夏の終わりの秘密 / 🌹🎀 その秘密は、日課の報告で発覚した。午前のレースを終えたアステルは、本日の報告書の提出にクロービスの執務室を訪れている。平時とほぼなんら変わらない勇者の日常の一幕であるのだが、この日はある一点だけが違っていた。机の向こうのクロービスへ書類を手渡した時の怪訝な様子に、アステルは原因へと思い至ると申し訳なさそうに弁明を始める。
「ええと、実は先日いただいた香水をつけてみたんですけど……。もしかして駄目だったでしょうか?」
贈り物の内容からとある人物に思い立ったクロービスは、眉をひくつかせると何かを言おうとして結局止める。その様子に勇者としての服務規程に問題があったと思ったのか、アステルは不安げに佇んでいた。クロービスは即座に今後考えられる面倒事を勘案し、想定した人物の最近の挙動を踏まえて処遇を決める。
「……量の加減を間違えねば問題はないだろう」
「本当ですか!」
わあっと心底嬉しそうに、アステルは花咲くような笑みを浮かべると、退室の礼をしてうきうきとした足取りで去っていった。表情に似合いの芳香はふわりと漂い室内に残っている。直後、本日二組目の来客がドアから顔を覗かせた。
「お茶を持って来たんですが、一緒に飲みませんかー?」
「おや、姫とは入れ違いになってしまったかな」
部屋の主の許可を取ることなく、二人は歩みを進めると茶会の準備を始める。四人用のティーセットを並べると、リーンハルトはアステルを呼びに行くと言い残し、部屋を後にする。残されたサシャは何かに気が付いたのか、クロービスへと問いかけた。
「クロービスー、ルームフレグランスを変えましたかー?」
「いや、この部屋にはそんなものは置いていない」
「変ですねー、リーンハルトかと思ったんですが、少しだけ違うような……?」
不思議ですねー、と首を傾げているサシャの言う通り、軽やかな希少な薔薇の残り香には先ほどの香りが同居していた。片方ずつでは各々の個性を引き立てて、揃うと見事に調和するということは、言わずとも誰が仕組んだかは自明である。クロービスは連れだって歩く足音を耳に野暮な指摘を飲み込んで、これからの対応に頭を悩ませることにしたのだった。