もうひとり、兄がいる。
高校に進学した春に一番上だと思っていた兄が、長い睫毛を伏せながらマグカップに口をつけた。
「仕事の出張でね、十年以上もここには帰れてないんだけど」
「出張長すぎじゃん?」
ツッコミに困ったように眉を下げて笑う。
ずっと九人兄弟だと思っていた。
これが一人増えて十人兄弟になろうと、末っ子として甘やかされて生きてきた悠仁には気にならなかった。
二か月後に帰って来た長兄の顔を見るまでは。
「ただいま、悠仁」
正月や盆にも一度も戻って来られない程に、仕事に忙殺され続けた長兄のジャケットはくたびれていた。
それでも思いきり両腕を広げて、笑顔を向けて来る。
兄達の稼ぎで生活費と高校への進学も賄ってもらっている弟としては、労いのハグの求めへも素直に走り込むところだ。
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