発砲。
大きく息を吸う。硝煙の匂い。
息を吐く。血を吐きそうなのはこっちだ。
それの繰り返し。
そうすれば生きていける。
引き換え、目の前の胸はなぜ呼吸をしないんだ?
答えは簡単。
殺したから。
相手を殺し、自分を生かす方法。
それの繰り返し。
けど……。
通信機を取り出す。見た目は市販のスマートフォンと見分けることなど不可能。
連絡先は、一つ。
「はい。」
「完了。」
「よろしい。」
短い通話。
良いんだ。仕方がない。早く帰れば、直接声が聞ける。おまえの匂いを感じることも出来る。
硝煙を浴びた上着を元標的に向かって投げ付ける。
次いで「火種」を放り込む。まだ咲かせない。
通信機も投げ入れる。
乗って来た車からバイクを引っ張り出し、その場を去る。
適当なところで「新しい」通信機を取り出し、着火させる。
遠ざかりながらも耳に届く爆発音。
振り向くことすらせずバイクを走らせ、脇道に入る。
程なくしてサイレンの音と、頭上からブレードスラップ。
終わったことだ。振り返らない。
けど……。標的は、どうして殺されねばならなかった?
それは誰も教えてはくれない。標的も、アイツも。おれが「実行」班だから?
どうして?
バイクを走らせる。
もう、なんの音も匂いも分からなかった。
ただ行き先だけを、帰る場所だけを目指して走らせる。
帰る場所はいつも違う。
だってそれは「地点」ではない。
夜。それは「実行」し易くもあるが、人々の警戒心も強まる時間。
「そう言ったのはオマエなのに、どうして夜にしか会えないんだ?」
「おや、心外ですね。昼夜を問わず、あんなに躾けてやったと言うのに。」
「それはおれを拾って直ぐのことだろう……。」
相手は、ふふ、と笑った。
見晴らしの良い噴水公園に心地良い吐息。思わず目を閉じて笑い声に聞き入る。いや、本当は何処で聞いたって、笑ってさえくれるのなら、それで良い。
その笑い声をバックグラウンドミュージックにして、高所の襟が艶めかしく踊った。男は長身なのだ。
「おまえ、覚えが早かったですからねえ。」
ああそうだ。おまえに褒められたくて必至だった。
離れ難かった。なのに。
「そしたら逆に、おまえと居られる時間は減ったってわけだ。」
ばかだよなぁ。
「どんな雛にも、巣立ちの時は訪れるものです。」
「子供扱いするな……。」
また笑い声。公園に響くことのないくらい、ささやかな。
「子供でなければ、夜の標的の仕留め方も、勿論覚えているのですよね?」
更に潜められた声に、その吐息を浴びたくて近付く。
「酒、薬、それから……」
その脚を両手で引き寄せ、なのに胸は逆にこちらから詰め寄る。しかし熱を持つのはこちらの吐息だけである。
「ふふ、やっぱり覚えが早いんですね。この手は何度使ったのです?今回も?」
「ばか言えおまえだけだ。」
「おやおや、使わないなど勿体ない。」
手段としてしか捉えられていないのが、悲しかった。
それでも伸ばす手を止められなくて、その脚を手の届く範囲撫でさする。
男が膝を上げて距離を取る。その膝を捕らえることは叶わず、脚を抱いて得た掌への刺激だけが、余韻として香る。
「なぁ、」
「はい。」
「……あの標的は、どうして標的になったんだ?」
膝を下ろした男が、今度は近寄って来る。
「完了したのでしょう?」
「ああ。」
「もう終わったことでしょう?」
「でも。」
身を屈めた男に、胸に縋られる。
「わたしの役に、立ちたいのでしょう?」
「ああ、ああ。」
がくがくと頷く。
首筋にかかる冷たい吐息に、こちらばかりが熱を上げてゆく。
「では、次のお仕事です。」
獲って来い。
そのまま霧の中に消えてしまった男が、引き返して来ることなど有り得ないと分かっているのに、その場に暫く留まってしまう。
そうしてようやっと、無意識に詰めていた息を吐いて、吸う。繰り返す。生きる。
標的は死んだが、こちらは生きているのだ。
擦り寄られた胸を撫でさする。
ポケットに入れられたメモを取り出す。
内容を記憶して、メモに火を点けた。
全て灰に成るまでを確認し、ライターを仕舞う。
形として残してはならない。
形在るものは、あいつ自身と、おれと、このライターだけだ。
「獲って来るよ。」
霧の感触が薄れないよう、日が登る前に公園を後にした。
通信機のカバーをスライドさせ、中から鍵を取り出す。
地下鉄のロッカーに鍵を差し込み、中から鞄を取り出す。
代わりに通信機と装置を入れ、鍵をさしたまま、立ち去る。
鞄から新しい通信機を取り出し、起爆させる。
背後から爆発音、悲鳴、煙。
振り向きながら慌ただしく走り出す。逃げ惑う大衆に紛れる。
喧騒が聞こえない程離れたところで、指定のホテルに入る。
「予約していた、」
フロントでキーを受け取り、部屋に入る。
部屋を見て回る。
あくまで、宿泊客が部屋を散策している、という体で。各部屋から出口(それは部屋の扉であったり、場合によっては窓である。)への動線を確認する。
風呂場で鞄を開ける。扉からも窓からも死角になる位置で、中身を確認してゆく。
ドル、ドル、ユーロ、ユーロ、ドル、鍵、拳銃二丁。
札束と拳銃一丁を、部屋の金庫の裏にさし入れる。金庫を元の位置に押し込む。
もう一丁は身に付ける。