【オークションは胃痛でしかない】他者から値段を付けられる。という行為には慣れていた。犬呼ばわり同様に、身体に宿した型落ちの魔術刻印と足りない魔力量。魔術師という商品として値札に割引きシールが何重にも貼られているのは自覚している。虚しさしかないが事実だ。
閉じ込められた檻を覆う布越しに、大勢の人の気配を感じ取る。司会者と思しき男性の声で、適当に僕の身体的特徴を開示する。共に、魔術師の素養あり。マスター資格者が付け足された。布を取れば一発でわかるだろうにと心の中で司会者を罵るものの、布越しから感じる人の囁きに熱量はないため、口から出るのは冷静な判断だ。
「バラされるのがオチだな」
バラされる......つまり、頭部のみだとか、心臓だけだとか、欲しいところだけを持って行く競りにしかならない。客の気分次第だろうが、その気配しかない。
商品である僕に対し、顔面一発入れた事実から簡単に導き出される答えだ。まあ、「商品をもう少し丁重にしたらどうなんだ」や「僕の隣にいた女の子が目当てだったんだろ?僕で残念だったな」と、挑発した結果だろうけど。まだ粘膜がやられているのか、だらりと流れて来た鉄の味を舌で拭う。手なんてものはとうの昔に後ろ手で拘束されている。囮役に良く似合う見た目だ。
ここは、魔術師という存在が商品になる微小特異点。それは現実と変わらないものの、商品価値しかない。と断じられているほどに、劣化した世界。魔術が衰退しきって魔術の素養があるなら、愛玩動物からそういう礼装にさえ満たない玩具に加工される未路。僕は後者の末路を辿るだろう。予定通りに、このオークションに来ると思われるターゲットをあぶり出さない限り。
檻を覆っていた布が取り払われた。目玉商品でもない僕は適当に競り落とされるしかないものの、ターゲットはマスターの素養がある魔術師を必ず競り落とすので、問題ない。身体強化で簡単に壊せる拘束と檻だな......と他人事に思いながら、ステージの光がキツイと目を細めて立香の姿を探す。確かコヤンスカヤと一緒なはずと、桃色と橙色が並んでいないかと探せば案外簡単に見つかった。
チャイナ姿のコヤンスカヤに合わせたのか、同じくチャイナ姿でツインのお団子ヘアスタイル。何やら意を決した表情で、僕を見ている。ものすごく嫌な予感がしたと同時だ。僕の値段が吊り上げられていく中、コヤンスカヤが立香に耳打ちし、よくわかってない顔のまま、その手をこの競売に合わせたサインに変化させた。そのサインの意味に「ま”」と司会者が、立香のナンバー…購入者ナンバーを上げたのち先ほどまでの金額を2倍にした数字を告げた。告げた瞬間、立香が「へ?」という顔でコヤンスカヤを見ている。それに対して笑顔で対応し、2倍の価格を提示しようとも競ってくる相手が居た所為か、次のハンドサインを教える悪女。そして、素直な立香は「分かった!」と言わんばかりに意気込んで教えられたハンドサインを掲げ更に吊り上げる。2.5倍に吊り上げられた。質が悪い。相手の財力を見ながら競るというお行儀のよさもなく、ただただ絶対に競り落とすという意気込みしかない。
それに付いてくるのは、たった一人。どう考えてもターゲットだ。その一人が少しだけ吊り上げていくが、立香が突き放していく。いや、コヤンスカヤが面白半分でハンドサインを教えているため、突き放しているのはコヤンスカヤだ。立香は財布でしかない。
少し値段を上げられたら、素直に教えられたハンドサインをして、価格を吊り上げていく。「絶対に競り落とすから」と強い眼差しで僕を見る立香。いや、でもターゲットが判明し、ナンバーも確認した。もう充分なはずで、予定ではここでサーヴァントを一と訴えたくても、声は届かない。目で訴えた所で意味もない。
それを知ってか知らずか、僕の方をにんまりとあの、腹黒いとしか言いようがない笑みで見守る同伴者たるコヤンスカヤ。
「マスターは競売に詳しくない御様子。お教えいたしますわ♥」なんて言った、教師役をやるべき立場が、オークションで破滅の道を辿っていくマスターを喜んで見守っているではないか。いくら、QPの貯蓄があるとはいえやっていい事ではない。僕自身、どんどん上がっていく値段に胃がんでいく。額に汗が流れる。血の気も引いて行き、今すぐにでもこの拘束と檻を蹴破って逃げ出したい衝動に駆られていく。青ざめていく僕なんて気にせず、金額はつり上がっていく。
ついに億の数字がコールされる。待て、僕にそんな価値などない。その金額を上乗せする人物などいない。なに「やった!勝った!!」みたいな顔をしているんだ!!!
勝利言みたいに僕に向かって手を振ってる!?やめる、余計なことはするな!
そんな僕の訴えも空しく、ハンドサインを見間違えたか?とばかりに、司会者がふりふりとご機嫌よく振る手を、サイン誤読と判定し、正しいハンドサインをと言わんばかりに更に金額が上がった。勝手に金額が上がったものの、立香はご満悦。コヤンスカヤも同じく。しかし、あのコヤンスカヤが愛玩動物をただただ見守っているわけがない。
コヤンスカヤがハンドサインを示せば、コヤンスカヤのナンバーがコールされ、金額がつり上がった。どうやら身内に敵がいたらしい。それを見た立香が、なにするのさという雰囲気のまま、コヤンスカヤに対抗するべくその手で、その金額を2倍にした。
20億QPというコールを聞いて、僕の視界が真っ黒に染まった。てっきり無意識ながらその金額に精神がやられた結果、ブラックアウトしたわけではないようだ。五感は機能しており、獣のけたたましい雄叫びが会場内を埋め始めるのを知覚した。闇の方が動いたらしい。誰だよ、あんな危険な奴分裂させて呼んだ奴は......立香だ.......と思いながら、檻の金属部分にもたれ掛った。その後、問題なくターゲットはコンスカヤ2騎により拘束され、無事に立香の20億QPは守られた。僕の胃なら犠牲になった。
なお、僕の無事を確認したあと、鼻血の跡を見て「大丈夫?」と心配そうに見上げては、ハンカチで拭ってくれたので、胃が犠牲になったものの、許せる判定になる辺り、僕はコイツに弱いなとしか思うほかない。涙ながらに「無事でよかった...!」と抱き着かれてしまえばもう終わりである。つまり、完全に許してしまった。
によによとこちらを見るコヤンスカヤ2騎にはノーコメントである。