視覚的な情報を記録しておくのって難しい。場所はカフェ。昼過ぎの打ち合わせの場所として悪くないシチュエーション。私の眼前、広いテーブルの上にはいくつかの品がある。
まず正面斜め前にアップルパイ。バニラアイスが乗っていて、その上からキャラメルソースがかかっている。隣にベイクドチーズケーキ。カットされた断面はなめらかで、シンプルながらも見るからに食べ応えのありそうな一品だ。その奥にはパンケーキ。こちらもアイスが乗っているけれどバニラだけでなくイチゴのフレーバーも。数種類のベリーが添えられていて爽やかな味わいを予感させる。そこから視線をずらせばチョコバナナパフェがある。濃厚なチョコレートブラウニーにナッツのトッピング。チョコアイスとキャラメリゼされたバナナはきっと口の中で溶けあって絶妙なハーモニーを奏でることだろう。ドリンクはアールグレイティーをポットで。あとそれとは別にコーヒーフロート。そして正面にはメインの、つまりお昼ご飯のピザトーストとミニサラダのセットが置いてある(わざわざ書くまでもないけど、他はデザートだ)。
自分で注文しておきながら圧巻だと感動していると、テーブルを隔てた向こう側から、こんな言葉が投げかけられた。
「……相変わらずの食いっぷりだな」
呆れられてる、と思いきや。意外なことに相手の表情に侮辱の色は見えなかった。今思い返してみれば、あれは……感心してたんだろうか? なんにせよ彼女にしては珍しい。 ピザトーストとサラダを平らげながら、そんな気がしていた。
ああ、書き忘れていたけれど、今日この店を訪れたのはセブン協会との情報交換のため。
今回の担当者として派遣されたのは、良秀――過去に何度かいっしょに仕事をしたことがある、ということを憶えている程度には見知った相手だね。
ちなみに、彼女の前にあるのは……ホットコーヒー、以上だ(一応正確に書いておくと煙草の灰皿もある。彼女と相席するときは喫煙席を選ばなければいけない、ということも念のため書き加えておく)。
良秀という人は普段、余計なことを言わない。それくらいは分かる。だからこそ発言の意図が掴めなくて、そのとき私は当惑してしまっていた。ひとまず空いた不自然な間を埋めるため、パンケーキを食べ進めながら私は「あんたも食べたい?」と聞いてみた。そんなわけないと思いつつ。
すると、またも意外なことに――なんと良秀は、私の言葉を肯定したの!
カトラリーケースからフォークを取り出すのを見て、聞き間違いじゃないって確信した。ぽかんとしてる私をよそに、良秀はチョコブラウニーにフォークを刺し入れる。ハッとなって、私は抗議の声を上げた。最初の一口目を持っていくだなんて、って。すると今度は……腕を伸ばして、私の眼前にあったパンケーキの最後の一口を持って行ってしまった。
そのときはさすがに私も愕然としたね。まさか嫌がらせのつもり? もしかして私、なにかこの子を怒らせることでもしたの? って、ぐるぐると頭を駆け巡って。
そういうふうに私が硬直している間も良秀の手は動き続けていた。やがて動きが止まったかと思うと、コーヒーを一口すする。それで満足したのか、やがて彼女はフォークを置いた。
どうやら良秀は、全ての皿から均等にひとくちずつ味見をするみたいに食べたみたいだった。
どうしてそんな食べ方をしたのかと訊いてみると、良秀はこんなふうに答えたの。
「お前の真似だ。」
……私、そんなつまみ食いみたいな食べ方、してないと思うんだけど……?
言葉の意味が分からなくてすっかり困り果てながらも、そのときの私は――良秀に二口目を勧めることにした。だって、彼女の食べ方はなんだか……勿体ない食べ方だったから。だからアドバイスしてあげた。「アップルパイはアイスといっしょに食べてみて、全然違うんだから」「パフェは底から掬うように食べなきゃ」っていうふうにね。そうしたら良秀はフォークを手に取った。そして私が勧めたとおりに、また食べ始めたんだ……もちろん、一口だけ。
その様子がやっぱり意外で、不思議で、ちょっと可笑しくて……今日はスイーツを口にする彼女の姿ばかりが記憶に残っている。
今日の良秀は、本当に理解できなかった。発言内容も行動も。珍しい彼女の態度が印象に残り過ぎて、せっかくの料理やデザートの味が今となってはどれもこれも曖昧な記憶になってしまったほど。あぁ、またあの店に行ったら同じものを注文しなくちゃいけないな。