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    2niwt_bb

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    2niwt_bb

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    若いので性癖を刺激されてしまった匋平くん。

     目が合った瞬間、クソったれが、なんて叫ばなかっただけ、褒められたものだと思う。
     なんでいるんだとか、両手に女侍らせて何様のつもりだとか、目立ちすぎだとか、いろいろ、本当にいろいろ言いたいことはあったのだけれど、それよりもまず、身体は反射的に動き出していた。
     一緒にいたクラスメイトに、急用ができたと、持っていた看板を押しつける。無駄に良い顔に笑みを浮かべながら、腕に絡みつく女子たちを柔く引き剥がそうとしては、さっきよりも余程べったりと、胸まで押し当てられて追い縋られる姿が視界に入って、思わず舌を打ったのさえ、とんだタイムロスだ。
     向かっていた方向にくるりと背を向け、人混みの中へと身を滑らせた。翻るスカートなんか、構ってられるか。雑に掴み上げて、目一杯歩幅を開く。ワックス掛けされた廊下に、上履きの底のゴムが嫌な音を立てた。
     距離は、教室一つ分。間には大量の人、人、人。頭の悪そうな女たちがしばらく粘ってくれることを期待して、まず現れた階段へと飛び込んだ。
     地の利は、確実にこちらにある。一段飛ばしに駆け上がりながら、ここ数日の記憶を辿る。校門付近に掲げられた会場案内図、担任教師のホームルームでの連絡事項、クラスメイトたちが話していたサボりスポット。
     走れば逆に目立つ。極力早足で、喧しい人の波を縫うように、右へ左へ、上へ下へ。時折、スリッパがパタパタと走りづらそうな音を立てるのが耳に入る。その度、掌にじっとりと嫌な汗が滲んで、鼓動を速める心臓に落ち着けと言い聞かせた。
     何してるんだと、ひやかしに声を掛けてくる顔見知りたちに適当に手を振って、さすがにここまで来ればと後ろを振り返ったのは、最初に遭遇した場所から遠く離れた旧校舎。休憩と文化部の展示用にと一部が解放されているが、滅多とないお祭り騒ぎに、ほとんど人の気配は感じられない。立ち入り禁止の貼り紙を掲げる三角コーンを飛び越えてしまえばなお、外の喧騒も、遥か遠く。
    「あっつ……」
     まだまだ残暑厳しいこの時期、おまけに締め切った校舎の中は余計に熱気がこもっていて、知らず駆け足になっていた速度を緩めた瞬間、ぶわりと汗が噴き出した。
     額にびっしょり滲む汗を拭ってみるも、首筋にも伝い落ちていくのを感じたものだから、もう、首の後ろのホックを緩めてしまおうか、と。
    「よう」
    「ひっ……!?」
     持ち上げた手は、しかし、目的を果たせず捕らえられ、宙を掻く。曲がり角の向こう、突如音もなく現れた男に、よもや悲鳴まで上げそうになって、けれどそれは、口に覆い被せられた掌に押し止められた。
    「ん、んっ、」
    「しーっ……」
    「……っ…」
     噛みついてやろうとしたところで、人差し指一本、唇に押し当てた顔にずいと迫られ、反射的に動きは止まってしまった。
     染みついた癖とは恐ろしいもので、相棒からの合図に、考えるよりも先に身体が反応したのは果たして、幸か、不幸か。
    「誰かいるのか?」
     いろんなことが一気に起こって、思考はほとんど機能していないけれど、自分が置かれている状況だけは、かろうじて理解できた。
     下の階から聞こえた声は、恐らく見回りの教師だろう。それから、目の前には、相棒改め、元はと言えばの元凶、今日の敵。まさに八方塞がり、背水の陣。どちらを相手取っても、面倒なことこの上ない。
     おまけに、逃げ回って疲弊したところに、一度怯んだ身体はなかなか言うことを聞いてくれなくて、そうすればもう、取れる選択肢は限られる。
    「こっちだ」
     ただ大人しく、眼前の男に、肩を抱かれるがままに、されるしかないのだろう。もつれそうになる足を引きずって、何故か、施錠されているという思い込みに反して、あっさりと開かれた教室のドアの先へ、火照る身体は拐われる。涼しいままの横顔で、いとも容易く、軽々と。あんなに必死に逃げ回っていた俺を、嘲笑う、ように。


