丁度ツマミがなくなった。動機とは些細なものでも、そう呼ぶものだ。
「お、あいつ今一人じゃねぇか。」
「今かどうかではなく、呼んで話を聞き出す必要があるのかね。」
大方、ぎゃふんと言わせたい、というところだろうが。酒の赤ら顔をお白いの下に隠し、鼻だけが赤い義足の道化男の向いた方を、尻尾を揺らしながら見やる。
「お前もそこの奏者殿と同じように、おねんねしてくれていても構わんのだが。」
「オイオイ冷てぇじゃねえか先生?」
「鱗肌なのでね。」
そうじゃねーだろッ。そこ迄騒いでいれば、当然耳に入っただろう、それも自身の話と来れば、面倒見の良いお節介焼きは自ら寄って来てしまう。
「お!来た来た。」
「……なんだその言い方は、茶屋の店員じゃないんだが。」
茶屋の意味?まァ、接待の意味だよ……。
「悪いがおれには心に決めた奴が居るんでな。」
「そうじゃねーよッ!」
真面目くさった顔で宣っているが、彼の言い分は冗談に乗せた本音だ。最初は少し癖があると感じるかもしれないが、彼と話している内に邪気が無いと分かる、そういうひととなりである。
「その心に決めた奴の話をして行けって!」
「ほう、なら一番高いものをもらおうか。」
「コイツ!」
「生存者の中だと、コレだな。」
残った酒瓶の中から、一本差し向けてやる。受け取った彼が空瓶を避かして髪やら脚やらの無い空いた場所に腰掛ける。色々と長いのだこの寝っ転がりは。ついでに整頓して並べ直す辺り、ここでも彼のひととなりが分かるが、まだ素面である証拠とも言えるかもしれん。
「昨日のことなんだが」
「寧ろ話したかったクチかね?」
「まだ飲んでねえだろうが。」
こちらが思っていたより早い展開で、話が始まった。
あいつは透明な男だ。透き通って空気に溶けて行くさまが、本当に美しいと思う。ずっとそう思っていて、昨日言ったんだ。
けれど実際に口を突いて出た言葉は、少し違っていた。
「火を点けた紙のように、みるみるうちに消えて行くのに、そこに居るんだな。」
「ふふ、忌々しいですか?」
「神秘的ってこういうことを言うのかな。不思議だとは思うよ。とても。」
安心する。
そう言うとあいつ、透明なままでこちらに首に爪を当てて来るんだ。
直ぐそばで。
「見た目が炎のようでも、焦げ付いた匂いはしませんものね?」
声も匂いも、直ぐそばで。
「あいつなんであんなに良い匂いするんだろう。」
「初っ端から匂いの話が来るとは思わなかった……。」
「まだ飲んでないんだよな……?」
「これは少し前のことなんだが」
おれがあいつの周りをうろちょろしているのは、おれがあいつで度胸試しがしたいからだって、あいつは言うんだ。
けれどそんなことは無い。決して無い。美人が三日で飽きるなら、度胸試しなんて半日だろ。
そうあいつに伝えれば。
「昨日より今日、今日より明日の度胸試しですよ。」
笑ってそう言った。
どういう意味かと問えば。
「わたしも日々自分を磨いているつもりでして、より恐ろしいハンターとしておまえの脅威で居ましょう。」
そんなの飽きるどころかズブズブに嵌まり込んで、幾星霜過ぎようとも抜け出せない。
「抜け出せるわけがない……。」
「まだ次の話しろっつってないんだが……!?」
「これ抜け出せないスタックなのは我々の方では……?」
「これはもう少し前のことなんだが」