのときから始まり、もう生活の一部になっている。できないときがあるとソワソワするくらい。習慣とは感情云々が一旦離れた所にあるだろうけど、単純に走るのが好きだから続けてるのもある。だから、プロヒーローになった今もそうだし、いずれ引退してもその後もずっと辞めずに走り続けるんだと思う。たくさん走ったその先に、何かがあるわけじゃないのに、足は止まらない。
「ハッ……ハァッ……ァレ?」
規則的に流れていた息が乱れ、出久の足が止まる。いつも同じコースを走るが、今日はずっと走りたい気分で青信号の道を選び続けてたから、知らない所まで来ていたようだ。見覚えのない田んぼが広がってる。電柱に町名が書いてのが目に入った。
「えっと……○✖️町ってどこら辺だっけ」
地理は大体把握してるものの思いの外遠くに来たらしかった。全くの迷子って訳ではないが、時短は大事だ。スマートウォッチで調べることにする。
「○✖️町」
音声入力をして数秒、クルクルと検索エンジンが調べてるアイコンを写したまま、フッと画面が暗くなった。まじか。触るがウンともスンともいわない。……タイミング!今日の勤務は少遠征だったはずだ。早めに出るために早起きしたのに、道に迷って遅れましたはダサいだろ。とりあえず誰か人。と思ったが誰も居ない。逆に好都合だ。高くジャンプすれば何か目印くらい見つけられるはず。
「よっ」
浮遊も混ぜて、辺りを見回す。9時の方向に派手なカラーリングの建物が見えた。いつものコースルートだ。本当にだいぶ遠くまで来てたらしい。このまま浮遊して移動、するには朝だし天気も良すぎるし憚られた。道さえわかれば十分間に合う。大人しく着地して走る準備に入った時、
「オイ」
急に背後から声がかかり驚く。それだけじゃなく、聴き覚えのある声だったから。慌てて振り返ると、かっちゃんがいた。
「かっっちゃん!え!っと、うわぁ!何か久しぶり?だね」
「まあ、だな」
会うの卒業以来だから、、3ヶ月も経つのか。意外と会わないもんだな。ヒーロー姿は何回か見かけたけど、ほぼテレビで観る人になってた。それに私服で会うのは何か、違う。嬉しい。
「かっちゃんいつもここの辺り走ってるの?」
「まあ、だな」
「そっか!今日僕この辺初めてきて、ちょっと迷って、、今帰り道見てたんだ」
「だろうな、飛んでんの見えたわ」
どうやら見られてたらしい。はずかし。
「オレは途中だかんな、走んぞ」
そう言って勝己は出久の来た道を辿った。
「ええ!あ、うん」
出久は彼女の少し後ろを並走する。朝日に照らされた髪が光ってキラキラしてた。何故か目が離せなくて、同時にふと思い出す。
「そういえばかっちゃん、この前母さんに会った?」
「……あ?会ったな。お前帰ってんのかよ、引子さん心配しとったわ」
「メッセージはしてる。のと少し電話もしたよ」
その電話でかっちゃんに会ったことを聞いたのだ。勝己ちゃんからこの髪飾り褒められたのよ、勝己ちゃんもちょっと髪伸びたかしら、もともと美人さんだったけどテレビで観てる人だったからちょっとドキドキしちゃったわ、ととても嬉しそうに語っていた。
「マメに帰れよ」
「うん、、そうだね。そうする」
そんなことを話してたら、急に視界がいつもの風景だと知らせてくる。
「この辺か?」
すかさずかっちゃんが言った。
「うん、ありがとう」
くるりと振り返るかっちゃんに、迷子の案内をさせてたと気づいた。折角会えたし、このまま別れて良いのかと逡巡する。気づいたら声が先に出てた。
「かっちゃん!……あの、ありがとう。えっと」
立ち止まった彼女にかける次の言葉が見つからない。誘い文句ってなんだ、
「メシ」
「え」
「飯でいい。週末、金曜」
「え、あ、うん。空いてる。ありがとう」