     ガチャッと鍵の引っ掛かる音に、抱え込まれた肩がひくりと跳ねた。それに気づいてか、されるがままに無駄に長い両脚の間に収められていた身体を、余計に懐へと仕舞い込むように引き寄せられ、なんとも面白くない。
     ドアの窓から覗き込まれてもバレないよう、座り込んで、べたりと壁に寄り添い息を潜める。
     迫る敵、身を隠した物陰。ともすれば任務のときと状況は変わらないのに、こうも心臓が早鐘を打つのは、ここが学校で、今がまだ昼間だからだろうか。それとも、いつもは対等に背を預ける相棒に、まるで守られるように抱かれているせいだろうか。
    「……行ったか?」
     教室のドアが開かなかったことを確認して、パタ、パタ、と足音が一つ遠ざかっていく。
     様子を伺ってじっとすること数秒、だったと思う。ドクドクと頭の中にまで響く心臓の音に、吐息で紡がれた言葉にうなじを撫でられたことで外音が混ざった。
     密着していたせいで、すっかり熱を持っている胸をぐっと押し返す。存外、あっさりと緩められた腕の力に、ふらりと身体は後ろに傾いた。
    「おい、大丈夫か?」
    「……問題ない」
    「顔、赤いぞ」
    「っ、誰かさんのせいで、こちとら汗だくなんだよっ!」
     いまだ汗の引かない身体も不快で、悪態を吐く。相変わらず涼しい顔をしたままの男の、匋平の腕の中から今度こそ抜け出せば、ようやく随分と、呼吸が楽になった気がした。それと同時に、開き直る決心も、ついたわけである。
     こいつにだけは見られて堪るかと抗ったわけだけれど、教師の目から逃れることを選んだ時点で、全ての抵抗が水の泡となったのだ。今さら恥じらうほうがバカらしい、十分な距離を取って、どかりと胡坐をかいて座り込む。
    「で、なんでここにいんだよ」
    「人が来なくて、ヤレそうなとこ聞いたら、ここだって」
    「ち、げぇよバカっ! なんで旦那が、学校にいるんだっつってんだ!」
    「あぁ、そっちか。親父が、明日来るから、下見に行ってきてくれって」
    「親父ぃ………」
     とは言え、本来いるはずのない匋平がここにいる理由はきちんと詰めてやるつもりだった。不機嫌さを隠す気もなく口を開いた先、何やら聞き捨てならないようなことを言っていた気もしないではないが、それ以上に、どうしようもない事実を突きつけられ、膝についた頬杖で顔を覆って、がくりと項垂れた。
     昨日から始まった、高校の文化祭。今日明日と三日も続く催しは、昨日の学内の人間だけでの芸術鑑賞やらを終え、今日から一般解放が行われている。屋外ステージやら展示発表、模擬店などが設置され、校内のいたる所に生徒だけでなくその保護者や連れ、はたまた別の高校も生徒もいたりと、そこそこの盛り上がりを見せている。一年のときこそ堅気の人間ばかりが集まる場に、なんとなく居心地の悪さを感じることもあったが、三年目ともなれば、この空気にもすっかり慣れてしまった。
     いつも気を遣って、依織が学校でどんな生活してるんか見てみたいわぁと言いつつ、強くは望まない親父に、文化祭があることを伝えてしまう、くらいには。
    「それ、」
    「あ?」
    「親父も、可愛いって言ってくれるんじゃね?」
    「誰が親父に見せるかよ……」
     ただ、想定外だったのは、そんな年に限って、クラスでの出し物が、メイド喫茶なんぞに、決まったことだった。
     こういうのは、惰性でありきたりなものが選ばれるか、妙に張り切った連中がやる気満々で選び抜いたかで、興味のない人間までもが巻き込まれる度合いは変わってくる。そしてそれが、残念ながら後者であったことは、今の自分の格好を見れば、言うまでもないだろう。
     黒を基調としたワンピースに、白い大きな襟。フリルが肩周りや裾にあしらわれた純白のエプロンは、後ろで大きなリボン結びが施されている。頭に乗ったこちらも白のフリルのヘッドドレスは、最後まで抵抗したが結局つけられるハメになった。
