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    chkdc86

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    chkdc86

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    沖安。緋色後のヤマもオチもない、進展もないそんな話。
    工藤邸で沖矢と少し話してお茶して終わりです。

    陽炎それは蝉が鳴かないくらいの暑い日だった。沖矢昴と赤井秀一が別人だと分かった後も降谷零は安室透として沖矢の監視を続けていた。
    「今日は特別暑いな…」
    工藤邸の近くに停めた愛車の中でぽつりと呟く。暑いと言葉にしたところで何も変わらないが思わず口にしてしまうくらいの暑さだ。陽も高くなってきてそろそろ日中で一番暑い時間、監視対象に動きもなく流石にエアコンをつけるかと考え出した頃、コンコンと窓を叩く音がした。
    車に近寄る人物に気がつかないなんて暑さで気が回っていない証拠だなと自虐気味に溜息をつく。
    「何でしょうか?」
    窓を開けて応対をすると目の前にいたのは監視対象だった。
    「今日はとても暑いですよ。よろしければ家で休んでいかれてはいかがですか?」
    「とても魅力的なお誘いですが、僕のような怪しい人間を家に入れても良いんですか?」
    「おや?先日お喋りを楽しんだ仲じゃないですか。それにこのままだと倒れかねませんよ」
    確かに沖矢の言う通りいつ倒れてもおかしくない暑さだ。正直休憩をしたいとは思っていたし監視対象自ら招いてくれているのだ、乗らない手はない。
    「じゃあ、お言葉に甘えて」


    「とりあえずこれを飲んで、シャワーを浴びてきてもらえますか?」
    工藤邸に入ってすぐに沖矢は茶色い液体が入ったグラスを差し出した。グラスの中身は恐らく麦茶だろうか。安室は口にすることなく礼を述べる。
    「ありがとうございます。でもシャワーは遠慮しておきます。着替えもありませんし」
    「着替えは僕の服をお貸ししますよ。下着は新しいものがありますのでそれを使ってください。君の服は洗っておきますので」
    「いえ、そこまでして頂く理由がありません」
    遠回しに断ってもまた躱されそうで今度ははっきりと断った。しかし沖矢は表情を崩すことなく返す。
    「君の為ではありませんよ、僕の為です。居候している身としては、家主の家具を他人の汗まみれにしたくないんです」
    「…仕方ありませんね」
    家主を盾にされては流石に頷くしかなく、安室は渋々シャワーを借りた。


    シャワーを終え置かれていた服に着替えると予想通りハイネックのものだった。あの男はハイネックしか持っていないのだろうかと以前見た首元を思い出す。変声機どころか怪我の跡もない綺麗な首元だったから別に首元を隠す必要はないだろうに。すんとなんとなく匂いを嗅ぐとほっとするような落ち着く匂いがする。この服はこの手で殺したいと思っている相手の服かもしれないのになと思いつつももうひと嗅ぎ、匂いを楽しんだ。


    「シャワーと着替え、ありがとうございました」
    安室がリビングに戻るとそこにはソファに座ってティーカップを啜る沖矢がいた。
    「どういたしまして。さっぱりしましたか?」
    「えぇ」
    安室は沖矢に対面する形でソファに座ると沖矢がティーカップを用意してくれた。
    「君は宅配の他に喫茶店でも働いているんですよね?」
    ティーポットから紅茶を淹れながら質問を投げる沖矢に、少し警戒しながら安室が返す。
    「えぇ、そうですよ」
    「じゃあお菓子を作ったりできますか?」
    「まぁそれなりには…」
    「良かった。ちょっとお願いがあるんですよ」
    「お願い?」


