思い出話 鎧の手入れをしていると、のすりと背に重みがかかる。振り返らずとも誰か分かる。何せこの家には俺の他には家主しかいないのだから。
思えば、出会った当初からこいつはこんな調子だった。夜営の最中、槍を磨いていた俺の背中に無邪気な子供のようにのし掛かって、肩越しに手元を覗き込んでいた。……背にはとても子供とは言えない、柔い肉の塊がこれでもかと押し付けられていて、一体何を考えているのかと反射的に苛立ちすら覚えたが、なぜかすぐにどうでもよくなったのを覚えている。その仕草に、何となく覚えがあったからだ。
「……昔な」
「うん」
「親父が木を削っているのを見ていたことがある。今のお前と同じように背中に乗って」
「うん」
「イシュガルドの子供は大抵、騎士団か、竜騎士に憧れる。槍や剣に見立てて振り回すための棒や、玩具の剣を欲しがったもんだ。……だが、俺はそれよりも、親父が使っていた羊飼いの杖が欲しくてな」
シェパーズ・クルーク。はぐれそうな羊の首や脚を引いて群れに引き戻し、時に下草を掻き分け、時に獣を打ち払う杖。親父が使うとまるで全てが魔法のように鮮やかで、どんなものより格好が良く見えた。
「さんざ駄々を捏ねたら、根負けした親父が十二歳になったら、お前の杖を削ってやると、約束してくれた。十一になって幾ばくかしたある日、長くよく乾いた大きな枝を、親父が持って帰って来てな。毎晩少しずつ、暖炉の前で削るんだ。少しずつ杖の形になっていくのがあんまりにも楽しみで、背中に乗っかって、危ないと嗜めらても、飽きもせずずっと眺めていたもんだ」
「……」
それまで静かに相槌を打っていた相棒が、不意に静かになった。その杖がどうなったのか、想像がついたからだろう。
十二の誕生日が間近に迫った頃、いよいよ杖の形に仕上がった杖にはしゃいで手を伸ばす俺に、まだだめだと笑った父。
『これから油を塗り込んで磨くのよ。ぴかぴかの方がいいでしょう?』
そう笑って俺を宥めた母。
羨ましそうにしつつ、よかったねと微笑んだ弟。……皆、出来かけの杖と共に、遠いあの家で燃えてしまった。
吹雪の向こうにある無慈悲な火の爆ぜる音と煙の匂いをぼんやりと思い出していると、黙って聞いていた相棒がぐりぐりとこめかみに額を擦りつけ始める。表情は伺い知れないが、慰めているつもりなのだろう。
「……そんな顔するな。そう悪い話でもない」
きっと痛ましい顔をしている相棒に、そう告げる。
そう、今はもう、笑って話せる思い出になったのだから。……それを成してくれたのは、他の誰でもない、この女だった。笑って話せる思い出にしたのも、そもそも思い出話が出来るのも、すべて。
だから俺は、お前のために槍を振るう。この身が動く限り。お前が冒険とやらを、続ける限り。
「……槍が振るえなくなったら、杖職人にでもなるか」
「……想像できない」
「安心しろ。俺もだ。まあ、どこぞの天才木工士とやらの手解きがあれば、どうにかなるだろう」
「……しょうがないなぁ!」
高いよ?と笑う相棒に、これで足りるか、とキスをする。まだ、と笑って口づけをねだる顔に、人は変わるものだと、つくづく思ったのだった。