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    nanana

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    nanana

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    高校二年生学パロ、家がお隣の陸上部のぶぜんくんと科学部のくわなくん。
    くわなくんがずっと初恋を拗らせている夏の話。

    #くわぶぜ
    ##とうらぶ

    眩い白昼夢を埋葬(くわぶぜ)「たからものかくしてるみてぇなもんだろ!」
     そんな風に笑った豊前の顔も声も、その日の夏の暑さも今でも鮮明に思い出せる。


    1.

     三階にある化学室の窓から桑名は外を見下ろす。窓ガラスの向こうの世界はこの酷暑のせいか歪んで形が不規則に揺れ動く。窓を隔てていても煩い蝉時雨。見ているだけで熱中症になってしまいそうだというのにグラウンドでは運動部の生徒たちは駆け回っては汗を流している。
     人間の目とは不思議なものである。こんなにもたくさんの人間がグラウンドには溢れているというのに思い人というものはすぐに見つけられてしまう。
     癖のある短い黒髪が風を纏って駆け抜ける。百メートル走り終えてもう一本とでも言うように高く高く天に伸ばされた人差し指が酷く眩しい。眩しいのは好きな人を見ると瞳孔が開くからだというけれど、果たして本当にそうだろうか?あの男が一等輝きを放っているせいではないだろうか。
    「あんな炎天下の中走るのえらいやろ?」
     そんなことを本人に聞いたこともある。豊前は少し驚いたような顔をして、それから真剣な顔をして腕を組んで唸りながら虚空を睨んだ。
    「そりゃあキツイっちゃあキツイけど、でも俺、走んの好きだし」
     桑名だって暑くても畑に行くのはやめねぇだろ、と言われればうんとしか言えなかった。お互いに好きなものに妥協できない性分なのだ。
     湧き出る羨望は豊前の「妥協できない好き」にカテゴライズされている「走る」という行為に対してだった。そんなものに嫉妬してどうすると桑名の中の大多数を占める理性的な部分が言うのに、僅かに残る本能的な部分がいいないいなと子供みたいに騒ぎ立てる。
     人を好きになるというのは好意が降り積もって溢れ出るようなものだととある本に書いてあるのを桑名は見たことがある。けれど桑名の「好き」はそんなふうには生まれず、ある瞬間に洪水のように突然溢れ出た。
     まだ幼かった頃の話だ。どうにも人の目を見るのも人に目を見られるのも苦手だった幼少期の時代だ。当時から隣に住んでいた豊前と豊前の母親とはよくお互いの家を行き来して交流をしたものだった。いや、だったと過去のように書いたけれどそれは過去の話ではなく現在も続いている。
     そんな豊前が髪を切った、という話から話題の矛先が桑名が前髪を切りたがらないという方向に向いたのだ。目が悪くなるから、衛生的に良くないから、そんなことは幼い桑名にもわかっていた。わかっていてもどうにも嫌だったのだ。
    「くわなのめ、きれーだもんな」
     そんな大人たちの説得に混じって幼い豊前は無邪気に桑名にそう言った。純粋な賞賛の言葉だったというのに、何か黒いものが胸に落ちた。思えば少しだけ同年代の子供よりも聡いがゆえに捻くれていた桑名は、あの頃から理屈っぽいところがあったのだ。
