没食べる必要が無い。憩む必要が無い。いきるひつようが、ないから。「おまえさ、やっぱなんか食いなよ。」「…はい?」片や食事に健啖にかぶりつき、片や紅茶を一服。咀嚼と共に舌鼓を打つ男は、その向かいの相手が飲み水一滴必要無いことを知って居る。「何故。」食いしん坊が食事を中断した。「腹減らね?今日一日過ごして、おれが知って居るだけでもおまえは他の連中と喧しくして居たし、熱心に何やら絵を描いて居たし、歌って踊って居たし、…獲物に伸ばした爪が届かなかった。」爪の主が紅茶の器を置いた。「…食べて充して休んだら、寝て目が覚めたとき、起きる前より少しだけつよく成れる。」「…つよく?」ほんのすこしだけな。「このつよさってのは、前より食ったもんに対する感情が増えたり、その日の夜空が今迄より違う月夜に見えたり、おまえの場合、いんすぴれーしょん?を受けるおまえの受け皿が広がったりするかもしれない。だから」改めて持ち上げられた匙はデザートのもので。「おまえも食え!」それがしあわせだから。「そして今度は、おれを捕まえてみせろ。」本当にしあわせかのように笑うものだから、腹が立ってデザートは全部奪い食ってやった。差し出したメニューが、好みのものだったのも癪に触った。