「叶羽君、機嫌が良いね。」
友人からの言葉で気付く。
機嫌が良く見えるのか、と。
別に自分に興味が無いわけではないのだろうが、自分より他者に意識が向いてしまうことが職業柄にもあるものだから…自分のことは他者に言われなければ気付けないことの方が多い。
「お前に、そう見えるのであれば…そうなんだろう。」
「また、ひねくれた言い方だね。」
友人、萩前翔真は面白そうに笑う。
「あぁ…別に、君の機嫌が良いから特別、何かしようと言うわけでは無いよ?……知っての通り、」
「分かっている。」
10年くらいの付き合いではあるが、俺なりに彼のことは理解しているつもりだ。
彼は特別優しい人間で、他者を馬鹿にしたり陥れるなどという思考を持ち合わせていない人間である…と、認識している。
「お前の言葉に、悪意や他意が含まれないと思っている。」
「随分と信用されてるね、僕は。」
「……少なくとも、俺から見た萩前翔真という人間の一面だからな。他の友人や…それこそ、お前のお嫁さんから見た萩前翔真という人間のことは知らん。」
そう言って珈琲を1口。
「やっぱり…君の考え方、モノの見方、言葉の使い方は面白いね。」
彼は再び面白そうに笑う。
彼を見ていると、素直な部分は羨ましく思える。
…まぁ、素直が全てではないのだろうけれども。
「……これも、君は知っているかもしれないけれど、僕も君を信用しているから…君から発せられる言葉に鋭さはあっても、基本的に相手を思ってのことだとは思ってるよ。」
「……。」
ジッ、と彼を見据えて数秒。
考えて次の言葉を探す。
「ところで、翔真。」
「ん?」
「今日は、自分のお嫁さんにプレゼントを買いに行くんじゃなかったのか?こんな所で俺に構ってて良いのか?」
「ぁ。」
忘れていたと言うような声に思わず呆れる。
「お前にしっかりしている部分と、ぼんやりしている部分があるのは知っているが…その目的は、忘れたら駄目だろ。」
「あはは…、そうだね。
志桜里さんへのプレゼントを探しに行かないと。」
照れたように笑いながら紅茶を飲んで、彼は席を立つ。
「ぁ…お会計。」
思い出して伝票を探す彼より先に、テーブルに置いてあった伝票を自分の方へ引く。
「今日の分は支払っておく。今度、医療関係の事例を元にしたお前の考えを聞かせてくれ。お代は、それで十分だ。」
「…わかった。
申し訳ない気持ちはあるけれど、それで良いのであれば…お言葉に甘えようかな。ありがとう。」
「……。」
彼は、微笑んでから店を後にする。
「さて…。」
俺も、彼と話す前に読んでいた本を、もう少しだけ読んだら…俺にとっての大切な人、雨脇雫さんとの待ち合わせ場所に向かうとしよう。