     綺麗だからなんだというのだ。だから万人に曝せというのか。そんな感情がもやもやと桑名を包み込む。誰が何といおうと嫌なものは嫌なのに、誰もその感情をすくいあげてはくれやしない。結局、誰も自分の気持ちなんて理解してくれないと桑名が諦めて俯いた時、頭上からきらきらと宝石のような言葉が降ってきた。
    「たからものかくしてるみてぇなもんだろ!」
     驚いて思わず見上げた豊前は酷く眩しかった。この少年は前髪を切らないことをを肯定も否定もせずただそうなのだと笑う。前髪を切りたくなかったのはそんな理由ではなかったけれど、まるでそうかのように美しく理由を飾り立てた目の前の少年が長い前髪の隙間から輝いて見えた。
     前髪を切るとか切らないとか本当はどうでもよくて、それをしたくないという自分の感情を受け入れてもらえないことがずっと悔しかったのだ。
     瞳が開けていられないほど眩しいと思うのに、目を離すことはできなくて、体中の体温が上がって汗が噴き出す。
    「おれもくわなのめのいろすきだからな」
     告げられた「好き」ついに頭が爆発してしまったのだと錯覚してしまうほどの熱に襲われてたまらず逃げ出した。桑名は喉元までせりあがった悲鳴を押し殺して自分の部屋へと駈け込んでベッドに顔を埋めて殺しきれなかった悲鳴を枕に漏らす。
     振り払っても振り払っても脳内で再生される豊前の声と顔に、これは恋をしてしまったのだと幼いながらに桑名は理解したのだ。それが今も拗らせ続けている初恋の話。
     初恋は実らない、とは言うけれど桑名にだって実らせる気もない。これまで色々な種類の作物を実らせてきた桑名だけれどもこれに関しては肥料も水もやろうとも思わない。ただ実らないままに静かに枯れていってくれればいいと思っている。作物は失敗すれば改良を重ねればいいだけだが、これに関しては一度しか挑戦できないうえに失敗すれば今の関係すら失ってしまうのだ。そんな勝算の悪いことに挑戦するのは理系の桑名には耐えがたい。
     グラウンドでは豊前がまたスタートラインについていた。
     しなやかな筋肉が躍動して風を追うようにして走る。前しか見ていない真剣な眼差しも、最速で駆け抜けるために整えられた正確なフォームも、走り終わった後の汗を纏いながら見せる笑い方も全部全部美しい。
     こっちを見ないかな、と欲望が顔を覗かせる。こっちを向いて、お願い、向いてくれ。そんな声など気が付かないはずの豊前がきょろきょろと周りを見渡す。横を見て、上を向く。どこだろうと何かを探す視線。思わず窓を開けて身を乗り出す様にしてグラウンドを覗き込む。
     あ、と大きく口を開けた豊前が桑名を見つけて大きく手を振った。真っ赤な瞳が桑名を見つめてへにゃりと細められる。声を出さずに豊前が何かを叫んだ。一度目は理解できずに首を傾げたら、豊前はいたずらっ子のように笑ってもう一度何かを口元だけで叫ぶ。
    「く・わ・な」
     二度目のそれでようやく口パクで告げられたのが己の名前だと気が付いた。そんなどうってことない挙動で、どうしようもなく嬉しくなっている自分に気が付いて桑名はその場でへたり込む。これが惚れた弱みなのだ。
    「桑名君大丈夫かい?」
     突然しゃがみこんだ桑名を心配した科学部の仲間たちの声が後ろから聞こえた。


