年々狂っていく季節感が帳尻合わせのように冬を連れて来た。
その年の最期の月に入った途端、冷え込む乾いた風から逃げようと首を竦めてジャケットの襟を立てる。
街は一足も二足も早くクリスマスの準備が進んでいる。
隣りに誰もいない寂しさから寒さも一際、まだ二十歳の若い身空に染みた。
一晩でもいい。
出来れば、聖夜を共に出来るのが最良だけれど、まず今夜だけでも体温を分け合える相手が欲しい。
柔らかくあたたかな夜を求めて見渡した街の中、ひとりに目が止まる。
異性ではなかったが、引き寄せられた。
惹かれたと言ってもいい。
街角で佇む長身。
額を出して後ろへ撫でつけた艶やかな黒髪、端正な横顔、チラチラと腕時計を見つめる視線以外は動かす気すらなさそうな。
気だるげな色気が香る男だった。
年齢は二十代半ばだろうか、日常にくたびれているようには見えない。
ただ人目を惹く、独特の色気があった。
腕時計から目を離して、歩道の壁際にある銀色のバーに腰をかけ、長い足を組む。
厚底のゴツイ靴から細い足首、黒のレザーパンツに包まれた太腿から尻のライン。
そう、特に尻が良い。
足の線がはっきりと分かるレザー生地に包まれた曲線が、バーにかけた体重の分だけむっちりと歪んでいる。
ごくりと喉が鳴った。
これまでの人生、ノンケだと思って生きて来た。
大きな胸が好きだったし、同性への興奮が欠片も脳裏に過ぎる事はなかったけれど、今はこの縦セーターの下の平らな胸板にしか興味が沸かない。
また腕時計を覗き込んで、俯いてほつれた黒髪を耳にかける白い指先はまるで誘うようだ。
迷うことなく突き進み、男の顔に真横へ一本走る不思議なタトゥーが見える距離まで近づいて声をかけようとした瞬間。
前髪を掠める近距離で、視界の目の前を拳が真っ直ぐに過ぎていく。
ダン、と重く響いた打撃音が壁側の鼓膜を揺らした。
「その人、俺のだけど。何か用あんの?」
壁を殴りつけたのは明るい髪色の少年だった。
にこり。
人好きのする笑顔とは相反して、背負うのは遠慮のない怒気。
傍目には年の近い友人同士がじゃれているようにしか見えないだろう。
壁際に追い込まれた当事者的には、間近で感じるのは冷たい熱だけだった。
求めてたんと違う。
「悠仁」
明確に己の死期を悟る脳内に、低く甘い声音が届く。
けれど白い指先が引くのは、怒気を背負った少年の袖だった。
「遅れて悪かったよ。映画行こうぜ」
指を解かせて、手を繋ぎ合う。
絡み合うそこには1ミリも入る隙などない。
「さっきの壁ドン、お兄ちゃんにもしてくれないか?」
流れる様なスルーである。
隙も何もまずこちらの存在を認識していなかった。
二人だけの世界を見せつけられるダメージに立ちすくむ前に、まず素早く一歩離れる。
黒髪の男が向けるとろけるような微笑みを、そっと横目で覗き見はしつつも。
ピシリと凍り付いた空気から命を守る方が先決だった。
「……帰ったら布団で種付けもセットでしてやるから楽しみにしとけ」
「お、お兄ちゃんは壁でいいが…っ!」
「聞こえない。さっさと帰るぞ」
「あっ、」
繋いだ手を離して、強引に腰を抱き寄せる。
厚手の上着越しでは分からなかったが、よろめく長身の腰の細さに目を見張ってしまう。
思わず注いでしまった視線が見つかり、肩越しに鋭く睨まれて慌てて顔を背けた。
「悠仁、その、映画は……」
「また明日来ればいいだろ」
あの人、絶対に明日は起きられないだろうな。
細腰をがっつり掴む、少年の手の甲に浮いた血管が怖い。
初対面の人間でも確信しか得られない寒さに震えながら、足早に去っていくカップルを、こっそり親指を立てて見送ったのだった。