    ボウルに卵を割りシャカシャカと小気味良くしっかりと混ぜ、そこに砂糖を溶かした牛乳を少しずつ注いではまた混ぜる。
    「そうそう、牛乳はきちんと冷まして少しずつ分けて入れてください。でないと卵が固まりますからね」
    「なるほど」
    安室の指示に従って三回程に分けて牛乳を注いでは混ぜ、混ぜては注ぐ沖矢。何故この男に指導しているのかと言えば先程の沖矢からのお願いが「プリンの作り方を教えてほしい」だったからである。断ることもできたが暑い中休憩させて貰った借りを返すべく指導することにした。
    「良い感じですね。後は冷蔵庫で冷やせば完成です」
    「ご指導ありがとうございます。冷えるまで休憩しましょう。何か飲み物を用意しますが、飲めそうなものはありますか?」
    「飲めそうなもの?」
    変な質問だなと思ってつい聞き返すと沖矢は少し困ったような表情を見せる。
    「君、この家に来てから何も飲んでないですよね。もしかしたら飲めないものが多いのかと思いまして」
    「は…」
    そんなことを考えていたのかと思わず間の抜けた声を出してしまった。他人が用意した飲み物なんて何が入っているかわからない。お互い信頼がない関係では尚更だ。しかし今、目の前にいる男は本当に心配そうな顔をしている。油断を誘っているのかただ優しいだけなのかまだわからない。
    「すみません。実は僕、他人が用意したものを口にするのに抵抗があるんです。潔癖症とまではいきませんがそんな感じだと思っていただければ」
    「なるほど。では紅茶を淹れていただけますか?君と僕の二人分お願いします。それなら一緒に飲めますよね?」
    沖矢が茶器や茶葉の場所を教えると、安室は慣れた手つきで紅茶を淹れた。


    リビングでソファに座って自分が入れた紅茶を啜る。暑い日に涼しい部屋で温かい紅茶を啜るとは贅沢だなと思いながら体の中にその温度が染み渡っていくのを楽しんだ。
    「先程の麦茶と紅茶、手を付けなくてすみませんでした」
    一応ではあるが対面に座っている沖矢に謝罪を述べた。
    「いえいえ。理由があってのことですし、僕が好きでやったことですから気にしないでください。プリンの作り方を教えていただけましたし」
    「そういえばどうしてプリンの作り方を?」
    「子供達にリクエストされたんですよ。明日遊びに来るのでその時に食べたいと言われまして、昨日作ってみたんですけどあまり美味しくなくて困っていたところだったんです」
    「なるほど。そのプリンはまだありますか?ちょっと見せてください」


    沖矢が失敗したというプリンは食べなくてもわかるくらい鬆が入っていた。味に問題がないかひと口食べさせてもらうと悪くはなかった。
    「これなら大丈夫ですね。子供達が来るのは明日ですよね?薄力粉はありますか?」


    「すごいですね。プリンを使ってケーキを作るなんて」
    「プリンの材料は卵、砂糖、牛乳ですからね。食感は残念でしたけど味は問題なかったので。型も丁度牛乳パックが空きましたし」
    安室の前には牛乳パックを型に焼いたパウンドケーキが二つ並んでいる。
    「紅茶淹れ直すので少し味見しましょう。プリンも冷えた頃でしょうし」
    まるで自分の家の様にテキパキとお茶の準備を進める安室の横で沖矢はプリンやカトラリーの準備を進める。しばらくするとリビングのテーブルが賑やかになった。
    「カラメル、もっと苦い方が良くないですか?」
    「食べるのは子供達ですよ?このくらいで良いと思います。パウンドケーキはどうですか?」
    「美味しいですよ。きっとみんな喜んでくれますね。手伝ってくれてありがとうございました」
    お礼を言われてはたと気づく。家に招かれたときは警戒していたが今は警戒を緩めて普通に話せる様になっていた。先日宅配業者と偽って訪ねた時とは違って緩やかな暖かい雰囲気が安室を包んでいる。
    「君の服も乾いた頃でしょう。そろそろ帰られますか?」
    「そうですね。今日は長居をしてしまいましたし…食器を片付けてから帰ります」
    「別に構いませんよ」
    「いえ、自分が使った食器くらい片付けさせてください」
    本当はもう少しここに留まりたいとは言えず、尤もらしい理由をつけた。


    食器を洗って服を着替えて外に出る。もうすぐ夜だがまだ外は明るい。
    「今日はありがとうございました」
    「いえいえ。大したことはしていませんから」
    「…では失礼します」
    車に乗り込んだ安室がエンジンをかけると沖矢が窓をコンコンと叩いた。
    「何でしょうか?」
    「言い忘れたことが。今度は堂々と訪ねてきてください。僕はいつでも歓迎しますよ。また一緒に紅茶を飲みましょう」
    「それは楽しみですね。ありがとうございます。では」


    工藤邸に招かれて少しわかったことがある。沖矢昴は得体の知れない人物であるが優しい人物であり子供達にも好かれているということだ。安室自身もベタベタとされるわけではない、少し遠くから施されるような優しさに居心地が良いと感じていた。きっと子供達もその居心地の良さを感じているのだろう。
    まだ疑いは晴れておらず監視をやめるわけではないが沖矢があの男でなければ良いのにという祈りにも似た感情が陽炎の様に心に揺らめいた、そんな暑い日のことだった。
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