    2.

    「桑名、花火すっぞ」
     そう言って突然に開け放たれたのは自室の扉。間違っても家の扉ではない。少し遅れて階段の下の方から「豊前君遊びに来てるわよ」という母親の声。母親の声が遅いのか、それとも階段を駆け上がった豊前が早すぎたのか。おっとりとした母親ではあるけれど、順番が前後した一番の原因はおそらく後者。
    「……せめてノックくらいせん?」
    「おー悪ぃ悪ぃ。次から気を付けるな」
     対して悪びれもせずに花火セットの袋を片手に持っていた豊前が頬をかいた。たまたま本を読んでいる時だったから良かった。これが人には言えないようなことをしている時だったら目も当てられない。そんな事情などきっと一つもわからずにどうせ次だってノックと同時に飛び込んでくるだろう。けれどその気安さが自分だけの特別のようで少し嬉しいから厄介だ。
    「どうしたのその花火」
    「さっき商店街のおっちゃんにもらった、やろうぜ、花火」
    「いいけどどこでする?」
    「裏の公園は?」
    「わかった、適当にバケツと火を倉庫から持ってくるから外で待ってて」
    「ありがとな」
     昼間よりも気温が下がったとはいえ夜も重たい暑さが体を包む。じわじわと首元から滲んでいく不快な汗をシャツの襟でぬぐい取った。隣を歩く豊前はそんなにも花火が嬉しいのか酷く機嫌がいい。
     空には星が音がするくらいに綺麗に瞬いていた。夏特有の虫の声が静まり返った夜道と耳に残響する。予定していた公園は先客がいて諦めた。困ってたどり着いたのが昔桑名と豊前が通っていた小学校。久々に訪れたそこは全てが記憶よりも小さかった。
     毎日同じ登校班で通った校舎も、豊前とかけっこをして走り回った運動場も、体育館も、プールも、飼育小屋も、こんなに小さかっただろうか。少しだけ黙って周りを見ていた豊前もきっと同じことを思っていたような気がする。
    「ここでみんなでトマト植えたよな、なんか桑名のだけやたらとでかくなったやつ」
    「あったねぇ、思えばあれ偶然なんだろうけど。何をしたわけでもないし」
    「でも嬉しそうだったじゃねぇか」
    「そうだね、多分あのときから何かを育てるのが楽しくなったんよ」
     大人二人分で遊ぶにはすぐになくなってしまいそうな小さな花火セットをグラウンドに広げた。火をつけるたびに眩い閃光があたりを照らして火薬の匂いだけを残して消えていく。
    この時間が終わってしまわないようにゆっくりと一本ずつ火をつけて時間稼ぎをしていたのだけれども願うよりもその時間は短かった。
    残りが線香花火だけになってしまって二人で同時に手を伸ばす。指が豊前の手の甲に触れた。慌てたように同時に引っ込められた腕。目を合わせた先の紅の玉が不自然に揺れた。
    「どうしたんだよ」
     揺れたのは一瞬だった。すぐにいつものように真っすぐこちらを見つめてきた瞳が桑名に問いかける。どうしたんだよ、はこちらの台詞だった。
    「豊前こそどうしたん?」
    「ん、俺?どうもしねぇけど」
     差し出された線香花火を受け取って二人で同時に火をつける。線香花火と言うのはどうしてこうも哀愁を誘うのだろうか。どんなに炎天下を駆け抜けているせいか日に焼けた豊前の肌を火花が照らす。さっきまで賑やかに喋っていたはずなのに二人の間に沈黙が横たわる。でもその沈黙も桑名は嫌いではない。
     こうやって二人で過ごすのもあと少しなのだ。小学校、中学校、高校と同じ場所を歩んできたけれど大学まではそうはいかないだろう。そもそもずっと一緒にいられるわけはない。あと一年半がこの恋の寿命だ。できることなら早く死んでほしい。豊前がいなくなってから一人で残骸を抱え続けるのは苦しいから、早いうちに埋葬させてほしい。
    「……この花火さ、もらったって言ったけど、嘘」
    「嘘?」
    「本当は自分で買った」
    「なんでそんな嘘ついたん?」
    「さぁ、どうしてだろーな」
     ぽとりと豊前の手元から火花が落ちる。続けて桑名の玉も地面に消えた。突然暗くなった視界では火の消えた線香花火を見つめた豊前の表情は見えない。花火はもう、無い。
     さきほどまでとは違う沈黙が二人の間に横たわる。しゃがんだまま黙って火の消えた線香花火を見つめている豊前は今何を考えているのかはわからない、きっとこの先もわかることもないだろう。
    「うっし、帰るか」
     立ち上がった豊前が花火の入ったバケツを持つ。
    「半分持つよ」
     水の入ったバケツは重い。一人で持たせるのも悪くてバケツの持ち手を二人で握る。ちゃぷんと花火で濁った水が跳ねた。
    「楽しかったな」
    「うん、久々にすると楽しいね」
    「来年もしよーぜ!」
     月も星もかなわないくらいに眩しく豊前が笑う。どうやらまだ来年の夏まではこの恋を殺すことは許されないようだ。
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