     裏方に徹すると言っても、なぜか聞き入れてもらえなくて、終いには、どうしても着てほしいとせがまれる始末。ほどほどに人当たりの好い人間を演じてきたのが仇になったのか、いやまあ、女子の押しの強さに、負けたとも言うが。
     せめてもの救いは、縫製が得意な生徒がいるとかでわりとしっかりした作りをしていることと、ウケ狙いに走らずに、クラシカルな雰囲気を出したいとかで、スカートの丈が長かったことだろうか。
     最悪、女装をさせられたのはいい。他のクラスメイトたちも同じような格好をさせられているわけだし、特別目を惹くようなところがあるわけでもない自分は、大人しくしていれば目立つこともない。浮き足立った空間には、もっとおかしなやつがあちこちにいる。散々嫌がる態度を見せてから、渋々受け入れる風を装ったのは、今日、つまり文化祭の二日目だけだという条件つきにして、明日、親父が来ることに備えたかったからだ。
     だから、つまり、今日こいつが来ることなんか、これっぽっちも、想定されていなかったわけで。
    「てか、親父も、ってなんだよ。他に、野郎のこんな格好見て、可愛いと思うやつなんざどこに、」
    「可愛いじゃん」
    「……」
    「可愛いよ、依織」
     だから、言わんこっちゃない。完全に墓穴を掘った。
    「……ヤリモクなら、さっき侍らせてた女、連れてきてやれよ」
    「拗ねてんのか? かわいい」
    「んなわけねぇだろ、って、こら、触んなっ」
    「なあ、俺にはご奉仕ってやつ、してくんねぇの? 可愛いメイドさん」
    「〜〜〜っ」
     これなら、なんて格好だと、面白く可笑しく笑われるほうが余程マシだった。揶揄うわけでもなく、本気で言ってきているのがわかってしまうから、尚のこと、バカ正直な男はタチが悪い。おまけに、安いAVみたいなセリフのくせに、それを囁く顔と声は一級品。俺なんかじゃなくて、さっき絡みついていた女にでも言ってやれば、喜んで楽しませてくれるだろうに。出かかった言葉は、けれど結局、吐き出せず。
    「うん、やっぱり、可愛い」
     近づいてくる唇を受け止めてしまったのは、長いスカートを踏んづけてしまっていて、満足に身動きが取れなかったから、ただ、それだけ。
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    DOODLE匋依 / デキてる / ちょっとはやめのクリスマス小話
    クリスマスソングも弾かないで 街がイルミネーションに彩られている。
     地上26階から見下ろすと、ひかりのつぶてを纏う木々はまるで海の底に沈んだ流れ星のようにみえた。いつもより思考がロマンティックになっているのは場の空気に酔っているからだ。首筋に細く湿った吐息がかかる。煙草と石鹸と匋平の香水のかおり。はだけたバスローブのした、膚を撫でる手つきはやさしかった。

     これまでクリスマスというものに特別な思い入れをもったことはなかった。年に何度かある掻き入れ時のうちのひとつで、年の瀬も近いから人々が浮足立って賑やかしい、その空気感が心地いい。依織にとってクリスマスとはながらくそういうイベントだ。
     もちろん楽しみもあって、弟たちとパーティもすれば、プレゼントを贈り贈られすることもある。先代翠石が存命だったころも同様で、ど派手な宴会(あれはパーティと形容できるものではない)が行われ、大量の酒がふるまわれたあげく、泥酔した組員たちによるビンゴ大会などが催されていた。若いころの依織はどちらかというと会の裏方に回ることが多く、宴もたけなわのころには邸のキッチンなどで一服するのが常だった。そういうときに決まって親父がひょっこりと顔を出し、「袖の下っちゅーやつや」などと冗談を言いながら贈り物をしてくれたのを覚えている。いつまでもガキじゃねぇんだと嫌がる依織の心情を思いやってかプレゼントとは言われたことはなかったが、あれは間違いなく親父からのクリスマスプレゼントだった。だから依織にとってクリスマスとは家族のためのイベントだ。
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