「じゃ」と言ってかっちゃんは走り、あっという間に見えなくなってしまった。出久もいつもの道に安堵しながら走り出す。にしても僕、迷ってお礼の助け舟まで出して貰って、ちょっと情けなくないか。こんなんだっけ、慣れない土地を踏んで浮き足立ってたかな。でも心躍る自分もいた。擬音をつけるなら、らんらんとかるんるんって感じの。金曜日、待ち遠しいなとか思ってしまう。思わず浮いてしまいそうになって、時間が迫ってる事を思い出し一直線に帰宅した。
***
あっという間に金曜になった。その間にかっちゃんと数回連絡を取り、ご飯屋を予約し今日に至った訳だが、21時を過ぎた今、ひたすら走ってる。
敵との戦いになったら定時なんて存在しないが、戦況的にこんなに遅くなるとも思ってなかった。警察への引き渡し、報告書や経費申告など諸々の書類作成。事務所の方針も相まってやることは多岐にわたる。華々しいヒーロー活動の裏には、それを確立するためには、できることは沢山あるのだ。でも今日は遅れたく無かった。充電が切れる前ギリギリ連絡を入れたが、既読がつくかの確認も出来ずに消沈してしまった。スマートウォッチもうんともすんとも言わなくなった時は単なる充電切れだと思ってたが、壊れてたので修理中だ。まずい。とにかく走って走るのみだ。
出久は息も切れ切れにお店に着いた。店内を見ると勝己の姿がある。スライディング土下座をする勢いで彼女の迎えに座った。
「遅れて本当ごめんなさい!!」
頭がゴンとテーブルにぶつかる。そのまま突っ伏したのでかっちゃんの表情は見えない。というか怖くて見れない。お礼がお礼になってないし、合わせる顔がないのが正直なところだ。周りのガヤガヤとした空間から切り離され、このテーブルだけに沈黙が流れる。な、涙が出そうだ。居た堪れなくて、とうとう出久は顔を上げた。
「何だその顔」
そこにあったのは、目尻を90度に吊り上げてる見慣れた姿ではなく、そう言って笑うどこか懐かしい幼馴染のかっちゃん、だった。どうした出久。不意の笑顔が刺さって抜けない。てか僕そんな情けない顔してたかな。思わず頬が緩みそうになり、慌てて引き締めたけど、もっと変な顔になったのか
「だからなんだその顔」
ともう一度勝己は言ってきた。
「本当、申し訳が立たなくて、ごめん。でもなんかかっちゃんの顔見れたら安心しちゃって……あ、えっと、そういう顔?」
「あっそ」
返事はそっけなかったが、これがデフォルトだったか。久々だと感覚を取り戻すのに時間がかかる。
「あ、えと、怒ってるよね、本当、ごめん。席の時間もう殆どないし」
「どうせ来ねえと思って、2人前食べんのが大変だった。ま、美味しかったからいい」
「そっか」
どうやら許された、のか?美味しい料理に免じて。何か気が抜けてしまう。と自分の身なりをみると、汗だくだしなんかボロボロだ。相対して、タイトな黒のワンピースを纏う彼女は見慣れなくて、落ち着かない。A組の皆んなのこととか、最近の仕事のこととか色々話して楽しかったけど、かっちゃんの顔を見て安心したのは確かだけど、なんかちょっとだけ落ち着かなかった。
「時間だな。出るぞ」
かっちゃんはそう言うとお会計の合図をした。
「テメぇの奢りだかんな。デーーク」
ばーーかと同じイントネーションで言われた気がしたけど、その通りです。本当に。
「あと明日、走るの付き合え」
「え、」
「食べた分落とさねえと動く時支障出る」
「あ、うん!喜んで!」
次に会う約束が出来てしまった。会えることってこんなに簡単だったっけ。……違う、簡単にしてくれてるんだ。いつも先を行く彼女に、追いついたと思っても遥か先にいるかっちゃんに僕は追いつけるときが来るのだろうか。なんて事を思い浮かべながら、店から駆け出した。