いつもと違って何かがおかしいと思い、娘が力を込めずしかししっかりと掴まれていた腕を振り解く。
連れて来られた豪奢な部屋に、ゆったりと腰掛ける異形の男。
「おや、急にどうしたんです?」
うちの子に乱暴しないで?口元に傷一つ無い細い指を当てて、上品に笑いながら白々しく言う目の前の男。普通で有れば、上客だと喜んだところだろうか?
「……おれはな、てっきりこの娘がやりてぇのかと思ったんだよ。」
下働きのようなていの娘が手を引く行先が、こんな屋敷である時点で、何か有るとは思っていた。
わざと身も蓋も無い言い方をして様子を見る。
しかし男は首を傾げ、娘の表情はぴくりとも動かない。客の顔色は見ても、表情を気にしたことは無かったが、良く見たら人形のような娘だと思った。
遅れて合点が行ったのか、男がころころと笑い出した。
「この子を攻めたいの?それとも攻められたい?」
「……それを相手に合わせるのが客商売だ。」
相変わらず娘は黙ったまま表情を変えなかったが、代わりに男が倍に豊かで煩かった。
「なら、あなたの客はわたし、ということになりますね。」
客を名乗る男を注意深く眺める。
異形の顔は分からん。何度相手にしても。
「要望は?」
短く訊ねる。
「お話して。」
「は?」
それに対しても短い答え。
「あなたはどんな客の要望にも、それなりに応えて来たと聞いています。だからこの子が身なりに似合わぬ場所へ導いても、何が有っても承知の上で黙って付いて来たのでしょう?」
「それでも今回は訳が違う。」
お話だ?寝かしつけてほしいなら、適当に疲れさせてやろうか。
こちらの不穏な空気を察してか、娘が男を守るためか前に出る。そしてその手には、いつの間にか大金を持って、こちらに見えるようにチラつかせていた。
そこから目が離せないこちらを、男がくすくすと笑う。
「……これだけ出せるってんなら、おれのことを一生飼ってくれても良いんだぜ?」
「ええ?嫌ですよ?」
だって、そしたら新しいお話、聞けなくなってしまうでしょう。
男は大金の中から幾らか決めると、前に差し出した。
「先ずはこの分、お話してみてくださいな。」
おれは大きく溜め息を一つつき、空いている場所に腰を下ろした。