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    kuroi_nukofp

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    kuroi_nukofp

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    あの頃の二人を回想する先生。
    両片想いっぽいけど受け攻めとかは曖昧。
    獄弱獄くらいな感じ……?

    学生旧知毎年、夏になると思い出すことがある。
    まだ私にも獄にも何も悪いことが起きていなくて、二人とも世界の過酷さを理解していなかった無邪気な少年の頃の記憶だ。

    中学も夏休みに入って、酷く蒸し暑い快晴が続いたある日のことだった。
    地元からは少し離れたミニシアターで愛読していた小説を原作とした映画が上映されると聞いた私は、猛暑の中で出かけるのを渋った獄を「きっと面白いから」と説き伏せて一緒に見に行く約束を取り付けた。
    あまり多くはない小遣いをやりくりしていた中学生にとって、電車賃も映画代も決して安くはなかったから二人だけでそんなに遠出をしたのは初めてだったと思う。
    「暑い暑い」と言い合いながら汗が滲んだ手に千円以上もする切符を握りしめて、最初こそ少しソワソワしながら窓の外を眺めたりしたけれど、乗ってしまえば後はどうということもなくて私は持ってきた小説を、獄は英語の参考書を開いてそれぞれ読みふけっていた。
    一時間以上は電車に揺られていたのに二人とも口数の多い方では無かったから、交わした言葉は目的の駅に着く前の「次だよ」「ああ」というやり取りだけだったかもしれない。
    それでも、退屈だとか居心地が悪いと思った記憶はないのだから不思議なものだ。
    映画館の最寄りに到着したのはちょうど日が高くなる時刻で、冷房の効いた電車から降りた瞬間に襲われる熱気に私が思わずため息を吐くと獄は「だから言ったろ」と口調だけなら呆れたように言ったのに、その表情は意外にも楽しそうだった。
    駅の案内板を頼りに見つけた映画館は、地元にある大手系列とは違ってこぢんまりとした建物にスクリーンが二つあるだけ。
    「随分小さいんだね」
    「まあ、そういう場所なんだろ」
    「でも、面白そうなタイトルばかりだ」
    チケット売り場の前に掲示された見慣れない映画のポスターを見ながら呟くと、獄が「そうだな」と言ってくれたことが嬉しかった。共通の趣味はあまりなくても面白いと思うものや好きだと感じる空気感が似ていて、私達はそういう部分で通じ合っていたのだろう。
    「俺には我慢ならないモンがふたつある。一つ、『上映中にぺちゃくちゃ喋り出す馬鹿』二つ、『映画館でド真ん中以外に座ること』だ」
    と、獄が言い張るので一般的に高身長の部類に入る私は普段なら後方の席に座ることが多かったけれど、平日だったからか他の客も疎らだったこともあって珍しくスクリーンの正面の真ん中を位置取った。
    映画の出来は素晴らしかったと記憶している。
    恋人を失った男の復讐の物語を斬新な手法で描きながら、傷つき、迷いながらも目的を遂げようとする男の姿は悲痛な程にリアルだった。
    「よかった……」
    エンドロールの一番最後の名前が流れていく頃に獄がポツリと呟いて、それが映画の出来がという意味だったのか男の結末がという意味だったのかは聞きそびれてしまったけれど、どちらにしても同じ意見だったので私も黙って頷いた。
    今にして思えば二人にとって運命的なテーマだったと言えるかもしれない。
    映画を見終わってそのまま近くの喫茶店に飛び込んだ私達は興奮のままに映画の感想を熱心に語り合った。
    「時計の演出が上手かったね。彼の焦りや苛立ちとリンクしていて」
    「演出は良かったがあの男のセリフにはムカついたろ。腑抜けにも程がある」
    「私は人間らしくて良いと思ったけど」
    その店で一番安価だった炭酸水を飲みながらお互いの意見をぶつけ合う時間はとても楽しくて、それがいつまでも続けばいいと本気で思っていた。
    私が琴線に触れたものについて語ろうと思うと他の学友達は「お前はすごいなぁ」と苦笑交じりに言うか「なんでそんな小難しいことばかり……」と顔を顰めるかのどちらかだったから、私の話に真剣に耳を傾けて、同じ温度で対話をしてくれたのは当時は獄だけだったのだ。
    その存在が私にとってどれだけ大きかったかを彼自身はきっとよく分かっていない。
    もう戻らない夏の日、獄と交わした言葉の殆どを覚えているなんて知ったら今の彼は気味悪がるだろうか。

    あの日の帰りの電車の中、隣に親友がいる安心感もあって座席で寝入ってしまった私に獄は大人しく肩を貸してくれた。
    ふっと意識が浮上したときにはいつの間に彼に寄りかかっていて、起きなければいけないと思うのに獄の体温や静かな呼吸音がとても心地良く、私は生まれて初めて狸寝入りを決め込んだ。きっと起きたときに獄は怒るだろうなと分かっていても、どうしても離れ難くて。
    中学生だというのに洒落っ気が強かった獄はよくお兄さんのオードトワレを拝借してつけていたから、彼の身体からは大人の男のような色気のある匂いがして、内心で妙にドキマギしてしまったのを覚えている。
    結局、獄が私を起こしたのは最寄り駅に着く直前だった。
    「寂雷。もう着くぞ」
    いつまで寝こけているんだ、と怒鳴るかと思ったのにその声も揺り起こす手も存外優しくて、私は罪悪感に駆られながら慌てて身を起こすフリをした。
    「すまない。重たかっただろう」
    「あ?俺を貧弱だって言いたいのか」
    申し訳なさにホームに降りてから侘びれば獄はぶっきらぼうに言い返してきたけれど、その頬が赤らんで見えたのはきっと夕日と暑さのせいだったのだろう。
    たとえそうじゃなかったのだとしても、全てはもう今更だ。

    私達は無邪気な少年には戻れないし、入ってしまった亀裂は無かったことにはならない。
    それでも時折こうして懐かしい記憶を呼び起こしてしまうのは、それだけ獄が特別だったからか。
    思い出に縋るつもりもないけれど、もし許されるなら彼とまた映画の話がしたい。
    そして今度こそは狸寝入りなんかに頼らずに素直に彼に触れてみたかった。

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